"ダメツナ"
そう呼ばれていたのはいったいいつからだっただろうか。確実にみんなから呼ばれたのは中学に入ってからだった。
運動もダメ、勉強もダメ、体格も小柄で常に弱気なオレはまさにそのあだ名がぴったりくると自分でも思っているくらいだ。
ダメツナのオレはそのまま中学高校を卒業し、大学あるいは就職して平社員となり毎日の激務をこなして上司にペコペコ頭を下げる、そんな人生をなんとなく描いていた。
だがそのオレの人生設計をいい意味でも悪い意味でもぶち壊してくれた奴が現れたんだ。そいつの名前は"リボーン"。
自分のことを最強の赤ん坊といったり凄腕のヒットマンといったりオレをマフィアのボスにすると言ったり、とにかくめちゃくちゃな奴だ。
ファンタジーでもオカルトでもない、マフィアなんて実際にあるようなリアルさのせいで信じていいのか悪いのか暫くは混乱していた。
そうしているうちにリング戦をしたり未来にいっちゃったり継承式なんかもやっちゃったりして、とうとう一般の常識なんて通用するはずもなかった。なんて濃い中学生活を送っているんだオレは。
ここまでやっていてもオレは思う。マフィアなんか嫌だと。これなら普通のサラリーマンで毎日謝りたくもない人に頭下げる方がまだマシだ。常に死と隣合わせの生活が当たり前になるなんて。
そんな中で考える。オレが今日までやってきたことは本当に正しかったのか?ヴァリアーを倒してリングを所持し、辛い未来を変えるために白蘭を倒して…本当にこれで良かったのか?
実際仲間が命の危険に晒されている状態だった。10年後はほとんどの人が行方不明もしくは消されていた。そんな世界を変えたくて。
ただ、全てが終わってみてふと思うんだ。オレがしてきたことは、当たり前だけどオレが主人公として回っている世界での話のことだ。オレから見て導いてきた世界。
守りたい人がたくさんいて、その人たちを失わないように選んで辿り着いたんだ。
誰しもが自分が主人公である人生を歩んでいる。それはオレも同じ。オレにとってこの世界はオレが主人公だ。だから大切な人たちを守る、そんな気持ちでここまで進んできた。
──じゃあ、他の主人公たちは?
オレが今まで闘って倒した人たち…、その人自身からしたらその人がこの世界の主人公になる。でも、その世界は終わった。オレが倒してしまったことでその人たちが主人公である人生を終わらせてしまった。
その人たちからしたら酷く理不尽な話だ。突然現れた訳の分からない中学生に人生を強制終了させられてしまったのだから。そしてそれはもう再開することはない。オレという存在が生きているから。
もっと他の出会い方があれば違っていたのかななんて。そんな甘っちょろい考えばかり思いつくからボスの器じゃないってよく言われるんだっけ。
「誕生日おめでとう!」
そんなオレにも一年に一度の誕生日がくる。オレの人生が始まった日だ。誕生日なんてあまり好きではなかった。だって、祝ってくれたのは母さんくらいだったから。
当時のダメツナのオレにはろくに友達なんていなかった。せっかくこの世に生まれてきたのにそれを祝ってくれる者がまともにいないなんて笑ってしまう。
それが今はどうだろうか。リボーンと知り合ってから明らかにオレの世界が変わった。こんなにたくさんの人が周りにいるなんて考えられなかった。
みんな嬉しそうに接してくれる。オレに笑いかけてくれる。今まででは有り得なかったことがこの中学生活で起こっている。
相変わらずマフィアは嫌いだけどそれでもオレにとって必要な存在であることに変わりはなかったのだ。
けど忘れてはいけない、オレ以外の主人公たちのことを。自分のしてきたことが正しいのかそうでないのかを判断してくれる人はいない。
ならばオレはオレでやるべきことをするしかない。背負っていくしかない。そんなことを考えながらオレは今年もひとつ、歳を重ねていくのだ。
「っあ〜…、腰が痛い…」
「おじさんみたいだよ、綱吉くん」
「…じゃあ亜衣も10時間以上ここに座ってみる?」
「私はボスじゃないもーん」
「ん"ん"んん!」
あれから10年…、時が経つのは早い。オレのデスクに積み上げられているのは教科書類ではなく資料やら報告書やら計画書。亜衣は遠慮なくバンバン持ってくるからなあ、もう。
「何か考え事してたの?ずーっと眉間にシワよってたよ?」
「え?そ、そうかな。何でもないよ」
今ではすっかりボスの座にどっかり座っているオレ。やっぱりこうなるよね、わかってた。10年前アイツに会ってからオレの道はもうここだけだったんだ。
「…あれ、その花冠、」
「あ、覚えててくれたの?」
亜衣が持ってきたのはもうすっかり色褪せてしまっているが、ちょうど10年前のオレの誕生日のときにみんなが渡してくれたもの。花束のほうは生花だったけどこっちは造花なんだっけ。
「やっぱり造花にしてよかった!これなら何年も持つし」
「形も崩れてないよね」
「もちろん!そこはジャンニーニさんに保存用のケースを作ってもらってるからばっちり!まあさすがに10年経ってるから色素は抜けちゃうけどね」
ケースに入っている花冠は色褪せてしまっていてもあのときと全く変わらない。友達が誰もいなかったときとは違う、大切な人たちがわざわざ手作りしてプレゼントしてくれたオレの宝物。
「でも何で今それを…、あ」
「忘れたの?お誕生日おめでとう綱吉くん!」
座っているオレのところまでやってきてその花冠をそっとオレの頭にのせた。造花だから匂いはしないはずなのにふわりといい匂いがするのは気のせいだろうか。
…いやもしかしたらこれは亜衣の…いやいやいやいや!ダメ!それ以上考えるなオレ!
「綱吉くんお花似合うよね!なんかこう…お花畑みたいで」
「それ貶してるよね!?」
誰が頭お花畑だよ、もう!
頭にある花冠にそっと触れてみる。昔と同じ…貰ったときの嬉しさ、そして重み。
オレは今となってはボンゴレファミリーのボスだ。言わばこれは王冠みたいなものだろうか。マフィアのボスが頭に花を乗せているとはなんて滑稽だろうと笑われるかもしれない。
でも、それでいい。オレには守りたい人たちがいる。みんなが自らの手で作ったものなんだ。
オレはそれを受け取った。みんなの気持ちを導いていくために。
「…綱吉くん」
亜衣が少し照れくさそうな顔をしている。何だろうと思ってそちらに目を向けるとパチリと目が合った。
「生まれてきてくれて、ありがとう!」
忘れてはならない、10年前にあったこと、今まで自分がやってきたことを。オレが倒してきた人たちの分の人生を代わりにオレが歩くことは決して出来ない。何があろうともあの人たちの人生の主人公はあの人たちだけだから。
それならボスとなった今、オレが全てを背負わなければならない。大空の名に恥じぬように。ファミリーの先頭を歩いていく者として。
"ダメツナ"と呼ばれていたのはいつだったか。もう10年も前のことはマフィア絡みのこと以外は薄れてしまっている。
それでもあの頃からオレの守るべきものは変わっていない。
「ありがとう、亜衣」
オレはオレの道を進んでいこう。敵も味方も、今まで出会った人たち全てを忘れずに歩いていこう。
こんなオレだけど、ついてきてくれますか?
拝啓、過去と未来の自分へ
今でも変わらない、大切な人たちのために。