好奇心の矛先



暗闇にどっぷりと浸かった深夜帯、カランカランという音をたてて扉を開け中に入ったそこは、たまに訪れるバール。ちらりと一瞬だけこちらを見る他の客の中に見知った顔はないが、共通点があるとすればオレらと似たような職業ってところか。

ここは主に情報交換などで使われることが多い。そのためオレらがどういう仕事をしてんのかを知ってる店員も何人かいる。こちらに気付いて深々と頭を下げる奴らがそうだ。
オレらみたいなのはひとつの店に何度も足を運ぶことはできないため、行く場所は毎回さまざま。そのため人を探す時はかなり苦労するが今回はアタリだったようだ。

カウンターにいたその目立つ長い銀髪を見つけると迷わずそこへ足を運ぶ。目当ての人物の顔色をうかがうと、いつものように眉間にシワを寄せながら酒で喉を潤していた。顔は赤くなっていないものの、かなり酒臭い。

「オレにもこれと同じのちょーだい」
「かしこまりました」

近くにいた店員に声をかけると数分しないうちにグラスがカウンターに置かれた。それを口元に持っていき一口含んだところで隣の銀髪、スクアーロがこちらにチラリと視線を向けたのを視界の端に捉えた。

「ベル、お前最近真面目に任務こなしてんだなぁ」
「は?いきなり何」

スクアーロが世間話?相当酔いが回ってんじゃねーの?

「珍しく酔ってんの?」
「こんなんで酔うわけねーだろぉ。いつもなら任務外の人間勝手にやっちまってんのに、最近ねーなぁと」
「王子はいつも真面目だぜ」
「真面目にやってて無関係のやつ殺りまくってるからこっちの身がもたねーんだよ!」

「報告書書いてんのはオレだぁ!」とまくし立てるスクアーロを軽く流しつつまたグラスに口をつける。別に誰をやろうと勝手じゃんってのがオレの意見だ。
どっかのお偉いさんに手出してるわけでもなし、そこら辺のマフィアの下っ端の一人や二人殺したところで何かが変わる訳でもない。政治とかそういうのも王子には関係ねーし。
そんな今更、という態度でいると深いため息をつきながらも諦めてくれたようだ。

最近真面目、そう見られてんのか。ここ数日毎日のように任務を回されている。めんどくさいときは大抵部下に任せっきりだが、幹部クラスの任務がほとんどでオレが行くしかなかったのだ。よって寝不足。
余計な人間に手出してる時間あるならその時間で睡眠時間を確保したい。真面目と見られているのはそのせいだろう。

オレだって本当は遊びてーし。任務をこなしつつ何人かで遊んで…いや、そんなことはどうでもいい。今日はこんなことを話すために来たんじゃねーの。
オレはポケットからとあるものを取り出してそれをスクアーロの目の前に差し出した。

「何だこの黒いもんは」
「封筒。見てわかんねーの?」
「そんなこと聞いてんじゃねぇ!」

あーうるさいうるさい。そんな大声出さなくても近くにいるんだから聞こえるっつーの。キーンとする声にわざとらしく手で耳を塞いだせいか、余計にその声はボリュームを上げた。

「おちょくってんのかテメェはぁ!」
「音量下げろって意味。聞こえるっての」

こんな調子のオレに隠そうともしない舌打ちをすると、正面に向き直ってグラスの酒をグイッと口に含んだ。年々飲み方がおっさん化してね?

「んで、何だよこの黒い封筒は」
「知らね。ポストに入ってたっつってなまえから預かった」

スクアーロは裏表を確認したあとベリっと音を立てながら封を開ける。中身は何も入ってないというか、この封筒自体が手紙になってるってわけか。
黒地に白い文字でいろいろ書かれている。王子はこういうの読むの面倒だからいつも部下に任せっきりにするんだけど、黒い封筒なんて初めてだし何書いてあるんだ?

「何だって?」
「……」
「スクアーロ?」

手紙を見たままピクリとも動かない。その切れ長の双眸は何かを見定めるかのように細められていた。声をかけても返事をしない。
まあいっかと気に止めず目の前の酒で喉を潤していると、「おい」とスクアーロにしては珍しく落ち着いた声に、何だと耳を傾けた。

「アルテファミリーって知ってるか」
「は?あー、武器職人が多かったってとこだろ?」

何を言い出すのかと思えば昔話かよ。アルテっていえばマフィア界でトップに君臨してた武器職人の集まりだ。武器の質はもちろん使い心地も申し分なく、肉の脂や血を吸った後でさえその輝きが失われることは無いらしい。
その切れ味に魅入られてアルテと同盟を組みたがる、あるいは乗っ取ろうとする輩は後を絶たなかった。
けど、アルテは数年前に殲滅したはずだ。詳しいことはオレも知らねーけど。

アルテの武器を使用したことはない。それだけ評判の良いものなら使ってみたさは確かにあるけど、オレにとって武器は武器でしかなく、どちらかといえば"刺した物"より"刺された者"のほうに興味がある。

ルッスーリアみてーに死体に興味があるわけじゃねーけど、なんていうんだろうな。刺した後のあの一瞬。グチュリと肉が裂ける音とともに吹き出る鮮血。べっとりと自分の衣服についた返り血。さっきまで動いていた人間の命が失われる何という呆気なさ。それら全てがオレにとっての"欲"だ。
まあこの欲を満たすためにアルテの武器が使えるっていうなら願ったり叶ったりだけど。

「来週は任務受けんじゃねーぞぉ。低ランクの任務は部下に任せておけ」
「はぁ?何それ。王子に命令すんな」
「いいから予定空けてろぉ」

王子はオマエの直属の部下じゃねーんだけど。と言いたいところだがスクアーロの妙に嬉しそうな笑みに口を噤む。
悪い顔してんなあ。けど久しぶりに楽しめそうな感じがする。スクアーロがこんな顔するのは久しぶりだし、オレも通常任務に飽きてきた頃でちょうど良かった。来週までにこの睡眠不足を何とかして万全の状態で行かなきゃ遊べねーもんな。

今ここでアルテの名前が出てきたってことは手紙にそのことが書かれていたんだろう。ってことは来週のその予定とやらに関係してくる。

アルテか…ししっ、たんのしみー!

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