35


深夜23時より少し前。そろそろ出る頃だと思い時間を確認するために携帯をみると、新着メールが一件。差出人は獄寺くんで、内容はランボくんの無事を知らせるものだった。「連絡が遅くなった」とあるけど、自分たちも修業していて連絡する時間がなかったのだからそれは仕方ない。
でもよかった、ランボくんが無事で。携帯をぎゅっと握っていると出る時間になってしまったため、慌ててバッグにいれて外へと出た。



着いた場所は学校…のはずだ。

「な、なにこれ…!」

雨の勝負のために作られた戦闘フィールドは天井に大きな穴がいくつも開いており、そこから大量の水が流れていた。そして今回もまた特殊装置によって規定の水位に達すると獰猛な海洋生物が放たれるそうだ。

「ドーモーな生物ー!?」

そんなフィールドに絶句していると下から綱吉くんの叫び声が聞こえてきた。みんなももう来てたんだ。
下にいるみんなはヴァリアーを目にした瞬間、特に獄寺くんがすごい形相でこちらを睨みつけていた。
ヴァリアーの後ろで小さくなっていると、隙間から綱吉くんとパチリと目が合う。話しかける雰囲気ではなかったけど無視をするわけにもいかず、少し苦笑いで小さく手を振ってみると、綱吉くんも少し笑って手を振り返してくれた。

今回は水没するため観覧席は校舎の外だった。山本くんとスクアーロさん以外が外に出たところで勝負が開始される。
先制攻撃はスクアーロさん。勢いよく刀を振るったと同時に仕込み火薬が爆発するが、山本くんは間一髪で避ける。ホッとしたのもつかの間、素早い動きで山本くんの背後をとって再度仕込み火薬が爆発するけど、様子がおかしい。あの煙…。

「これが時雨蒼燕流守式七の型、"繁吹き雨"」

リボーンくんがそう言ったのが聞こえた。そっか、これが"繁吹き雨"…。修業していたときは地面の上だったから、まさか実戦でこんな風になるとは思わなかった。
その後も"逆巻く雨"、"五月雨"と次々に時雨蒼燕流の型を食らわせていく。時雨蒼燕流によって繰り出される技は水が生き物のように動いて見えた。

「す、すごい山本くん…!」
「すごい?どこがすごいってーの?」

思わずこぼした呟きにベルフェゴールさんが反応する。

「だ、だって型もですけど、スクアーロさんを攻めているのは山本くんのほうで…」
「めでたい連中だなおまえら。とくにおまえさ、ボンゴレの正式な記録係なんだからもうちょっとよく見たほうがいいよ」

疑問を持った私は再びスクリーンに視線を戻す。するとちょうど水の中から這い上がってきたスクアーロさんが映った。

「う゛お゛ぉい!効かねぇぞ!」

え、無傷…?山本くんの動きにとくに不自然さはなかった。記録した通り、むしろ実践の方が実力を発揮しているくらいなのに。

「一つ腑に落ちねぇことがある。貴様、何故今の一太刀に峰を使った?」
「…そりゃあオレはあんたに勝つためにやってんで、殺すためじゃねーからな」

いくら命がけだといっても、みんなは勝つことだけを考えて修業をしている。私たちからすればそれは当たり前の答えのはずだけど、スクアーロさんたちヴァリアーからしたらただふざけているようにしか見えないらしい。
その言葉にキレたスクアーロさんは勢いよく向かっていき、山本くんと同時に水柱をあげる。水柱のせいでお互いに視界が悪いはずだけど、怪我を負ったのは山本くんの方だった。

「貴様の技は全て見切ってるぜぇ。その時雨蒼燕流は、昔ひねりつぶした流派だからなぁ!」

スクアーロさんは昔、極めた剣を試すために強い相手を探していた。そんなときに東洋に完全無欠の暗殺の剣があることを聞く…それが時雨蒼燕流だったらしい。
じゃあもう山本くんの技は全て見切られている…?不安になって拳を握り締めながらスクリーンを眺めていると、山本くんの口元が僅かに緩むのが見えた。

