37


23時、今回の霧戦は体育館だった。ちらりと隣のベルフェゴールさんをみると、やけにニヤニヤしているように見える。

「機嫌いいんですか?」
「そりゃあね、マーモンのあの力がみれるわけだし」

今日のお昼も言ってたけどあの力ってなんだろう。
それにしても綱吉くん側の霧の守護者はまだ来ていないみたいだけど本当に誰が来るのかな。霧に関しては修業の段階からいなかったから情報が全くない。勝てる…のかな。
そんなことを考えていると、ガラリと体育館のドアが開き、そこには見知った顔があった。あの人たちって確か骸さんと一緒にいた…じゃあ霧の守護者って骸さん…?でも骸さんは捕まったはずじゃあと思っていると、あの独特な笑い声が聞こえてきた。でもそれは男の人の声ではない。

「Lo nego…Il mio nome e’ Chrome. Chrome 髑髏」

現れたのは黒曜中の制服を着た女の子。骸さんと似たような髪型で右目には眼帯をしており、骸さんが持っていた武器と同じものを持っている。でも、骸さんじゃない…、初めて見る顔だ。

「なあ亜衣、あの女今日初めて見たけど、なんでずっと来なかったわけ?」
「…わからないです、私も今日初めて会ったので」
「へー、オレもっと仙人のじーさんみたいなのが出てくると思ったけど、まさか女とはね」

確かにそれは私も思った。別に女の子がだめってことはないけど、私はてっきり骸さんがくるんだと思っていた。そんなことを考えてる間に話は進んでいたようで、チェルベッロさんが対戦についての説明をした。
フィールドは体育館内全て。今回特殊装置がないのは霧の守護者の使命に合わせているようだ。そしてもちろん嵐戦のときと同じように赤外線感知式レーザーが設置される。

「霧の対戦、マーモンVSクローム髑髏。勝負開始!」

先制攻撃はクロームさんからだった。クルクルと武器を回し軽く地面をつくと、ついた場所からみるみるうちに床が壊れていき足場が崩れる。

「わ、な…何これ…!」
「幻覚だよ、ってか亜衣にもこれ見えるんだ?」

そうだ、万年筆は持っているけど幻覚は見える。骸さんとの戦いの時も見えていた。この万年筆は私に害をもたらすものから身を守るものだから本来なら幻覚は私には見えないはず。でもそれが見えてるってことは多分、この万年筆では防げないほど強い力が働いているってことだ。
そのとき、まるで映像が消えたかのように突然フッと崩れた床が消えて元に戻る。それと同時にクロームさんのほうを見ると、彼女はマーモンくんから伸びている触手のようなもので首を絞められていた。

「弱すぎるね。見せ物にもなりゃしない」
「誰に話してるの?」

明らかに違う場所から聞こえた声。「こっち…」というクロームさんの声の方に目を向けると、彼女はすでにマーモンくんの背後に立っており、マーモンくんが首をしめたと思っていたものはバスケットボール籠に変わっていた。
これも幻覚…もう何がどうなっているのか頭が追いついてこない。

「よかったよ、ある程度の相手で。これで思う存分アレを使える」

クロームさんの幻術を見たマーモンくんは、マントの中にある何かからジャラジャラと鎖を解いていく。すると頭に乗っていたカエルがみるみるうちに伸びていき、頭の上で天使の輪のような形状をとっていった。

「お、やっとマーモンの本領発揮?」

隣でベルフェゴールさんがわくわくしているような声を上げる。その間もクロームさんの攻撃は続いているけど、マーモンくんは全て避けている。そんな中クロームさんによって地面からいくつもの火柱が上がった。

「確かに君の幻覚は一級品だ。一瞬でも火柱にリアリティを感じれば焼けこげてしまうほどにね。…ゆえに弱点もまた、幻覚!」

その言葉を発した瞬間、一瞬で火柱が凍りつき、吐く息が白くなるほど一気に体育館内の気温が下がった。火柱が凍ったことによって形勢逆転したようで、クロームさんの足がどんどん凍りつく。
足を封じられてしまっては自由がきかない。クロームさんはそのまま地面に叩きつけられたが、すぐに起き上がり慌てて武器を手にする。

「どうやらその武器は相当大事なもののようだね」
「!ダメーッ!」

クロームさんが叫んだのも虚しく、持っていた武器はマーモンくんによって粉々に砕かれた。その瞬間クロームさんは口から手で抑えきれないほどの血を吐き出した。どんどん顔色が悪くなっていくと同時に、彼女のお腹は次第に陥没していく。
そんな彼女にみんなが驚きを隠せないでいると突然クロームさんを包むようにして霧が発生し徐々に彼女の姿が見えなくなる。

「クフフフ…」

聞こえてきた声はクロームさんのものではなく男の人の声。霧の中から武器を掴んだ手が見えはじめ、だんだんと霧が晴れていく。

「随分いきがっているじゃありませんか、マフィア風情が」
「骸…無事だったんだ」

そうだ、骸さんたちはあの戦いの後捕まったはずだ。

「舞い戻ってきましたよ、輪廻の果てより」
「六道骸…たしか一月前、復讐者の牢獄で脱走を試みたやつの名が、六道骸」

マーモンくんの言葉に全員が目を丸くする。復讐者は鉄壁といわれるほどの牢獄のはずなのに、そんなところから脱走したなんて。

「だが脱走は失敗に終わったはず。さらに脱走の困難な光も音も届かない牢獄にぶち込まれたと聞いたよ」
「…ボンゴレが誇る特殊暗殺部隊ヴァリアーの情報網もたかが知れてますね。現に僕はここに在る」
「…君は女についた幻覚だろ」

