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予想よりも早くヴァリアーが来てしまったということはあのリングが偽物なのがバレたということ。相当頭にきていると考えた方がよさそうだ。
そんな中、一際目立っていたのがXANXUSさんと呼ばれた人。格好は他とそう変わらないけど、こちらを見下すような目付き、威圧感が異様な雰囲気を醸し出しており、ぶわりと嫌な汗が背中を伝う。
すると突然、綱吉くんの名前を呼んだと思ったらXANXUSさんの左手が光り始めた。まわりはざわつき出し、リボーンくんまでもが逃げろという。
来る…!そう思った時、どこからかXANXUSさんの足元にツルハシが刺さった。「そこまでだ」というタイミングのいい誰かの登場にそちらをみると、そこに立っていたのは綱吉くんのお父さん。
私はもちろん綱吉くんも父親の登場に驚いていた。

綱吉くんのお父さん、家光さんは門外顧問という役職で、普段は部外者だが非常時においてはNo.2だと言う。
門外顧問はハーフボンゴレリングを後継者に授けられる権利があるそうだけど、今回はボスと門外顧問が別々の後継者を選んでしまったという異例の事態になってしまっている。
そして家光さんには9代目からの勅命が届いたらしくそれを読み上げる。要約すると、後継者にふさわしいのは綱吉くんと考えていたが、自分の死期が近いせいなのか直感が冴えわたったために他の後継者…息子のXANXUSさんがふさわしいと考えたそうだ。でも家光さんはそれを拒んだ。

「"そこで皆が納得するボンゴレ公認の決闘をここに開始する"…つまり、同じ種類のリングを持つ者同士の一体一のガチンコ勝負だ」

勝負という言葉に疑問を持っていると、リング争奪戦のジャッジをつとめるという二人の女性が現れる。
その女性の説明によると、今回は9代目と門外顧問が選んだ七名が食い違ってしまったために、どちらが真にリングにふさわしいかを命をかけて証明しなきゃいけないそうだ。
命って…じゃあ本当に最悪な事態もあるってこと?一通り説明されても全く頭に入ってこない。ただ、命をかけるという言葉だけが重くのしかかる。そんな危険なことにこれから挑まないといけないだなんて…。

「それから、桐野亜衣様」
「…え、?」

いきなり自分の名前を呼ばれ、ビクリと肩が震え出す。ここでまさか自分が呼ばれるとは思っていなかったために、思わずジリ…と後ずさりした。

「あなたはリング争奪戦に直接参加することはありませんが、閲覧に関しては規則を守っていただきます」
「…規則?」

思った以上に頼りない震えた声が出たことに驚きつつも彼女の話に耳を傾ける。
私はボンゴレの正式な記録係。正式である以上どちらに対しても平等でなくてはならない。つまり今回の勝負ではひと勝負ごとにリングの所持数が多い方へ行き、最終的にはすべてのリングを所持した方へ行かなければならないということだった。

「な、それって…」
「ふざけやがって!」

綱吉くんと獄寺くんが顔を歪めながら声をあげる。もし綱吉くんたちが負けてしまったら、私はヴァリアーに…?サーッと血の気が引いていくのがわかった。
みんなが修業して強くなってきているのは記録している私自身よくわかっている。勝たなきゃいけないということももちろん理解している。
でもどんなに自信を持っていてもそれが100%とは限らない。何が起こるかわからない得体の知れない恐怖に私はその場から動くことができなかった。



次の日、本当は学校なんて行きたくなかったけど、家にいても悪い方向にしか考えられなくなるのでとりあえず登校した。でも授業中は最悪。先生の話なんてまるで頭に入らずノートさえとれなかった。
学校にいても家にいてもあんまり変わらない。さすがに他の人に話せる内容じゃなかったために、なんとか笑顔を見せていたけど、友達には体調悪いのかと心配をかけてしまった。

「…亜衣?」

誰かに声をかけられる。顔をあげると少し眉を下げた綱吉くんが私の席の横に立っていた。ふとその視線は私の机の上に注がれる。そこに広げられているノートは見事に真っ白。その真っ白なノートを見た綱吉くんはさらに眉を下げる。

「…ちょっとさ、屋上行かない?」
「屋上?」
「うん、気分転換になると思うし」

綱吉くんの提案にどうしようかと思ったけど、このまま一人でいても余計に駄目な気がするので私は綱吉くんと一緒に屋上へと向かうことにした。


屋上に出るとちょうどいい暖かさの風が頬をするりと撫でた。顔を上げれば鮮やかな天色の空が視界に飛び込み、そんな空を背景に真っ白な雲の隙間からは飛行機が飛んでいるのが見える。