「聞いてねーな、そんな話。オレの聞いた時雨蒼燕流は、完全無欠最強無敵なんでね」

山本くんは信じているんだ。そして再び二人の戦いが始まる。途中、スクアーロさんの斬撃で砕かれた柱の破片によって山本くんは右目を負傷したけど、それでも構わず"五月雨"をくりだす。
でもさっきの言葉通りスクアーロさんはそれを見切っているため、剣でガードし山本くんを吹き飛ばす。あれ、今…何か…。

「どう記録係さん、今のわかった?」
「…今、剣がぶつかり合ったとき山本くんの腕が一瞬震えたような気が…気のせい、ですかね」
「気のせいじゃないよ。スクアーロが放ったのは"鮫衝撃アタッコ・ディ・スクアーロ"。渾身の一振りを強力な振動波に変えて、相手の神経を麻痺させる衝撃剣さ」

マーモンくんの説明に納得する。麻痺…だから震えているように見えたんだ。

「記録係の仕事ってただ書けばいいってだけじゃねーんだからさ、今みたいに気付かなきゃ意味ないんだよね」

ベルフェゴールさんのいうことはもっともだった。私は今まで綱吉くんたちの行動、修業内容やそれに対して思ったことを主に書いていたけど、こういうことに気付いて記録できてこそ相手の弱点がわかったり、これからの作戦を練り直したりも出来るんだ。
本当の意味で、しっかり見ていなくちゃいけない。

「…あの、ありがとうございます、アドバイスしてくれて」
「そこで礼言うんだ、やっぱ亜衣って変なやつ」

あれ、今私の名前が聞こえたような…、呼んでくれた?

「それに君が記録係の仕事をミスしたら報酬が減るんだから、しっかりやってくれなきゃ困るんだよ」
「…ら、らじゃ」

やっぱりマーモンくんはお金が第一…。私がヴァリアーのもとで記録係のお仕事をすることは無いと思いたいけど、記録のミスによって間違った情報で綱吉くんたちの足を引っ張らないように肝に命じておかなきゃ。

"鮫衝撃アタッコ・ディ・スクアーロ"によって麻痺してしまった山本くんの左手はしばらく使い物にならなくなってしまった。ただでさえ右目も見えなくてハンデがあるのにこれでは分が悪い。
それでももちろんスクアーロさんからの攻撃がやむことはない。その剣撃は相手に向かって突くような刺すような、そんな攻撃だった。山本くんはその攻撃によって吹き飛ばされる。

「さすがスクアーロというところかな。ちゃんと最後に雨の守護者の使命を体現している。戦いを清算し、流れた血を洗い流す、鎮魂歌レクイエムの雨」

マーモンくんの言葉に耳を傾けながらスクリーンに映し出されるスクアーロさんを見る。画面越しでもその異様な雰囲気にぞくりとした。
今日のお昼くらいに私はスクアーロさんと少し会話をしたけど、本当にあの時と同一人物なんだろうか。そんなこと考えてしまうくらい、信じられない。

「どぉしたぁ!継承者は八つの型全てを見せてくれたぜぇ。最後に八の型、"秋雨"を放ったと同時に無残に散ったがなぁ!」

スクアーロさんの余裕の表情にどうしたものかと思っていたところで、その言葉に私は疑問を持った。
"秋雨"…?あれ、そんな型あったっけ。
手帳をみて確認したいけど近くにはベルフェゴールさんたちがいるし、助言されても困るので迂闊には開けない。
でも、たしかそんな型は覚えているかぎりはなかったはず。記憶を辿ろうと色々考えていると、倒れていた山本くんがゆっくりと立ち上がった。

「う゛お゛ぉい、寝ていろ!そのままおろしてやるぞぉ!」
「…そーはいかねーよ。時雨蒼燕流は完全無欠最強無敵だからな」

どんなに傷だらけになっても、型を破られても、山本くんはお父さんから受け継いだ時雨蒼燕流を信じている。そして水しぶきをあげながらスクアーロさんに向かっていく。

「時雨蒼燕流…」
「!その構えは知っているぞ!さぁ打てぇ、"秋雨"を!」

スクアーロさんはあの型を完全に"秋雨"だと思い込んでいる。…でも、違う。あれは"秋雨"じゃない、私も修業のときに見た型…。

「時雨蒼燕流、攻式八の型"篠突く雨"」

…決まった!