骸さんの余裕な姿にマーモンくんは攻撃を開始した。一気に体育館内を吹雪にして骸さんを氷漬けにしてしまう。そしてトドメを刺そうとマーモンくんが向かっていったとき、ソレは起きた。

「蓮の、花…?」

マーモンくんの動きを封じるようにして身体中に蓮の花が絡みついた。…すごい、クロームさんもかなりの術士だと思うけど、そんな彼女よりマーモンくんの方が優っていた。
でも今は骸さんが圧倒している。以前綱吉くんと戦った時よりも強く見える。骸さんの余裕の表情は変わらない。

そんな彼にイラついたのか、マーモンくんは怒りを爆発させる。体育館中の空間が歪んだ。床が、壁が、天井が、全てのものがぐにゃりと混ざり合っていく。
それに対抗して骸さんも幻覚を繰り出した。たくさんの火柱が立つ中で頭がクラクラしてくる。なにこれ…すごい気持ち悪い…。隣のベルフェゴールさんを一瞥すると、彼も若干顔色が悪いように見えた。
幻覚に慣れていないみんなは誰しもが気分が悪くなっているようだ。幻覚は脳に直接作用されるもの…これだけすごい幻覚を立て続けに見ているからかな。
気持ちが悪いのを何とか耐え、フラフラな状態で前を見ると、ちょうどマーモンくんのファンタズマによって骸さんが捕らえられているところだったけど、蓮の花が骸さんを包んでいたものをなぎ払った。

「堕ちろ…そして巡れ」

霧のハーフボンゴレリングが骸さんの手元に揃った。か、…勝った…!

「まだだよ!僕の力は…まだまだ、こんなものでは…!」

自分の幻覚を壊されボロボロになってしまったマーモンくんはそれでもゆっくりと起き上がるけど、黒くて大きなものがマーモンくんの体の中に無理やり入っていき、彼はみるみるうちに風船のように膨らんだ。

「君の敗因はただ一つ、僕が相手だったことです」

その瞬間、マーモンくんが爆発した。…え?爆発、した…マーモンくんが…!体育館の中央にいるのは、リングを一つにした骸さん、ただ一人。

「…霧のリングはクローム髑髏のものとなりましたので、この勝負の勝者はクローム髑髏とします」

チェルベッロさんの言葉によって勝敗が決まったけど、でもマーモンくんが…!私の気持ちを代弁するかのように綱吉くんが声を上げるがそれは骸さんによって遮られた。

「心配無用ですよ、あの赤ん坊は逃げました。彼は最初から逃走用のエネルギーは使わないつもりだった」

骸さんの言葉に私はホッとする。そっか、マーモンくん大丈夫だったんだ。一人、また一人と日が経つにつれて一人の人間がいなくなってもおかしくはないこの戦い。
たとえそれが敵であったとしても、目の前で人が消えるところなんて見たくはない。命懸けの戦いにこんなことを考えているのは甘い証拠だと言われようとも、はやくこの苦しくて辛い戦いが終わればいいのにと祈るばかりだった。

「明日はいよいよ争奪戦守護者対決最後のカード、雲の守護者の対決です」

明日は雲雀さんか…。

「おいXANXUS。次にヒバリが勝てばリングの数は四対三でツナたちの勝利は決定するぞ。そんときは約束通り負けを認め後継者としての全ての権利を放棄するんだろうな」
「…あたりめーだ。雲の対決でモスカが負けるようなことがあれば、全てをてめーらにくれてやる」

リボーンくんの言葉にも全く動じない…、XANXUSさんには絶対の自信があるみたいだ。モスカというロボット…私も屋敷でみたけど、異様な雰囲気があるのは確かだ。そんなに強いのかな…。

「それから、桐野亜衣様」

チェルベッロさんに名前を呼ばれビクリとした私は慌てて彼女のほうへ視線を向ける。

「今回の対決が終了したことで、両者共にリングの所持数が同じとなりました。その場合はご自分の意思でどちらに行くかを決めていただいて構いません」

あ、そっか…リングの数が多い方に行くってことだったから、今は同じ数である以上どっちにいってもいいんだ。

「どうなさいますか?」

最初はヴァリアーのところにいくのが怖くてたまらなかった。けど数日一緒に暮らしてみて、色々あったけど悪いことばかりではなかった。彼らは特殊暗殺部隊、決して善人ではないけど少なくとも私があの屋敷内でみた彼らに悪い印象はない。
一時的とはいえ私を住まわせてくれたことはとても感謝している。だけど私は…、


「…私は、沢田綱吉くん率いるボンゴレファミリーの元に…戻ります」

みんなのところに居たいんです。"戻ります"…なんて、私のような戦えない人が口にしていい言葉だったのかな。本当は"帰ります"っていいたかったけど、守ってもらう側の私はむしろ"行きます"という言葉がふさわしいのかもしれない。
記録係という役職をいいようにしてみんなと一緒にいたいというのは、私のわがままだから。

「…なんて顔をしているんですかあなたは」

頭上から骸さんの声がしたためにゆっくりと顔を上げると人のいい笑みを浮かべている骸さんの顔が視界に飛び込んできた。

「僕と会ったときの威勢の良さはどこへいったんですか。思いっきり手をつねりましたよね」

根に持ってたあ…!うわ、うわあ、素敵な怖い笑顔…!そんな骸さんにビクビクしていると「亜衣」と綱吉くんに名前を呼ばれる。そちらに顔を向けたのと両手をぎゅっと握られたのは同時だった。


37.「おかえり!」

しばらく声が出せなかったけど、ゆっくりと言葉を確かめるように「…ただいま」と返すとみんなが笑ってくれた。私は、ここにいていいんだね。私の居場所は、ここなんだね。そんな思いを込めるように私もぎゅっと握り返した。

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