「…亜衣」
「え?クロームちゃん?」
学校の帰り道、今日は特に用事もなくはやく帰ろうと思っていたときに出会ったのはなんとも珍しいお客さん。
「久しぶり!」と声をかけると、クロームちゃんはしどろもどろな状態になる。何か言いたそうだけど…。
「…あ、あのね、…亜衣に骸様に会ってほしいの…」
骸さんに?クロームちゃんともだいぶ仲良くなってきてその関係でたまに骸さんともお話するようにはなったけど、改まってどうしたのかな。
「…黒曜センターに来て」
「え、今から?」
私がきょとんとしているとクロームちゃんは少しだけ微笑む。なんだろう、何かあるのかな?
「いこ…亜衣」
疑問を抱えながらも私はクロームちゃんについていった。
「こ、これは…?」
中に入ると、申し訳なさ程度にだが折り紙で作ったレースなどが壁に飾り付けられていた。真ん中にあるテーブルには飲み物とケーキも置いてある。…ちょっとしたパーティーというところだろうか。
「んあ?おまえもきたのか」
テーブルの近くにいたのは城島くんと柿本くん。手に持ってるのは…クラッカー?
「今日、何かいいことあったの?」
「…何も聞かされてないの?」
私の疑問に柿本くんがメガネを直しながら逆に質問する。ここに呼ばれただけで何があったのかは全くわからない。でも見る限りではお祝い事みたいだけど…。
「…今日、骸様の誕生日なの」
「誕生日!?」
骸さんの誕生日…、そっかだからこんな飾り付けやケーキとかを用意したんだ。…ん?あれ、誕生日ってことは…あ!わ、私知らなかったからプレゼントとか持ってきてないよ!
「クフフ…来てくれたんですね、亜衣」
奥の部屋からカツカツと足音を立てながら骸さんが歩いてくる。相変わらずその怪しげな雰囲気は慣れない。油断していると輪廻の果てまで連れていかれそうだ。
「…僕を死神か何かと勘違いしていませんか」
「え!?あれ、今の…」
「声に出ていましたよ」
不覚!
「む、骸さんお誕生日だったんですね!」
「ええ。自分では忘れていましたが、クロームたちが祝いたいと言ってきましてね」
クロームちゃんたちのほうを見ると、城島くんは今にもケーキに飛びつきそうな勢いでそれを柿本くんが制している。クロームちゃんはそれを見ておどおどしてる反面、少し嬉しそうに見えた。
「骸さん骸さん!ケーキ!はやく!」
「…犬、慌てなくてもケーキは逃げないよ」
「骸さん、待ってるみたいですよ?」
「クフフ…そうですね」
ジュースで乾杯したあとは切り分けたケーキをそれぞれに配る。ホール買いしてるのでまだ余ってはいるが、城島くんがぺろりとたいらげるものだから余る心配はなさそうだ。
「あ、そうだ骸さん」
「何でしょう?」
「…私、何で今日呼ばれたんですか?普段こっちにはあんまり来ないですけど」
黒曜のほうには用事がない限りあまり来ない。クロームちゃんと仲良くなったのはほとんど並盛に来てくれるからとか、誘われてたまに黒曜にいったりするからだ。
当然クロームちゃんにしか会ってないから骸さんとの接点はクロームちゃんほどではないと思ってたんだけど。
「…亜衣に会いたかったので」
「…え?」
「というのは嘘ですが、」
「嘘なのかよ」
なんだよ!びっくりしちゃったじゃない!
「クロームが、せっかくだから亜衣も呼びたいと言ってきましたのでね」
クロームちゃんが…。クロームちゃんのほうを何となくじっと見ていると、私の視線に気付いた彼女はびっくりして目をパチクリさせて顔を少し赤くしていたので、そんな彼女に私は自然と笑みがこぼれた。
「…あ、それと私、突然だったからプレゼントとか何も持ってきてないんですけど…」
クロームちゃんたち三人は少ないお小遣いを出し合ってこのケーキやら飾り付けを用意してくれたらしい。でも私は何も持ってきていない。
「気にしないでください。急に呼んだのはこちらですし、期待も興味もありませんので」
「最後のだけいらなかった!」
失礼な!骸さん失礼!ちょいちょい私にこうやって毒を吐いてくるんだから!
…さて、私もせっかくだからケーキを頂こうかな。チョコレートケーキかあ。確かクロームちゃんはチョコ好きだったよね。
「亜衣」
「はい?なん…、」
骸さんに名前を呼ばれそちらに振り向いた瞬間、ふわりとやわらかいものが口の中に入ってきた。
何が起こったのかわからず瞬きを繰り返しながらも、無意識に口はもぐもぐと動いてくれたようで口の中に甘いチョコレートクリームの味が広がった。…え?
「どうですか、ここのケーキ。並盛で有名な美味しいケーキ屋だそうですよ」
骸さんの話が頭に入ってこない。あれ、今何が起こった…?
「…聞いてますか?」
骸さんが手にしているのは切り分けられたケーキとフォーク。そのケーキはまだ一口分しか食べられておらず、骸さんが食べたわけではなさそう。そして私の口に入ってきた甘いチョコレートクリーム。
「…ああ、唐突すぎて頭が追いついていないのですね」
今のって…、
「クフフ…中々面白いものを見させて頂きましたので、これを亜衣からのプレゼントとして受け取りましょう」
そう言いながら骸さんは二口目のケーキを今度は自分の口へと運んでいった。そしてゆっくりとこちらに視線を向け、その形のいい唇が弧を描く。
「…"甘い"ですね」
そういいながら自分の唇の端についたクリームを舌で舐めとる。僅かに見えたその赤い舌はまるでこちらを誘っているかのようにも見える。
そして決して大きくはないその低い声が鼓膜を振動し全身を支配していく。まるで幻覚にかかったように、頭がくらくらした。
Happy Birthday!
「骸さん!亜衣から何か届いたびょん!」
「…そうですか。中身は、……」
「パイナップルの詰め合わせ?骸さんへの嫌がらせれすかね?」
「…犬」
「む、骸さん!それ武器!武器ー!」