「えっと、…ちょうどいい気温だよね!過ごしやすくて」

私に気を使って話しかけてくれる綱吉くんだけど、気分が上がらない私は頷くことしか出来なくて余計に気まずくなってしまった。そんな困った顔させたいわけじゃないのにな。
この気分のもどかしさにどうしようかと悩んでいると、「オレもさ、」と言葉を繋いできたので視線を彼に向ける。

「昨日のことが気になって、朝からずっと怯えてたんだ」
「…綱吉くんも?」
「うん、ヤバイ奴らっていうのは何となくわかってたつもりだったけど、実際に見ちゃうとさ。余計に怖いっていうか、あんな奴らと戦うなんて無理だって」

相手は暗殺部隊に所属している人間。普通に生きていても会うことなんて無いに等しいはずなのに。特にあの真ん中にいたXANXUSさんって人、こちら側を見るその鋭い視線に何度身震いしたことか。

「今でももちろん怖いよ。でも山本が言ってたんだ、一人じゃないって。獄寺くんも京子ちゃんのお兄さんも、自信を持って勝つって言っててさ。根拠があるわけじゃないんだけど、それ聞いたらオレ、いつの間にか手の震えが止まってて」

山本くんも獄寺くんも了平先輩もみんな勝つ気で修業をしていたし、そもそも修業しているときの彼らに迷いなんてなかった。
自分たちが勝つと信じているから。相手が誰だろうと関係ないのかもしれない。誰が来ても負けないように修業しているから。そう考えていると、私のまわりにはとても心強い人たちがいるんだと気付いた。

「そんなみんなを見たら何とかなるんじゃないかなって思ったんだ。怖いのは変わらないけど、一人じゃないって思ったら少し気分が楽になったっていうか」
「…みんな、強いもんね」
「!、うん、そうなんだ!みんなすごい強くて、オレなんか頼りにならないかもしれないけど…」

だんだんと尻すぼみになっていく声にどうしたのかと綱吉くんの顔色を伺うと、彼はゆっくりとした動作で私の両肩に手を置く。ビクリとしたけど目の前にある丸くて大きな目を見たら逸らすことが出来なくて。

「…待ってて」
「え…?」
「絶対に勝てるなんてそんな自信に満ちたこと言えないけど、守らなきゃいけない人がたくさんいるのもわかってる。だから…待ってて、くれる?オレのこと…」
「…うん」

怪我はきっとすると思う。でも誰も死ぬことなく帰ってくる。私だってこれでもボンゴレの人間なんだ、そう信じて待ってなきゃいけない。
綱吉くんを、待ってなきゃ。…あれ?綱吉くん…を?

「…わ、あ!?ち、ちが…っ!あ、いや違くないけど!お、オレっていうか、お、おおオレ"達"を、待っててってことで…!」
「そっ、そうだよね!みんなを待ってるんだよね…!」
「うん!そ、そうそう!深い意味とかじゃなくて!」

二人とも焦りすぎて何をいっているんだかまるでわからない。"オレを待ってて"って、言い間違いみたいだけど、すっごくびっくりした…!
いつも自分のことを卑下している綱吉くんだけど、こうやって元気付けてくれる彼は真剣そのもので、すごく…かっこよく見えて。

う、わああ…だ、だめだ…!一度そんなことを思ってしまったらもうそれしか考えられないくらいドキドキしてしまっている。ぼぼぼっと顔に熱が集まるのがわかり手で頬を押さえると、じんわりとした暖かさが伝わる。今日から戦いがはじまるっていうのに、違う意味でこんなに緊張しててどうするの…!
心臓の音がすごくうるさい。これだけ近くにいたら気づかれてしまいそうだ。綱吉くんを一瞥すると彼も言い間違いをしてしまったためかほんのり顔が赤い。でも私はきっとその比じゃないはず。

「だ、大丈夫亜衣?ごめん、変なこといって…!」
「うあ、へ、平気…!何でもないですあぃ!」
「いや何かおかしいよ!?ほんとに平気!?」

うまく舌が回らなくて声が裏返ってしまう。恥ずかしいと思いながら慌てていると、屋上の扉がガチャッと開く音が聞こえた。

「10代目、ここにいらしてたんですね!そろそろ帰り…あ?」

屋上にきた獄寺くんは、私たちをみつけた直後ぽかんと口を開けた。私達はというと二人して獄寺くんに視線を向けているけど、二人とも顔は赤いし綱吉くんは私の両肩に手を置いているし近いしという状態。
何を思ったのかはわからないけど獄寺くんは顔を青くしたり赤くしたり忙しくなり、私達がパチクリと瞬きをしたところでやっとその口が開いたのだ。


29.「お取り込み中すみません!」

もちろん私と綱吉くんの反論の声が屋上から響き渡った。

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