※未来編29話のあとくらい




アジト内にコツコツと響く自分の靴音。その音は気だるそうに、でも迷いなくゆっくり進み続け、とある部屋の前にたどり着く。コンコン、と目の前の無機質なドアに数回ノック。返事は無い。
いねぇのか…?いやでもこんな朝っぱらからどっかほっつき歩いてるわけねーよな。そう思って今度はもう少し強めにノックするが、やっぱり返事は無い。…めんどくせぇな、と眉間にシワを寄せる。
そろそろ朝飯だっつーのに起きてこねぇ亜衣を呼びに来たオレ。何でオレがこんなことしなきゃいけねぇんだと悪態をついたものの、10代目の手を煩わせるわけにはいかねぇし、アネキたちは片付けやら洗濯やらで忙しいし、野球バカに任せるくらいなら自分が行ったほうが早いと考えてここに来た。女子部屋なんて出来れば入りたくねぇけどそんなことも言ってられないためしぶしぶドアを開ける。

「……」

部屋の中は暗かった。机の電気スタンドだけで部屋を照らしていてその寂しげな光はここまでは届いていない。そして当の本人はベッドではなく机に突っ伏している。その小さな背中が僅かに上下に動くのを見れば寝ているのがすぐにわかった。何やってんだコイツ。

「おい、いい加減…、」

づかづかと遠慮なく部屋を突き進み亜衣が突っ伏している机をのぞき込む。そこに広げられていたのはいつも持っている黒い手帳。一度中身を見たことはあるが相変わらず左側のページは何て書いてあるのかさっぱりわからない。
気になったオレは亜衣の下敷きになっているその手帳をゆっくりと引き抜く。…あ?つーか起こしにきたのに何で起こさないようにしてんだオレは。
前のページに戻してみると左側には全く読めない殴り書きのような字でびっしり埋めてあり、右側のページにおそらくそれの清書をしたものが書かれていた。修業や戦闘中じゃゆっくり書いていられないため、とりあえず汚くともメモを取ってあとから綺麗に書き直すというスタイルで進めているんだろう。
…すげぇ書き込んでんな、とパラパラとページを捲ったところで"今日ビアンキさんによって獄寺くんが倒れた回数:二回"と書いてあるのを見つけ、オレはそのページを破りたくなった。何記録してやがんだテメェ!

オレは大きなため息をついた。にしても、もしかして徹夜したのか?着てる服も私服だし、隣のベッドは綺麗で使った様子もない。メローネ基地に行ったりオレたちの修業も記録したりしてまとめる時間がそんなに取れなかったのか。
それに、とオレは今までのことを何となく思い返した。戦いを見るたび、誰かが怪我をするたびに辛そうな表情をする亜衣。オレはもうほとんど慣れちまったけど、亜衣にとって"慣れ"というのは来ないのかもしれない。でも自分は戦えないからと記録係の仕事を全力でやってるにも関わらず、雲戦のときは自ら飛び出しちまうなんてこともあった。
何すっかわかんねぇ危なっかしいところがあるも、自分なりに考えて必死にやろうとする。そういう意味では目が離せない…というより10代目の気持ちがわかる。10代目の炎が強くなってより万年筆の守る力も強まった。けど万能じゃねぇ。
それは亜衣自身もわかってるだろうし、もう雲戦のときみたいに無闇に飛び出すことは無ェだろうが、少なからず万年筆を持っている安心感みたいなのはあるだろう。この前山本がオレ達に話したメローネ基地でアイツを庇ったときみたいなことは今後もあるかもしれない。それはこのボンゴレにいる以上、亜衣が非戦闘員で記録係である以上避けられねぇことかもしれない。
でも、10代目はそれを望んでない。

オレはため息とともにがしがしと頭をかく。怖がりでビビりで頼りねぇくせに変なところで真面目で…めんどくせぇ女だ。それでも必死に努力して、泣いて、悩んで、笑う。いつもだらしねぇふにゃふにゃした顔で笑うのが腹立たしいのに悪い気がしねぇ。それがまた腹立つ。

強くなるしかねぇだろ。そのままだらしねぇ顔でいればいい。10代目もそれを望んでおられるし、それにオレも他の奴らも。右腕だろ、オレ。

…つーかいつまで寝てんだコイツ!


或る朝の呼吸

「起きろバカ!」
「へぶ…!」

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