何だろう、最近綱吉くんがちょっとおかしい気がする。


「亜衣ー!悪ぃ、ノート見せてくんね?」
「山本くん、寝てたでしょ」
「…まあ」

お願いポーズで申し訳なさそうに頼んでくる山本くんにそう返せばバツが悪そうに目を逸らしてこくりと頷く。素直なんだな…。

「亜衣のノートが一番わかりやすいんだよなー、補足とかも書いてあるし」

山本くんはおだて上手というか、ストレートに褒めてくれるため悪い気はしないどころかむしろ恥ずかしくなってくるほどだ。そう言われたら貸さないという選択肢は見事に消えてしまう。
自分の席に戻って私のノートを開く山本くん。「あーなるほどな!」といいながらおそらく補足を読んでいるだろうその姿に少しくすぐったさがあったけど、この時間私はとくにすることがないのでノートを写す山本くんの席へ足を運んだ。

「これって何だっけ?」
「んーと、これは…」

私が隣で見ているから質問しやすいのか、頻繁に聞いては答えたことをノートに書いている。山本くん、テストの点数はあまり良くないみたいだけどこうやって勉強しているところをみると要領は悪くないと思うし、頭の回転も早い。
実力が出ていないのは部活が忙しいし今は野球に専念しているからというのもありそうだ。
ずっとノートを見ていて目と首が疲れてきたので一旦視線を教室内へとうつす。お昼休みのこの時間帯、クラスの人は外へいったり他のクラスに行ったりしてる人が多く、あまり人は残っていなかった。
そんなとき、ふと綱吉くんと目が合ったけど眉間にシワを寄せて不満そうな表情を浮かべていた。綱吉くんがそんな顔をするなんて珍しいな、何か嫌なことでもあったんだろうか。でも今は私と目が合っている…もしかして。

「綱吉くんもノート写したかった?」
「えっ」

声をかけるとあからさまに慌てだしたので、私の予想が当たった!と小さく拳を握った。でもすぐさま「いや、そういうわけじゃないんだけど…」と返ってきたので、違うのか…と握った拳はすぐに開くことになった。

「…ちょっと、来て」

こちらまで歩いてくると私の腕を掴み、私は自然と椅子から立ち上がって綱吉くんのあとを着いていくことになった。強引ではない、でも離してくれる雰囲気でもなく声のトーンもいつもより低い。「綱吉くん…?」と呼んでみてもこちらを振り返ることなくただ歩き続けている。
知らないうちに怒らせてしまったんだろうか。もしかしてさっきノートを写したいのか聞いたけど、それぐらいやってるよ!と言いたいのかな。


着いた場所は屋上だった。天色の空がとても綺麗でここで日向ぼっこしたらきっと気持ちいいんだろうな。そういえばこの屋上にはよく雲雀さんが出没してるけど、あの人も実は日向ぼっこしに来てたりして。
そんなわけないかあと小さく息をつくと、「亜衣」と名前を呼ばれたので意識をそちらに戻した。

「…今、雲雀さんのこと考えてた?」
「えっ」

今度は私が慌てる番だった。え、なんでわかったの…?これも超直感?でも屋上といえば雲雀さんが思いついてしまうのは不可抗力というか、そういうものだと思ってしまっているので否定はできない。
嘘をつく理由もないため、「よく屋上で見かけるから」と答えれば、不満そうな表情にどこか悲しそうな色も現れ始めた。
未だに掴まれた腕は離してくれない。綱吉くんに触れられているのが少し恥ずかしくて視線を繋がれた腕に持っていく。
綱吉くんもそれを目で追っていたから私が何を言いたいのか気付いたはずなのに腕は繋がれたまま。それに離すどころかさらにぎゅっと掴まれてしまい、私の心臓の音が高鳴るのはもうお決まりだった。
離してほしいけど、離してほしくない。矛盾しているのはわかっているけど、本当にそんな感じだった。こんなに近くにいる、でもその表情の理由はわからない。
綱吉くんは今何を考えているのかな、どうしてそんな顔をしているのかな。…笑ってほしいな。

「日向ぼっこ、する?」
「…え?」

俯いているその顔をのぞきこみながら恐る恐るそう問いかけてみれば、鳩が豆鉄砲食らったような顔でこちらを凝視した。
こんなにぽかぽかだしせっかく屋上まで来たのだからお昼休みが終わるまでここでのんびりするのもいいかもしれない。そしたら綱吉くんの曇った表情も晴れてくれるかもしれない。
そう思って提案してみれば最初は驚いていたものの、だんだんといつものようにふわりとした笑みを浮かべてくれたので私もつられて、へへ…とだらしなく口元を緩めた。

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