40


「おは…じゃなくて、こんばんはみんな」

23時少し前、学校に着くとすでに獄寺くんたちは集まっていた。

「おはようだぁ?寝ぼけてんじゃねーのかおまえ」
「何を言っているのだタコヘッド!テレビでは夜でもおはようと挨拶すると言っていたぞ!」
「それとこれを一緒にすんじゃねぇ!」
「まあまあ落ち着けって!」

夜でも構わずわーわーと叫んでいる二人だけど、このやり取りも何だか懐かしく感じて私は自然と口元を緩めていた。そんなことをしていると、今回の主役である雲雀さんが到着する。相変わらず私たちが群れていることが気に触るみたいだけど。

「君も来たんだ。赤ん坊から聞いたよ、書記係に入ったんだって?」
「お、惜しい…!記録係です雲雀さん」
「どっちも似たようなものでしょ」

似てる…のかな?でも風紀委員長の雲雀さんからしたら書記係っていうほうがしっくりくるのかもしれない。


今回の雲のバトルの戦闘フィールドはグラウンド。四方は有刺鉄線で囲まれ、八門の自動砲台が30メートル以内の動くものに反応して攻撃するそうだ。そして地中には重量感知式のトラップが無数あり、その上を踏むと爆発する。
今までのフィールドとは比べものにならないくらい過酷なものだった。こんなの、一歩動くだけでも命がけだ。

「それでは始めます。ゴーラ・モスカVS雲雀恭弥、勝負開始!」

チェルベッロさんの合図とともにゴーラ・モスカは巨体であるにも関わらず、ものすごい勢いで雲雀さんに向かって飛んでいき、手から砲弾を発射する。それに臆することもなく雲雀さんも正面から向かっていき、二人がすれ違った。


気付いたときには雲雀さんはすでに雲のハーフボンゴレリングを一つにしていており、私は何かの間違いなのではないかと目を丸くする。

「今、何が起こったの…?」
「お、オレに聞くなよ!オレだって何がなんだか!」

獄寺くんだけでなく山本くんも了平先輩もぽかーんと口を開けている。リングを一つにしたってことは…勝った、の?私たちの勝ちってことでいいの?

「おりておいでよ、そこの座ってる君。サル山のボス猿を咬み殺さないと帰れないな」

今の対戦がまるで無かったかのように余裕の表情でそういった先にいるのはXANXUSさん。すると不敵な笑みを浮かべたXANXUSさんは雲雀さんへと向かっていった。
当たる…!そう思ったけど見事に雲雀さんはトンファーで防いでいた。XANXUSさんと雲雀さんが交戦しているため、地中にあるトラップやガトリングが容赦なく炸裂している。
そんな中優位に立っているのは雲雀さんだ。あのXANXUSさんを押しているなんて、もしかしてこのまま勝ってしまうんじゃ…?けどそんな私の甘い期待はすぐに裏切られることになった。"何か"が雲雀さんの左足を掠め、それらは私たちの方にも複数飛んでくる。

「っバカ亜衣!ぼさっとしてんじゃねー!」
「えっ、!」

隣にいた獄寺くんにとっさに頭を抱き込まれ、爆風によって私たちが今いた場所が吹き飛ぶ。う、うわ…間一髪…!

「あ、ありがとう」
「ったく、ちゃんと周りを見ろ!」

う…、その通りですね。いったいどうなっているんだと状況を確認したところ、どうやらゴーラ・モスカの制御がきかなくなってしまったらしい。校舎や校庭、所構わず撃っていてもう全体的な被害は相当なものだ。リング戦なんて関係なく無差別攻撃。
やっと状況を理解したところで、ふと周りを見渡すとクロームさんが走っているのが見えた。でもその走っている場所はフィールド内。ダメ、そっちにいったら…!

「獄寺くん、ごめん!」
「は?な…っ、おい亜衣!?」

獄寺くんから離れクロームさんの方へ走り出したのと同時に、彼女の足元からピーッ!という音がした。……ッ、トラップが…!

「クロームさん!」

私の叫びも虚しくトラップは地響きのような大きな音を立てて爆発した。その光景にサッと青ざめ目を見開いたけど、煙の中から三つのシルエットが浮かび上がる。あれは…城島くんと、柿本くん!

