※リング戦後くらい



ぴゅう、と頼りない音で風が通り過ぎた。

心地よい風が頬を撫でる学校の屋上。透き通るような青で塗られた空に浮かぶ真っ白な雲は、ほわほわと予想もしない形へと変化していく。何となくそれを目で追っては次の雲へと視線をうつした。あの雲はどんな形になるんだろうか。

「なに黄昏てんだツナ」

フェンス越しに空を眺めてたオレの足元から上がった声にヒヤリとしたものがお腹をのぼってくるのがわかった。聞きなれた声。ギギギ、と顔ごとそちらに向ければいつもの調子で弧を描いた小さな口元が目に入る。何でリボーンてこうも神出鬼没なわけ…?

「そんで?改まってオレを呼び出したりしてどうした。家でも話くらいできるだろ」
「そうだけど…家に帰る時間まで待ってられなくて」
「亜衣のことか」
「…わかってるなら聞くなよなあ…」

見事にこれから話題に出そうとしていた名前を言われてしまい、オレは深い溜息をつく。赤ん坊のくせに神出鬼没だし、読心術は使えるし、オレのことなんて何でもお見通しだ。ほんとリボーンて何者?
でも説明する手間が省けたのは確かだ。リボーンの言う通り、オレは亜衣のことで相談をしたかった。

「万年筆のことなんだけど」

万年筆とは、持ち主と波長が合えば死ぬ気の炎が灯されてあらゆるものから身を守ってくれるというボンゴレが特注したアイテム。普段は記録係である亜衣が所持していて手帳に書き込むために使っている。亜衣に対して悪影響があるものはその灯された炎によって弾き返してくれるため、もしオレたちが近くにいなくても怪我をする心配はない。
でもこの万年筆には限度があって、あまり強い衝撃には耐えられないらしい。その強さがどのくらいかはわからないけど、骸やクロームの幻術は見えてたみたいだし、リボーンによると京子ちゃんのお兄さんの技である"極限太陽"のレベルまで行くと防ぐことは出来ないかもしれないということだ。

そこまで考えて頭に浮かんだのは雲戦のときのこと。モスカが暴走してあちこちに砲弾が発射される中、亜衣はその万年筆を持ってクロームたちの前に飛び出して庇おうとしていた。結果的にはオレが間に合ったから亜衣に砲弾が当たる寸前で阻止できたけど…。

もう、あんな怖い思いはさせたくないし、したくなかった。万年筆に守る力があったって限度がわからないんじゃ、もしもの可能性だってある。その次の日の放課後に亜衣に怒ったりもしたけど、同じことが起こらないとも限らない。あんな目にはあわせたくないけど、亜衣は記録係だから完全に回避することは難しい。
だからせめて万年筆の守る力を強化できないかって。

「…まあ、そんなことだろうなとは思ってたけどな」
「え、ここまで読んでたの?」
「お前はわかりやすいんだ、ダメツナだから」
「それ関係ないだろ!」

オレがダメツナなのは自覚済みだ。だからこそダメツナなりにどうすればいいのか考えて出した答えがこれだ。でもいくらボンゴレ10代目候補だとしても現時点のオレには何の力もないからリボーンに相談するのが精一杯。亜衣のことを守るとか偉そうなことを言っておいて、結局オレに出来ることはこのくらいしかないんだ。
リング戦には勝ったけどマフィアの世界に足を突っ込んだ以上、これからだって油断出来ない。だから…。

「とりあえず本部に掛け合ってみるか」
「え、ほんとに強化してくれんの!?」
「さあな。これはオレが決められる案件じゃねーからわからねーな。けど連絡することはできる」

リボーンの言葉に希望が芽生える。ただ守りたいという気持ちだけで何か考えがあったわけじゃなかったのにそれに可能性がでてきた。もし本当にそれが叶うなら亜衣が怖い目にあうことが減ってくれるかもしれない。
よし、と握り拳をつくって嬉しさに口元が緩んでいると「…にしても、」とリボーンが言葉を繋げたため握っていた手をそのままにオレは視線を向ける。

「心配性だな、ツナ」
「え?そ、そりゃあ…まあ…」
「本人の目の前で好きって言っちまったもんな〜バカツナだな〜」
「オブラートッ!!」

今そこに触れんなよ!オレだって言おうとして言ったわけじゃないんだからな!とっさに出ちゃったっていうか…、あーもう!

「と、とにかく、万年筆については返答待ちってことでいいの?」
「ああ、まあ多少時間はかかると思うがな」
「…ありがとう、リボーン」

オレはいつだって、自分より圧倒的に小さなお前に頼ってしまう。何だかんだいってリボーンがオレにくれる言葉は、オレのことをすごく理解してくれた上で言ってくれてるのがわかるから。不思議な赤ん坊だと思う。

亜衣を守ること。口にするのは簡単だけどそう上手くはいかなかったリング戦。傷付いてほしくないというのはオレのエゴかも知れないけど、記録係という戦闘においてはとても不安定な場所にいるからこそ、少しでも多く守ることができたら…。
万年筆を強化した上で、オレ自身も強くならなきゃいけない。…戦うの、嫌だけどさ。

「おいツナ、チャイム鳴ってるぞ。昼休み終わりじゃねーのか」
「うわっ、ほんとだ!ってか次体育じゃん!?急いで着替えないと!」

慌てて身を翻し天色の空を後にする。とくに意味もなく、ただぼーっと眺めてただけの空。どこまでも繋がっていて、広くて、手が届かなくて。誰も触ったことがないはずなのに何故か安心するようなあったかさを感じる。それは"大空"という存在が他人事ではないからなのか…どうだろうな。

屋上の扉を開けると無機質な鉄の匂いが鼻の奥につん、と来た。最後に、と後ろを振り返る。さっきのオレと同じように真っ黒で小さな後ろ姿は"大空"を見上げていた。自然と口元が緩み頬が持ち上がった。

鉄と埃の匂いを感じながら薄暗い階段をぱたぱたと降りる。そのリズミカルな音になんとなく心が弾んだ。


やさしい水色の向こう側

今日もいい天気だなあ。

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