ここ最近、オレは様子がおかしいらしい。

マフィア関連のことがない限りは…というかそんなことしょっちゅうあっても困るけど、普通に学校へいって授業を受ける。
こんなところが分からなかった、体育って面倒だよねとクラスの人がざわざわとしている中、オレはふとその光景が目に入った。…亜衣と山本が一緒にいる。
まだ亜衣と話すようになったばかりのころはよく屋上でオレや獄寺くん、山本は彼女のノートを見せてもらっていた。
そのノートは黒板に書かれたものだけでなく、先生が口頭で言ったことやイラストなども補足として書かれていて、頭の悪いオレは"すごい"という感想しか出てこなかったのを覚えている。そうだ、それがきっかけで記録係になったんだよね。
今でもああやって誰かにノートを見せたりすることが多く、その評判はクラスの中でも良かった。

亜衣はいつも"誰かの役に立ちたい"と思っているみたいだった。それは自分が戦う術を持っていないから、守られる側だから。唯一記録をすることでそれが将来的にボンゴレのためになるならと、彼女は毎日びっしりとあの手帳に書き込んでいるんだ。それは授業のノートも同じ。現に今山本に見せているときの亜衣の顔はとても嬉しそう。
なのに何か…嫌、だ。

オレはもやもやした嫌なものが心の中を次第に支配していく感覚に陥った。なんで、どうして。ぬるりと真っ黒いものが腹の中でぐるぐると回ってそこに留まろうとする。待って、やめろ、どっか、いってくれ。
真っ黒なそれはオレの心をかき乱してくる。吐き気がする、全部全部弾き出してしまいたい。どうすればいいのか、どうやったら消えてくれるのか、その方法が分からないから抑え込むしか手段がない。この感情は何だ?とても…"苦しい"。
目の前で笑っている彼女はなんの飾り気もなく、自然に口元を緩めて"花が舞っている"という言葉が似合うくらい純粋に笑っていた。…その顔が、オレの方に向いてくれたらいいのに。
いつからオレはこんな風に思うようになった?きっと前兆はあったんだろう。今まで気付けなかったなんて。
この汚い感情を、亜衣にぶつけていい訳がない。これはオレのわがままなんだ、ただオレが一方的にそう思ってるだけ。わかっているのに。
こんな汚いオレに、どうか気付かないでほしい。でも…気付いてほしい。いつもみたいに、どうしたの?って。それでこの気持ちが晴れることはないと思う。でも、苦しいんだ、すごく気持ち悪くて、だから「綱吉くんもノート写したかった?」…え?

オレが亜衣を見ていたことに気付いたのか、彼女が突然こちらに振り向いてそう声をかけてきたものだから、オレは一瞬反応に遅れた。
亜衣の視界にオレが入っている。それが嬉しいのか、悲しいのか、怖いのか、よくわからない。でも気が付いたときオレは亜衣の腕を掴んで歩き出していた。名前を呼んでくれたけど、今のオレにはそれに返事をする余裕なんてなかった。


着いた先は屋上。頬を撫でる風はとても気持ちよくて目を閉じればそのまま眠れそうなほど心地のいい気温だ。
ふと隣にいる亜衣に視線を向ける。彼女は今出てきた扉の上にあるタンクらへんを眺めていた。何でだろうな、超直感てこういうことにも反応できるんだろうか。戦っている時は有難くても、今このときだけはそれがとても恨めしく思う。そのタンクのところでよく見かける人物なんて一人しかいない。

「…今、雲雀さんのこと考えてた?」

オレの言葉に亜衣は目を見開きながらこちらを振り向いた。ああ、やっぱりそうなんだ。オレは一体どうしちゃったんだろうか。どうしてこんなにイラついているんだ。目の前に亜衣がいるはずなのに、彼女はオレを見ていない。それがすごく悔しくて。
亜衣が繋がったままの腕に視線を落とした。たぶん、離してほしいんだろう。でもオレは腕を握る手の力を痛くならない程度に少しだけ強める。ごめん…離してあげたいけど、離したくない。
いつも話しているときより圧倒的に距離が近いのに今のオレは恥ずかしさなんてどこかに置いてきてしまっているようだ。
でも、今のオレが今までの中で一番"ダメツナ"って感じがした。オレの汚い気持ちでこうやって振り回して、嫌われるかもという恐怖から言いたいことも言えなくて、何がマフィアのボスだ。オレは…どこにでもいるただの中学生だ。

オレだけを見てほしいなんていったら笑われるかな。笑う時も泣いてる時も怒る時も、全部オレに関係していたら嬉しいなんて、そんなこと伝えたら気味悪がられるかな。
だいぶ気持ち悪いことを考えている自覚はある。でも、そう思っちゃったんだ。これがオレの本心なのかもしれない。そう考えると自分の気持ち悪さに身震いした。

「日向ぼっこ、する?」

…なんだって?日向、ぼっこ?首をかしげながらこちらを覗き込んでくる亜衣に、ポカンと間抜けな音が聞こえてくるくらい口を半開きにした。なんでそんな言葉が出てきたの…?オレは訳が分からなくて目をぱちくりさせたけど、何やら不安そうな顔をした亜衣の表情がオレの目に写った。
こんな顔をさせてしまっているのは間違いなくオレのせいなのに、それが今は嬉しいと思ったりして。どうして亜衣がその発想に落ち着いたのかはわからないけど、そっか…きっと今はオレのことを考えてくれてるんだろうな。
自然と口元が妙に緩んでしまい、にやついた顔になってしまったけどそれを肯定と受け取ったのか、亜衣もゆるりと破顔してきたためにオレは気付かれない程度に息を飲んだ。…はぁ、それは反則だ。
オレがこんなことを考えているなんて亜衣は微塵も思ってないだろう。いつもそのへにゃりとした笑い方でオレを焦らせるんだから。ほんと狡い。

制服が汚れることなんて気にもせず二人で屋上に腰かければ、あたたかい風がするりと頬を撫でた。ふと隣に視線を向けるとその風を気持ちよさそうにうけて「ぽかぽかだねー」と言いながらその頬は少しだけ赤く色付いていた。
「そうだね」と返すオレの顔はすっかり熱を帯びていたので無理矢理顔に風が当たるようにしながら、なんとか冷ました。

同じ空を見上げて、同じ雲を見て。そんな小さな幸せを贅沢に噛みしめて、オレはやっと自然に口角が上がるんだ。


きみが泣いてる理由になりたい

「好きだなー」
「えっ!?な、なな何が!?」
「うん?日向ぼっこ好きだなって」
「あ…ああ!そそそうだよね…びっくりした…」

BACK

- ナノ -