「だ、大丈夫?三人とも怪我とかない…?」
「あ、貴女は…」
「な、おまえ!何で来たんだびょん!」
「え、えっと…勝手に足が動いたというか…」

よかった、爆発を避けたことで多少のかすり傷はあるものの大きなダメージはないみたいだ。でもここにいたら危ない。それを伝えようと口を開いたところで機械の鈍い音が聞こえた。
視線を上げた先に見えたのはガトリングとモスカ、どちらも私たちの方を向いている。挟まれた…?そこからは自分でもよくわからなかった。このままではダメだと頭の中で警報が鳴り、さっきと同じように足が勝手に動く。

「亜衣っ!」

獄寺くんたちが私の名前を呼ぶのが遠くから聞こえるけど今はそんなことはどうでもよかった。モスカが撃つ砲弾とガトリング、見た限り特別な能力が備わっているわけでもなさそうだし、これくらいなら私の万年筆の力で防げるかもしれない。
自分でもびっくりするくらい冷静に頭が働いていた。私はこんなに行動力があったっけ。もう一度名前が呼ばれたと思った時には、私はクロームさんたちを庇うように三人の前に立っていた。


来るであろう衝撃にとっさに目を瞑ったけど、万年筆で弾き返す音も防ぎきれずに自分が吹き飛ばされることもなかった。ただ大きな音と目の前が眩い光に包まれている。
ボトリと焼け焦げた弾がいくつも地面に落ちる。だんだんと包んでいた光が小さくなり、私の前にはよく知っている人物が立っていた。
突然の出来事にしばらく頭が働かなかったけど、私やクロームさんたちは無事に生きている。…助けてくれたんだ、綱吉くんが。

「……、つ、なよしくん…」
「…亜衣、あとで話がある」

恐怖心からくるものなのか、口が震えてしまい絞り出すようにしてやっと綱吉くんの名前を呼べたけど、彼は淡々と一言だけいうとまた飛んでいってしまった。…なんだろう、話って。

「おまえの相手はオレだ」

モスカの腕を炎で焼き尽くしながら静かに響くその声は、いつもよりも低い気がする。今まであちこち砲弾を撃っていたモスカが綱吉くんに狙いを定めたようで、彼一点に攻撃が集中する。
でも綱吉くんはそんな攻撃をものともせずにしっかりと見定め自分の攻撃だけを確実に決めた。私が記録できなかった期間で急成長を遂げている。

そんな姿をみて少しホッとしている中、私の頭の中では少々疑問がでてきた。XANXUSさん、モスカの実力に随分自信があるように見えたけどこうもあっさり雲雀さんに倒されたのはどうしてなんだろう。たとえ今のモスカが暴走のせいでこうなっているにしても、これだけの破壊力があるならもしかしたら勝てたかもしれないのに。
単純に雲雀さんが強かったっていえばそれまでだけど…何か、おかしいような…。でも向かってくるモスカを放ってはおけない。綱吉くんはより一層手からの炎を大きくし、手刀の要領でモスカを真っ二つに…、

ゴトリ…と、地面に落ちる音がした。誰が、どうして、何故…、疑問がいくつも浮かび上がる。モスカの中から出てきたのは、人だった。

「9代目…!?」
「どうやら9代目はモスカの動力源にされてたみてーだな」

リボーンくんの言葉に全員が驚愕する。動力源…?なんで?この人はボンゴレの9代目で…!

「てめーが9代目を手にかけたんだぞ」

XANXUSさんの言葉が重くのしかかる。確かに事実、モスカを攻撃したのは綱吉くんだ。でもそれは暴走したモスカを止めるため、そしてみんなにこれ以上危害を加えさせないため。
嵌められた、私は直感的にそう思った。XANXUSさんはわかってたんだ、モスカが暴走すれば必ず綱吉くんが来ること、そして破壊してくれることを。何のためにというのは分からないけど、これが狙いだったんだ。

まだ本当のマフィアの世界を知らない、普通の人として生きていた綱吉くんが血だらけの9代目をみてどう思っているのか。
考えるだけでも恐ろしく手に力が入らない。足も動かない、声をかけることもできない。全部彼のせいになってしまうの?暴走は止めるべきではなかった?9代目の命かみんなの命か、その二つを天秤にかけるなんてこと…。
目の前の出来事にうまく頭が働かない。嘘であってほしい、全部夢であってほしい。私は、見てることしかできなかった。


40.ただ、立ち尽くすだけで

これも手帳に記録しなくてはいけないのかと思うと苦しかった。記録係という仕事が嫌いになりそうだった。嘘の記録を書いてしまいたかった。手帳を破り捨てたくなった。

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