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獄寺くん、ランボくん、了平先輩、雲雀さん、山本くん、クロームさんとそれぞれがリングによって毒が中和され、スクアーロさんも重症ではあるが生きていた中、綱吉くんとXANXUSさんの戦いは続いていた。

「零地点突破改…」

その中でも綱吉くんはずっとその技のタイミングをはかっている。XANXUSさんの怒りが爆発しつつも必死に食らいついていく綱吉くん。画面越しでもその迫力は伝わってきた。徐々に零地点突破の完成に近づいてきている。それは凍らされたXANXUSさんの炎が証明していた。

あんなに大きな怪我をしてまで綱吉くんは大切なものを守ろうとしている。ついこの前まで普通の中学生だったみんなが必死に修業して食らいついている。
さっきシャマル先生と話していた、私は記録係として必要か否か…その次元ではない。私にも誰かを守れる力があれば、戦うことができればなんておこがましいにもほどがある。私は今何を考えている?この戦いを記録しなくてはいけない、それはもちろんだ。でもそれとは違う、頭の中を占めるのはそれではない。

「零地点突破初代エディション」

XANXUSさんの足が、腕が、全身が凍り付いていく。…勝ったんだ、綱吉くんが。でも私の頭は追いついていない。みんなが何か騒いでいることも私の中ではまるで遠くでみているようなそんな感覚だ。

今までの戦いも息を呑むようなものばかりだったけど今回のこの大空戦はそれをさらに上回っていた。炎同士がぶつかりあって火花が散り、まるで映画のワンシーンを見ているような、そのくらいの凄まじさが感じられた。
ここは本当に学校?いったいここで何が起こっているの?周りがすごく騒がしい。視界の端に見えた、ヴァリアーの人たちが暴れている。そしてそれを獄寺くんたちが止めようとしている。
私はどうしてこんなところにいるのだろう。目の前で起こっているのは本当の殺し合い。一歩間違えれば死が待っている、そんな世界を今目にしている。みんなが命懸けで戦っている、日常に戻るために拳をふるっている。私には逆立ちしたってできないことを。


「亜衣?どうした、帰るぞ?」

ディーノさんにポンと肩に手を置かれてもしばらく反応できなかった。頭の中でぐるぐると戦いの様子がまわり、ある事にふと気付いた。
怖いんだ。必死に戦ってくれたのに、私を含めて守ろうとしてくれたのに。そんなみんなを、少なからず怖いと思ってしまっているんだ。私の、人間の嫌な部分が垣間見えた瞬間だった、自分と違う人を怖がってしまうところ。役に立つかとか、もうそんなレベルの話ではなかった。
みんなのことはもちろん大好きだ。今まで楽しく話してくれたりふざけあったり、素敵な日常をたくさん過ごせた。ただ、まだ受け入れられなかった。楽しく過ごしていた友達がこんなに成長していることに、私の知らない顔になっていくことに。

あんなに大きな怪我をして、刃物や銃を向けられたりしているのに、恐怖というものは感じないのだろうか。私は怖い、そんなものを向けられたら足がすくんでしまう。
けどみんなは例え怖いと思っていたとしてもそれを弾き返すだけの強い意志を持っている。私にはそれが無い。いつの間にかこんなに大きな壁ができていたなんて。

「亜衣?」
「…すみません、何でもありません」

心配そうに覗き込んでくるディーノさんに目を合わせることはできなかった。ただただひたすら怯えているだけ。今は、今だけはひとりになりたかった。みんなのこと、綱吉くんのことは大好きなのに、恐怖心がそれの邪魔をする。
怖いだなんて思いたくない、あんなに必死になって守ってくれたのに。酷い、あまりにも…こんなことを思ってしまうなんて、私は…。



どうやって家に帰ったのか正直あまり覚えていなかった。大空戦のことで頭がいっぱいで、ほとんど眠れもしなかった。
これで平和な日常が戻ってくる、それについては嬉しい。ただ自分の気持ちに整理がついていなかった。傷だらけになりながらも勝利を収めたみんなに、綱吉くんに壁を感じてしまった。
戦う術を持たない私には修業することも、武器を向けられることも、それに打ち勝つことも何も出来ない。だからそれを修業したからとはいえ出来てしまうみんなに恐怖した。
そんなとき、私の携帯の着信音がしたのに気付き、びっくりして名前も見ずに慌てて携帯を手にする。

