ランドセルから中学生用のカバンへ、私服から制服へ。三月の卒業式から四月の入学式まで一ヶ月程度しか間がないのに届いたばかりの新しい制服の袖に腕を通したときは一気に大人になった気分で浮かれていた。ピカピカの少し大きな制服、新しい靴。女子じゃあるまいしと思わなくもないけどあの時のオレは確かにわくわくしていた。
そんな中学生活になれてきた頃。

「ダメツナー、掃除よろしく〜」
「ダメツナがこっちに入ったらオレら負けんの確定じゃん!」
「おいダメツナ、お前この前のテスト一桁だったんだって?」

ちょくちょく聞くようになっていた"ダメツナ"というあだ名、言わずもがなオレのことだ。名は体を表すとはいったもので、運動も勉強も何をやらせてもダメダメっぷりからそういうあだ名がついたらしい。
小学生のときも似たようなことはあったけど、中学生になると言葉を覚えた生徒たちの口調は少しキツめになるようで、いつの間にか苦笑いを返すことしか出来なくなっていた。

ダメっぷりを見せているオレだけど、ある日を境にそのあだ名で呼ばれる回数が少なくなってきた。剣道部の先輩に勝ったり、バレーで活躍したり。まあ全部リボーンのおかげなんだけど。
このあだ名で呼ばれるのはいい気分ではないけど、仕方ないというか諦めがついている。だって自分でもその名の通りのことしかできないんだから。リボーンのおかげで少しは変わったといってもオレ一人の力じゃない。リボーンがいなかったらと思うと、オレのダメライフは延々と続きそうだ。



「掃除とかめんどくせー!ダメツナ、お前がやっといてー」
「ええ!?」

いつものようにクラスの男子がオレに箒を押し付けると自分は友達とさっさと帰ってしまった。ずいぶんと自分勝手な人だなと思いつつも、引き止める勇気もないオレはため息を付きながら受け取った箒を持って床を掃除するんだ。これがオレの日常茶飯事。

「私も手伝うね」
「え?」

泣く泣く一人で掃除をしていると後ろから声をかけられる。いつも理不尽なことをいってくる低い声じゃない、これは女子の声だ。普段クラスの女子に話しかけられることはほとんど無い。オレから話しかけるだなんて論外。よって震えた声が出ることを防ぐことは出来なかった。

「え、あ…だっ大丈夫だよ!オレ一人でも…」
「私もしばらく教室に残るから」

ニコリと笑いかけてくれた彼女は確か…、桐野さん。提出したノートを渡したりプリントを配ったりするとき以外は話したことはない。でも京子ちゃんたちと一緒にいるのをよく見かけるから仲がいいんだろう。
オレの言葉を遮って桐野さんは掃除ロッカーから箒とちりとりを取り出し掃除を手伝ってくれた。


「…こんなものかな?」

掃き掃除やら黒板を綺麗にしたり机を移動させたりなどをして30分ほどでやっと終わらせることができた。これをひとりでやっていたらいったい何時に帰れただろうか。

「あ、えっと、ありがとう…手伝ってくれて」
「ううん、平気」

友達のいないオレにとっては"ありがとう"という言葉は小っ恥ずかしかった。それでも手伝ってくれた彼女には絶対言うべきである。これもまた震えながらも絞り出すような声で告げれば、笑って返してくれた。お礼のひとつもまともに言えないなんて我ながら情けないにも程がある。

桐野さんは箒を掃除ロッカーにしまったあと、自席に戻って再びノートを広げた。そういえば彼女はよくこうやってひとりで机に向かっている姿を見かける。授業の復習か予習をしているんだろうか。
…真面目なんだな、そしてとても優しい。居残りで掃除なんてめんどくさいことは普通は誰も手伝わない。さっさと部活にいってしまうか、見ないふりして帰ってしまうかそのどちらかだ。…それなのに。
オレにも優しくて良い人…、桐野さんの印象はそんな感じだった。



「綱吉くん?どうしたの?」

ボーッとしていたオレは声をかけられて我に返る。机に広げた日誌、そうだオレは今日日直で…。

「あ、ううん何でもない!」

亜衣のこと考えたーなんて口が裂けても言えるわけがない。

「亜衣はまだ帰らないの?」
「帰ろうと思ってたんだけど、リボーンくんからお茶するお誘いをもらったからこれから向かうところ」
「お茶…っ、え!リボーンと!?」
「うん」

な、なんでリボーンが亜衣と!?いや、別にダメではないけど…何で?!オレ知らないよ聞いてないよ!それって二人でどっかいくってことだよな?
…いやいや待て待てよく考えろ、オレがこんな焦ったところでリボーンはまだ赤ん坊だぞ、年齢的に考えてソレは無い!
頭の中でぐるぐる色んなことが駆け巡っていると「綱吉くんもいこ?」と言われてオレは素っ頓狂な声を上げる。え、オレも…?日誌を書き終え職員室まで届けたあと、わけが分からないまま亜衣についていく。

着いた場所は表札に"沢田"と書いてある家だった。


青空に手が届きそうで

("お茶"って…何だよオレん家でするってことかよー…!)
「何項垂れてんだツナ」
「綱吉くん、このお菓子おいしいよ!」
「…うん、食べるよ…」

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