「……ッ貴様!時雨蒼燕流以外の流派を使えるのかぁ!?」
「いんや、今のも時雨蒼燕流だぜ。八の型"篠突く雨"はオヤジが作った型だ」

山本くんの言葉にみんなが驚く中、さすがというべきかリボーンくんは理解したらしい。
山本くんのお父さんとスクアーロさんが倒した継承者は同じ師匠から一から七までの型を継承され、そのあとそれぞれが違う八の型を作ったそうだ。そっか、だからスクアーロさんは八の型は"秋雨"しかないと思ってたんだ。

そしていよいよ最後の勝負。二人とももうほとんど体力は残ってないだろうし、次の一撃が最後になる。
山本くんは野球のときと同じ構えをする。スクアーロさんも負けじと凄まじい勢いで向かってくる。スクアーロさんの技は剣帝を倒したときの奥義、"鮫特攻スコントロ・ディ・スクアーロ"。そして山本くんは…。

「時雨蒼燕流、攻式九の型」

スクアーロさんの斬撃が山本くんを襲う。それをなんとか剣で防ぎ、スクアーロさんの後ろをとる。
やった!と思ったけどそう甘くはないようで、スクアーロさんは義手だった左手を折り曲げて後ろにいた山本くんを突き刺す。
でも目を見開いたのはスクアーロさんのほうだった。今刺したのは、水面に映った影…?

「"うつし雨"」

さらに逆から、山本くんの攻撃が決まった。先程まであんなに荒れ狂うように音を立てていた水がシン、と静まり返る。

「勝ったぜ」

雨のリングを手にした山本くんがスクリーンいっぱいに映し出された。勝った、山本くんが勝った…!

「ざまぁねえ!負けやがったカスが!」

そんな喜びを噛み締めていたとき、突然XANXUSさんが笑い出した。そして用済みといって手を出そうとしたとき、チェルベッロさんによってアクアリオンに獰猛な海洋生物が放たれたと報告される。
その生物とは、サメだった。そんな、まだ二人とも中にいるのに…!山本くんはそれがわかっていたようで、あんなに傷だらけになりながらもスクアーロさんを担いだ。
でも手負いの山本くんとほとんど立つことができないスクアーロさんでは当然動きも悪い。サメの攻撃によって足場もさらに悪くなってしまった。

どうやったら二人とも助かる…?そんなことを考えていると、スクアーロさんが山本くんを突き飛ばすのが見えた。そしてスクアーロさんの目の前には待ってましたと言わんばかりに勢いよく向かってくるサメ。
人間なんて軽く一飲み出来るほどの大きな口を開けたと同時に、スクアーロさんは水しぶきとともに姿を消した。

「雨のリング争奪戦は山本武の勝利です」

チェルベッロさんの淡々とした話し方が耳に刺さる。綱吉くんたちや私以外、誰もこの結果に何も言わない。
スクアーロさん…どうして自分からあんな…。命よりも、スクアーロさんにとっては剣士の誇りというもののほうが大切だったのかな。こんな終わり方…。

そんなとき、ふと晴戦のときのことが頭に浮かんだ。最後に山本くんがいった、ルッスーリアさんは生きてると思うという言葉。今回の場合はあのときよりさらに状況は最悪だ。負けてしまったけど、スクアーロさんは強かった。
たくさん強い人と戦って、いろんな技も身につけて、強くなるために己の剣を磨いて。…そんな人があんな終わり方をするなんて信じたくない。
信じたいことと信じたくないことがたくさんあってキャパオーバーしそうだった。さっき言われたとおり、記録係は書くだけがお仕事じゃない。まさにこの状況のとき一番堪える。
私は戦えないから、誰かがピンチになっても駆けつけることができない。信じて待っている…でもそれが、記録へと繋がっていく。慣れろとは言わないだろう。でも、こうやって耐えることも必要なんだ。
スクアーロさん…きっと生きてる、よね。


35.大丈夫だと言い聞かせる

「亜衣、何してんの?帰るよ」
「…ベルフェゴールさん、やっぱり私の名前…」
「呼んだっていいじゃん」
「いいんですけど、なんかこう…違和感が」
「うわ何こいつ刺していい?」

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