ぽかぽかとした春の気候。天色の空に映える真っ白な雲は少しずつ形を変えてはゆっくりと流れていく。窓からさしこむ光のベールは薄暗い部屋の中をあたたかく包み込んでいた。

そんな微睡むような空気の中で、オレはある一点にちらりと視線を向けながらほとほと困り果てていた。
僅かに開けた窓によってカーテンの揺れる音とともに静かに聞こえる小さな寝息。それは規則正しく且つ、気持ちよさそうだからこそ、いたたまれない気持ちになる。

ずっと書き続けている記録用の手帳の最後の一ページを書き終えたということで、ボンゴレの本部に送るためにリボーンに渡しにきた亜衣。毎回どの手帳もびっしり書き込んであり、しっかり自分の仕事をこなしているのがひと目でわかった。
それだけで帰すのもということでリボーンがオレの部屋に案内したらしいのだけど、この暖かさで眠くなってしまったのかそのまま逆らうことなく眠りに就いたようだ。
そりゃあもう驚いたよ。部屋に入ったら無防備な姿で寝入っているんだから。

そして場所がよりにもよってオレのベッド。亜衣が自分からそこに座ることは今まで無かったから恐らくはリボーンがそこへ誘導したんだろうけど、余計なことをしてくれた。オレが寝れなくなる。…いろんな意味で。
肝心のリボーンはどこかに行ってしまったし、母さんたちも買い物に行っていて今この家にいるのはオレと寝ている亜衣だけ。
この後の予定は特に無いため、気持ちよく眠っている彼女を起こす必要はないが、かといってこのままにしておいたらオレの身がもたない。
だが厄介なことに、もう二度とこの状況は無いかもしれないという考えがよぎって中々自分で終わらせることが出来ないでいる。オレってこんなにめんどくさい奴だったっけ。

なけなしの理性が一体どこまで保てるのか。理性といってもオレの場合は襲うほうではなく、色々叫びながら家を飛び出すほうだと思うけど。ビビりで悪かったな!

何をしていても気になってしまうため、ならいっその事と自身も彼女が眠るベッドのふちに腰をかける。二人分の重さで僅かにミシリと音をたてるが、亜衣は全く起きる様子がない。本当によく寝ているみたいだ。
ベッドに手をつくとその部分がゆっくりと沈み、自分の影が亜衣に落ちる。いつもオレに笑いかけてくるその目は今は閉じられていて、窓から入った肌を撫でる僅かな風によって睫毛が揺れるのがわかる。こんな距離、今までには無かった。
落ち着くために、ふぅと息を整えるがその息継ぎさえオレは震えていた。…オレはどうしたらいいんだ、一体これは何を試されているんだ?


心地よい風が部屋の中を通る中、オレ自身は熱を帯びて一向に冷める様子はない。さっさと部屋から出ればいいものの、ベッドに座ってしまってからはどうも動けない…いや、動きたくない?あー!もう何考えてんだオレ!
こんなに頭の中でいろんな事がぐちゃぐちゃになってどうしようもなく慌てふためいては深呼吸してと忙しなくしているにも関わらず、そんなことは露知らず隣ですやすやと寝息を立てる姿を恨めしく思う。
何だよオレばっかり…と、ジト目を向けながらこちらに向けているその柔らかそうな頬を指で軽くつついてみると、「んん…、」と声を零しながら身じろいだために慌てて手を引っ込めた。馬鹿!何してんだオレの右手!

身じろいだことで前髪が顔にかかり、風によってさらさらと揺れている。それがくすぐったいのか、時折眉間に皺を寄せていた。前髪、邪魔なのかな?
さっき疎ましく思ったばかりの右手を懲りずにまた伸ばす。顔にかかっている髪を横に避けると、するりと指をすり抜けていく髪に再び脈拍が速くなる。
くすぐったさがなくなったおかげなのか、眉間の皺は緩み、あどけなさの残る平和そうな顔が戻った。
緊張を紛らわすように深いため息をつく。オレの顔は今茹でだこのように真っ赤だろう。…人のベッドで幸せそうに寝ちゃってさ。ずるいよ、こっちの気も知らないで。

それでも、こうやって幸せそうな安心したような表情が見られるのは嬉しかった。マフィア関係のことが増えてきた今、こうやって平和な日常を過ごせる日は少ない。でも今はマフィアのことなんか忘れて、この時間を大切にしたい。
マフィアのボスになれとか言われてるのに日常を求めるのは贅沢だろうか。それでも、オレはこっちのほうが好きなんだ。みんなが笑っている世界のほうが。

静かに寝息を立てる亜衣にそっと視線を落とす。その穏やかな表情にオレは唇を綻ばせた。
ゆっくりとした動作で自然と右手が彼女に触れようとすること本日三回目。

「襲うのか?」

突然横から聞こえた声に心臓が縮み上がり、弾けるように飛び上がった。ミシッとベッドのスプリング音がしたが、幸い亜衣はぐっすり寝ているために起きることは無かったが。
吐き出しそうになった叫び声を必死に耐えてよかった。バクバクとうるさい鼓動の原因を作ったこの赤ん坊に何か言ってやりたいと口を開くが、「りり、っ…りぃ…っ!」と言葉になってくれなかった。

「ディーノと電話しててな。亜衣にはここで待っててもらってたんだが…」

リボーンは軽々とした身のこなしでピョンとベッドの縁に降り立ち、寝ている亜衣に視線を落とす。

「おまえも隅に置けねーな」
「っ!だ、だから…!」

違うんだって!いや、違うって何がだ?いやいやいやでも違うものは違う!そんな変な意味で手を伸ばしてたわけじゃなくてさ!ああ何でリボーンはこうもタイミングの悪い時に現れるんだよー!


1センチのギルティ

「まさか色々すっ飛ばして最終段階にいくとはな」
「おまえのその発想どうにかしろよ!違うんだってばー!」

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