なんかもうどうだっていいから笑ってくれ



あれから数年が経った。あちこちで色んな人の手伝いをしていた僕は成長するにつれてその技術をどんどん吸収していき、いつの間にか武器の製造を任されその中でも優秀といわれるほどまでに腕を上げた。

「本当にすごいわねシルヴィオは。ちょっと前まではこーんなに小さかったのに」
「いえ、皆さんが丁寧に教えてくれましたので。…それよりその手の位置、いくらなんでも小さすぎませんか」
「私からみればこれくらい小さかったのよ!」

志鶴さんは自分の膝の位置に持っていった手をヒラヒラさせる。さすがにそこまで小さくはないと思いますよ。
彼女の笑顔は昔からずっと変わらない。太陽みたいにきらきらしていて…なんて口説き文句のような言葉しか出てこないが本当にそれ以外に言い表せないほどに、眩しい。
「今日もよろしくね」と満面の笑みをこちらに向ける志鶴さんに、僕は二つ返事で目の前の作業に取り掛かった。


いつものように武器の詳細が書かれた資料と睨めっこをしながら作業に取り掛かる。息抜きに近くにいる研究員たちと他愛のない話に花を咲かせていたとき、一瞬でその空気をぶち壊す音が研究所内に響き渡った。
凄まじい爆発音によって心臓が縮み上がり無理矢理にでも意識が音の方へと向く。何だ、何事だ、と周りの人たちが騒ぎ始めた。

「敵襲だ!敵対していたファミリーが…!」

頭から血を流しながら息も絶え絶えになって研究室に飛び込んできた男が切羽詰まった表情でそう伝えると、たちまちこの場は騒然とする。敵…?ちょっと待ってくれ、どういうことだ。
このアルテファミリーは武器を製造することが主な仕事なため腕のたつ者は僅か数名。でもアルテの武器を欲しがるファミリーはいくらでもいるため、同盟を組んでアルテを護衛しているファミリーがいるはずだ。同盟を組んだファミリーは決して弱くない…なのに。



事態の終息は意外にも早かった。早すぎるせいで理解が追いついていないが、アルテの武器を奪うための奇襲だと聞いた。襲われた理由はいつもと同じはずなのに状況が全く違う。
僕は何もしなかった、いや、出来なかった。だって僕はただの研究員の手伝い。戦う術を持っていないのだ。
この研究室と廊下を忙しなく駆けずり回る人がたくさんいた。みんな突然のこの事態をなんとか落ち着かせようとしているんだ。
何をやっているんだ僕は…何が手伝いだ。こんなの子供だってできるし実際子供のころからやっていた。こういう不測の事態のときに動けなくてどうするんだ。
研究室にいたみんなは全員外に出てしまったのか、いつの間にかこの部屋には僕一人しかいなかった。ずっとここにいた僕は怪我なんてしていない。だったら今の状況を確認すべくこの部屋を出てみんなの無事を確かめるべきだ。震える足に鞭を打ち僕はやっとこの部屋から廊下へと飛び出した。


酷い有様、その言葉しか出てこない。床に転がるのはどう見ても人の形をしている。…見知った顔もいた。僕がいた研究室で毎日会話をしてくれた人。
さっきまで話していたのに、どうして。頭と背中からおびただしいほどの真っ赤な血を流している姿は意外にもすんなり脳内に刻まれていく。"ああ、これはもう助からない"。目の前の光景を見て逆に澄んでしまった頭で考えられた一つの答え。
そしてゆっくりと廊下の先へと視線を向ける。あちこちに人が転がっていて、それはもう息をしていないのがすぐにわかったところで、ある一点に視線が釘付けになる。

「…ぁ、っ」

くらくらする頭で状況を整理しようともがくも、目に入ったソレに僕は鈍器で殴られたような痛みが全身に走る。また、見覚えのある人…見覚えがあるなんてそんなんじゃない。

「し、ずる…さ…」

声がうまく言葉にならなかった。吐き出した声は文字を繋いでくれず、掠れて空気に触れては消えていく。どうして、どうしてどうしてどうして。
ヒュッと冷たい空気が喉に刺さる。嘘だ、何やってるんですかそんなところで。"今日もよろしくね"って言ったじゃないですか。"も"ってことは明日もでしょう?明後日も明明後日も。待ってください、僕はまだ…。どうしてみんな先に行くんですか?貴女も、お母さんも。