「…は、い」
《亜衣か?おまえも今日暇だろ?今すぐ山本ん家に来い!》
「え、?獄寺くん…えっと…いや、私は、」
《いいから来い!そこで祝勝会すんだよ!来れる奴は強制参加なんだから絶対来い!いいな!》
「あっ、ちょ、…!」

否定も肯定も出来ずに切られてしまった。相変わらずなんという強引さ。本当は行きづらいけど、さすがに電話をくれたのに無視をするわけにもいかず、準備をしてから山本くんの家に向かった。



「遅ぇ!とっくに始まってんだぞ!」

山本くん家の扉をガラガラと開けてから第一声に飛んできたのは獄寺くんからのお叱りだった。獄寺くんに案内されて中にはいると、綱吉くん達だけでなく京子ちゃんやハルちゃんたちも全員揃っていた。
一応リング争奪戦の祝勝会だけど、京子ちゃんたちには相撲大会優勝とランボくんの退院祝いだと伝えてあるみたい。

「あ、よかった!亜衣も来たんだね」

お寿司の詰め合わせを手にしている綱吉くんが私に気付いた。あの量をひとりで食べるつもりなのかな。

「つ、綱吉くん…」
「亜衣のぶんもあるよ、ランボたちに取られないようにしといたから」
「…ありがとう」

お寿司を受け取ったあと、山本くんに呼ばれた綱吉くんはそちらにいってしまった。それを見送ったあと受け取ったお寿司に視線を戻す。どれもみんな美味しそうだ。
ただ、すごく場違いな気がした。自分で勝手に思い込んでいるだけかもしれないけどそれでも距離を感じてしまった今、みんなが楽しそうにしている空間に自分がいるのが少し息苦しかった。
私は何もしていない、記録係だから見ていただけ。あんなに必死になっていたみんなを自分には出来ないからといって怖がったり、勝手に壁を作ったり、本当に何やってるんだ私は、と思うときもある。
でも一度そう思ってしまったら安心出来なくなっちゃったんだ。シャマル先生はああ言ってたけど、こんなことを考えてる私を見ても同じことが言えるのかなって。

「亜衣」

ボーッと一点を見つめていると急に視界にリボーンくんが現れたために慌てて少し後ずさりしてしまった。

「り、リボーンくん…?」
「どうした?そんなボーッとして。食わねーのか?」
「あ、ううん、食べる…」

いけないいけない、リボーンくんに余計な気を使わせてしまったので慌ててお寿司を口に入れた。美味しい…けど、前の野球大会で優勝したときの祝勝会と比べてしまうと、こんなに美味しいものを食べていてもあまり嬉しいとは思えなかった。
だめだ、思いっきり気持ちが沈んでいる。それでもそんな私をじっとリボーンくんが見つめてくるものだから私は目を合わせづらくて無理やり口角を上げた。

「…な、なあに?」
「いや…あんまひとりで抱え込んでんじゃねーぞ」

ぴょーいとカウンター席から飛び降りて綱吉くんのもとにいってしまったリボーンくん。本当にリボーンくんはその観察眼がすごい、それとも私がわかりやすいのかな。
お寿司をひとつ食べ終えたところで箸を置く。まわりでみんなが楽しそうに笑って話している声がBGMのように聞こえてきて、今ここには私しかいないようなそんな錯覚さえ覚えた。

「亜衣!亜衣もこっち来て一緒に食べよう?」
「……、うん!」

綱吉くんが私に笑顔を向けてそう言ってくれた。昨日の戦っているときの彼とは違う、いつものやわらかい、ふわりとした笑顔。
その表情をされると余計に辛く感じてしまう、私はこんなにも自分勝手なことを考えているのに。私、本当にどうかしちゃったんだと思う。綱吉くんの言葉に戸惑いながらきごちなく笑顔で頷いたけど…、

帰りたいな…、なんて。


43.見えない壁に手を伸ばした

大好きな人たちのはずなのに、大好きな人たちだからこそ、その壁はどんどん高くなる。

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