41


「てめーが9代目を手にかけたんだぞ」

その言葉は嫌でも重くのしかかった。

「誰だ?じじぃを容赦なくぶん殴ったのは。…誰だ?モスカごとじじぃを真っ二つに焼き切ってたのはよぉ」

目を背けたくなる現実が突きつけられる。たとえこれが罠であっても犯してしまった罪が消えることは無い。それでもあんまりにも理不尽で。どこにもぶつけることのできない怒りが増幅する。XANXUSさんの言葉によって綱吉くんは完全に自分のせいだと思いはじめていた。どうして、こんな…。

「すまない…、私の弱さが、XANXUSを永い眠りから目覚めさせてしまった…」

ゆっくりと言葉を繋ぐ9代目に私たちは全員耳を傾けた。永い眠り…?私も綱吉くんもみんなが疑問に思っていたとき、リボーンくんの口から"揺りかご"という言葉が出てきた。
"揺りかご"とは8年前に起きたボンゴレ史上最大のクーデターのことで、その反乱軍の首謀者がXANXUSさんだったらしい。そして9代目は重体であるにも関わらず教えてくれた。ボンゴレ10代目に綱吉くんを選んだのは9代目自身だということを。あれ、XANXUSさんを選んだんじゃなかったの…?
そこで9代目の意識はなくなってしまった。伸ばされていた手は重力に逆らうことなく地面へと落ちる。綱吉くんが悲痛な声をあげるけど静かに眠ったまま9代目は目を覚まさない。

「よくも9代目を!」

XANXUSさんの怒りの声が大きく響いた。その後のつらつらと並べる言葉も仇を討つという言葉も、まるでこうなることがわかっていたような台詞。
ようやくわかった、これが理由だったんだ。揺りかごを知っている人たちからしたら、ただこのリング戦に勝ったとしてもXANXUSさんの就任には反対するはず。でも綱吉くんを悪者にしてリング戦で9代目の仇を討ったとなれば絶対的な信頼を得ることができる。
全部全部、仕組まれた罠だった。私たちはただ掌の上で踊らされていただけ。怒りと同時に悔しさも悲しさも、全ての負の感情が浮き上がってくるようで気持ちが悪かった。

「XANXUS、おまえに9代目の跡は継がせない!」

綱吉くんが覚悟を決めた。許してはいけない、今回のことを。9代目を犠牲にしてまでこんなことを。
戦いが嫌いな綱吉くん、だけどその目に迷いはなかった。これから始まるんだ、最後の大空戦が。



次の日、私は久しぶりに学校にいった。一週間ぶりの授業というのはこんなにも辛いんだ。リング戦にいっているから睡眠時間もいつもより少なかったため眠くて仕方がなかった。
リング戦の最中は緊張感もあって眠気なんてまるで感じなかったけど、ここへきてガタがきているのか何度も寝そうになってはハッとするの繰り返しだった。


「…亜衣」

放課後になり疲れと眠気からふわあ、と大きなあくびをしたところでとても神妙な面持ちの綱吉くんに話しかけられる。

「…どうしたの?」
「今、平気?話したいことあるんだけど」

そういえば昨日、ハイパー化した綱吉くんにそんなことを言われていたっけ。いつもより静かなトーンで話す綱吉くんに少し肩が震える。ぎこちなく頷くと帰りながら話すということで一緒に昇降口へと向かった。