そうだ、僕のこの黄色い炎は傷を治せる力がある。これで止血して傷口を塞げばいい。なんのための能力だ、こういうときに使ってこそ意味があるんだ。待っててくださいね、今、必ず…助けます。
横たわる彼女に軽く触れて手から眩いほどの炎を出す。しばらくすれば傷口も塞がるだろう。大丈夫、これでなんとかなる。僕の炎は人を救うことが出来る素晴らしい炎なんだ。大丈夫、大丈夫。
手に伝わる暖かい黄色い炎に僕は口元を緩める。この炎は怖くなんかないんだ。人を助けることができるんだ。彼女を何としても助けたいという気持ちに答えるかのように黄色い炎は大きくなった。
これほどまでに誰かを助けたいと思ったのは初めてだった。それぐらい志鶴さんは僕にとって大切な人だ。僕を救ってくれた人、居場所をくれた人。そんな彼女を絶対に失いたくはなかった。ここまで良くしてくれた人を僕は必ず助け出す。彼女の身体に炎をかざしながら僕は思い、そして頬に涙が伝った。

"ああ、でも…これはもう助からない"。



僕は今日もいつものように研究を続ける。あの事件からどのくらい月日がたったかなんて覚えていない。でも、もうあんなこと二度と起こらないように、大切な人をなくすことが無いように。そんなことを思いながら僕は資料に目を通す。
性能の良い武器をつくるのがアルテファミリー。子供のころからずっと手伝いをしていたおかげか、新しい技術をどんどん身につけいつの間にかゼロから武器を製造することもできるようになっていた。
でも、それだけじゃダメだ。武器の強化なんて基本中の基本。それであの事件が起こってしまったのだからもっと別の方法を考えなくてはならない。
無意識に資料を持つ手に力が入る。何て返されるのかはだいたい予想がつくが、今の僕にはこれしか考えられないのだ。

「…肉体の増強薬、ね」

子供のころから仲良くしてもらっていた研究員に僕のつくった資料を見てもらった。性能の良いアルテの武器を欲する輩はなにも雑魚だけではない…あの事件のときのように。いくら武器を強くしても勝てないのなら、もういっその事…、

「…シルヴィオ、」

眉を下げて悲しそうな表情を浮かべたその顔を見て、言葉にしなくても何が言いたいのかはすぐにわかった。薬を使う時点で、それを人間に使う時点で、"ダメ"だと言われることは予想がついていた。でもそれ以外に思いつかなかった。武器以外に強くできるもの、それを考えたら最終的にやっぱり人間の強化に繋がってしまう。

このときの僕は少しおかしかったのかもしれない。いや、もはや何が正しいのかなんてもうどうでもよかった。大切な人が僕の前から消えた。その事実だけが僕を動かしていたんだから。
この場所は僕にとってとてもかけがえのないものだった。身寄りのない僕を助けてくれた志鶴さん。たくさん僕に話しかけて優しくしてくれた研究員たち。みんなみんな大好きで、大切で、守りたくて、失いたくなくて。

薬を使うことがいけないことだというのは百も承知。それでもやらずにはいられなかった。ただあの人が居たこの場所を守りたくて。いや、違うかな。これは僕のわがままだ。帰る家がない僕にできることといったら、研究か炎を灯すことだけ。その手段でしか守れないんだったら、もうこうするしか方法がないんだ。
でも、これが成功すればアルテの知名度は上がり、それだけで牽制にもなる。もう襲撃なんて馬鹿なことを考える連中がいなくなるかもしれない。強くなればなるほど、守る力だって大きくなるはずなんだ。

「…申し訳ないけどこれは許可できないよ」

そうですよね、わかってました。ここにいる人たちはみんな優しい、優しすぎたんだ。マフィアだということを忘れてしまうくらいに。

僕は真っ直ぐ腕を伸ばした。資料に目を落としていた彼の顔を目がけて、ゆっくりと。ただの無意識だったのかもしれない。
彼が驚いて後ずさっても僕の動きは止まらない。僕の研究は間違っていないはずだ。まずはそれを証明しないと理解が得られない。
じたばたと暴れだしても僕は体重をのせて無理矢理動きを抑え込む。もう少しなんです、もう少しで何かが掴めそうなんです。どうにか協力してほしいんです。

しばらくして、彼は大人しくなったので僕は体重をかけることをやめた。"もう少し"というその言葉がどうにも焦れったい。またいつ狙われるかわからないというのに。
地面に倒れている男を一瞥してすぐに視線を前へと向ける。次だ、切り替えは早いほうがいい、失敗を恐れていたら研究なんて出来ないと教わったじゃないか。あと少しで何かが掴めそうなんだ。
動かなくなった男を見て僕はため息をつく。僕の研究は間違いではない。でも、やっていることは間違っている。そんなことわかっているんだ。
それでもどうしても許すことはできない。許してしまった瞬間、僕は負ける。"あの日"を正当化してしまう。僕はただ、ここでみんなと過ごした時間が好きなだけだ。

誰でもいい、僕を認めて欲しい。黄色い炎を灯せる僕を見ても受け入れてほしい。ひとりでも必死になって毎日研究に明け暮れる僕を褒めて欲しい。たった一言、「すごいね」って、それだけでいい。

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