捕食者から逃げ惑え



とある日のお昼時、今日も変わらず私はいつものように買い出しへと向かう。生憎天気は曇り。どんよりとした重苦しい雲が青い空を遮っている。晴れでも曇りでも街の人たちの行動は変わらない。それは私も同じだった。…が、

「何故ついてくるんですか、ベルさん」

呑気に欠伸をしながら私の隣を歩く王子様。自称ではなく本当にどこかの国の王子らしいのだけど。

「任務なんだよね、これから」
「ならそちらへ向かったらどうですか」
「オレの任務先もこっちなんだよ」

絶えず欠伸をしているところからしてあまり寝ていないのだろう。そういえば昨夜は遅くまで任務だったらしいからそのせいかもしれない。

あれからベルさんとは少し顔を合わせにくい。私のこの脚を見られてしまったし、あのときは無我夢中で気付いたときには壁を破壊していた。
使用人が幹部に対して有るまじき行為だと非難されるかと思ったが、むしろベルさんはおもちゃをみつけたときのような楽しそうな雰囲気を出すものだから拍子抜けしてしまった。気まずいと思っているのは私だけのようだ。

この人はプライバシーという言葉を知らないのか、人の過去に土足で踏み込んでくる。あの痣のことや脚力のことなど色々聞いてくるためどう誤魔化そうか手を焼いている。
けどこのことについては他の幹部にもボスにも知らせていないらしく、私も下手なことは出来ない。それを分かっているからこそ、この人は無邪気に根掘り葉掘り聞いてくるのだ。

「なあなまえ、もっかい脚見せてくんね?」
「変態」
「殺すよ?」

さっきからこの状態である。ため息をつくと同時に釘を打たれような痛みが走った。それによって脚が止まる。

「ん、何?また痛てーの?」
「…いえ、大丈夫です」
「ふーん?まあいいけどさ。悪化する前にさっさと帰れよ」

心配してるんだかわからないような軽い口調でそう告げると「オレこっちな」と手をひらひらさせて去っていった。…やっといってくれた。


「お嬢さん、僕とお茶でもどうですか?」

ベルさんが見えなくなったところで後ろから声をかけられ、面倒なのに捕まったと気付かれないようにため息をつく。ここは人も多くお洒落な店が多数あるために客引きやらナンパをよく目にする。
いつもはさっさと買い物を済ませて即帰るために捕まることはなかったが、今回はベルさんがいたためにそれは出来なかったのだ。

「すみません、急いでいるので」

相手が急いでいるとわかればしつこくはしてこないだろう。私の読みは当たったのか向こうは諦めたように息を吐いたのでそのまま身体を翻そうとした。

が、進もうとした先にまわられてしまい道を塞がれてしまった。なんだこの人は、と顔を上げて、私の目は見開かれる。

「探しましたよ、僕の大切な人」

ニィッと三日月のように弧を描いた笑みを浮かべる男。その言葉に目を細めた。私は思った、どの口が言うのだと。血の気が多い奴であればここで一触即発だったろうが、私は脚の指をポキポキと鳴らして留まった。虫唾が走る。

タイミングが悪い、最近はこの脚の痛みが頻繁に起こっており、今日も朝から脚の調子が良くない。でもこんな街中で、しかも真昼間からやり合うわけにはいかない。
ずくり、と抉られたような気味の悪さ。目の前に立たれるだけでこうも気分が悪くなる人物はなかなかいないだろう。

「先程の男は、君の王子様かな?」

いきなり何を言い出すのかと思えば。少し前から私の存在には気付いていたということか。
"君の"という言葉に少々疑問を持ったが正真正銘あの人はどこぞの王子様である。返事をするのも嫌になるこの男だが、戦闘を避けるためにもここは頷いておいたほうがいいだろうとコクリと頷くと心底驚いた顔をされた。…何か変なことをしただろうか。

「そうですか、それはそれは」

くつくつと喉を震わせるのを隠そうともしないことに苛立ちを覚える。この人は一体何をしに来た?まさか世間話をしに来たわけでもあるまい。

「失礼、そろそろ本題に入りましょうか」

咳払いを一つしたところでこちらに向ける熱のこもった視線にきゅっと口を結んだ。何を考えているのかさっぱりわからない、だからこそ不気味で嫌な汗が流れる。何の話をする気なんだ、こちらとしては一刻も早く帰りたいというのに。

人の良い顔で笑みを浮かべるその裏で獲物を捕らえるような鋭い双眸に反吐が出る。どうしてここに、何故、生きている?その疑問が本題とやらで聴けるのだろうか。

面倒なことになりそうだと気付かれない程度にため息をつく。買い出しなんてするんじゃなかったと激しく後悔した。

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