空が綺麗なオレンジ色をしてきた。たまにすれ違う人がちらほらいるだけで比較的静かなこの帰り道、学校からずっと無言の状態が続くのはなかなか厳しかった。

「…ねえ亜衣、前にオレが言ったこと覚えてる?」
「え、?」

そろそろこの空気に息苦しさを感じたとき、綱吉くんが話しかけてきたものだから私は少し声が裏返ってしまった。けれど綱吉くんはそんなことは全く気にせずに続ける。

「亜衣が危険な目にあってたら、オレが絶対に助けにいくって言ったこと」
「…うん、覚えてる」

それは雲戦、雲雀さんとモスカの対決の前に言われた言葉だった。言われた時はすごく恥ずかしかったけど、そこには強い意志を感じたことを覚えている。

「じゃあ、その万年筆で自己防衛してねって言ったことは?みんなで修業を開始する前にオレが無茶しないで言ったこともちゃんと覚えてる?」

だんだんとその声が大きく、そして早口になっているのがわかった。若干綱吉くんのほうが前を歩いているから顔は見えないけど、これは…、

「う、うん…もちろんちゃんと覚えて、」
「嘘、だよね」

くるりとこちらを向いた綱吉くんの表情は怒りを表していて、それでいて悲しそうで、力強く拳を握っていた。

「昨日、モスカの攻撃からクロームたちを守るために自分が盾になったのはどうして?」
「そ、それは…、クロームさんたちが危ないって、思って」
「自分は万年筆持ってるから大丈夫だって思ったの?」

私があのとき思っていたことをそのまま口にする綱吉くんに言葉が詰まる。

「ある程度の攻撃はそれで防げるかもしれないけど、だからって自分の身を投げ出して盾になることは違うと思うんだ」
「……」
「その万年筆は限度がわからないから、もしもの可能性だってあったはずなんだ。もしあのときオレがもう少し来るのが遅かったら…」

辛そうに拳を握る綱吉くんに私は何も答えられなかった。もしも…そんなこと、あのときの私は考えていなかった。

「無茶しないでっていったのはそれだよ。たとえ万年筆を持ってたとしても、それで慢心しないでほしい。もちろん仲間を守りたいって気持ちもわかるけど、その万年筆は亜衣に身を投げ出してでも誰かを守ってほしいから渡したわけじゃないと思う」

あのときの私は咄嗟に身体が動いていた。私には万年筆がある、だからきっと砲弾くらいなら防げるだろうという根拠のない自信を持って盾になろうとした。
でも、もし防げなかったら?守る側も咄嗟の判断というのは必要だと思う。ただ、それは同時にまわりもしっかり見通せる力も必要になってくる。咄嗟に飛び出したとしても、それは守る力がある人がやるから意味があるもの。
私のように後先考えずに力のない人間が飛び出したところでなんの解決にもならないんだ。ただ犠牲が増えてしまうだけ。
それでも、たとえ弱くても助けたかった。少しでも万年筆の力で軽減できたらと思って。けどそれが甘かったのかな。私がちゃんと周りをみて綱吉くんの存在に気付けていたら、あんなことにはならなかったのかもしれない。

「ご、ごめ、んなさい…」

私は馬鹿だ。自分どころか誰かを守る力なんてないのに勢いで飛び出して、それがどれだけ周りに迷惑をかけたか。獄寺くんたちが必死に私の名前を呼んだ意味がわかった。"やめろ"って、言いたかったんだ。
結果としては助かったけど、私一人分綱吉くんに余計な負担を背負わせてしまった。目に水の膜が張って視界がぼやけていく。目尻に溜まっていく涙はとどまることを知らず、頬を伝っては次々と流れてくる。おかげで綱吉くんの顔が見えない。
自分の行動に後悔して、綱吉くんに申し訳なくて、まわりのみんなにたくさん心配をかけて、結局は助けられて。

「…ごめん、助けるのが遅くなって」

すごく近くで綱吉くんの声がすると思ったとき、気が付けば私の背中には綱吉くんの腕がまわっていた。

「オレがもう少し早く来てたら、亜衣をあんな目にあわせなくて済んだのに…」
「…綱吉くん、」
「かっこつけてオレが絶対助けにいくなんていったそばからこれだもんな。信用なくしちゃうよね」

そんなことは、ない。綱吉くんはちゃんと助けてくれた、おかげで私たちは怪我もしていない。9代目はあんなことになってしまったけど、綱吉くんのおかげでモスカから解放することができた。
間違ってないよ、大丈夫だよ。ぽつりぽつりと言葉を確かめるようにそういえば、さらにぎゅっとする力が強くなった。

「…ありがとう」
「…ごめんなさい。私、気を付けます」
「うん、…亜衣が無事でよかった」

埋めていた顔をそろりとあげると、いつものふわりとした笑顔の綱吉くんがそこにあった。それに私の脈拍が速くなったのは当然だけど、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいで、私も自然と口元を緩めた。


41.「ありがとう」

(亜衣が無事だったのはよかったけど、オレどさくさにまぎれて何してんだよ、この腕…!)

BACK

- ナノ -