22
いつものように起きて学校へ行き、授業に出る。ただやっぱりみんながいない学校は静かだった。前まではこれが当たり前だったんだけどな。もちろん京子ちゃんたちはいるからつまらなくはないんだけども。
そして放課後。いつもならお見舞いにいくか、今日の分の授業のノートを書き直すかしているのだけど今日からは違う。
「お願いします、ディーノさん」
「ああ、いくぜ」
グラウンドではサッカー部が準備運動を始め、テニスコートではラリーをする音が聞こえる中、私たちは屋上で向かい合い戦闘態勢にはいっていた。
事の始まりは10日ほど前、リボーンくんにディーノさんの居場所を聞いた時から始まる。骸さんたちとの戦いで、みんなは戦ってボロボロになっていたにもかかわらず私は無傷だった。それはみんなが守ってくれたのと万年筆のおかげ。
綱吉くんからは無傷でよかったと言われたけど、やっぱりどうしてもモヤモヤした気持ちは晴れなかった。
だからせめて下っ端の下っ端を倒せるくらいは戦闘スキルを身につけていても損はないんじゃないかと考えた。戦闘では役に立たなくても、少しでも自分自身を守れる力があればみんなに迷惑はかけないと思う。
空手とか合気道とかそこまで本格的なものが私に出来るかはわからないけど、相手がこうきたらこうやって受け流すとかそれくらいなら私にも出来るかもしれない。
綱吉くんたちに教えて欲しいと頼めば、きっとそんなことしなくていいと言われそうなので黙っていた。でもディーノさんならこういうことも引き受けてくれるのではと思い、リボーンくん経由でディーノさんにはるばるイタリアからきてもらったのだ。
もちろん向こうはお仕事があるため日本にくるのは遅くなってしまったけど、なんとかお仕事を終わらせてきてくれたらしい。
私の個人的な都合で申し訳ないけど、嫌な顔せずに引き受けてくれたディーノさんは本当にいい人だ。
そして今日はその稽古の初日。とりあえず私がどのくらい出来るのかを見てみたいと言われたので、私はグッと気合いをいれてディーノさんに向かっていく。
「てーい…!」
パンチにしたら拳が砕けそうで怖いので足で攻撃してみる。ガンッという鈍い音とともに蹴った自分の足がズキズキと痛くなり、溢れそうな涙を必死に堪えつつ私は地面に突っ伏した。
「なんか気が抜けちまうな…おまえのその掛け声」
ディーノさんには微妙な顔をされるし、ロマーリオさんには思いっきり笑われる始末。う…だって攻撃とかしたことないから、どんな掛け声を出せばいいのかわからないんです…!
一時間くらい稽古をつけてもらってみたけど、やっぱり私には攻撃するという行為が決定的にダメすぎるらしいので身を守る方の護身術を教わることになった。戦う素質がないってことだよね…。
今日やったのは手のひらで相手のアゴを押し上げるのと、腕をつかまれたら小指を逆さに捻ること。そうすれば相手に隙ができて逃げられるらしい。今の私では護身術で相手を怯ませてから逃げるという方法じゃないとうまくはいかなそうだ。
たった一時間しかやっていないのに、普段からあまり運動していない私はすでにバテバテだった。ディーノさんは変わらず元気だというのに。さすがマフィアなのか、それとも単に私の体力が無さすぎるのか。
「大丈夫か、亜衣?けど、初日にしては結構できてたと思うぜ」
「え、ほ、本当ですか…?」
「あとはいろんな護身術覚えて、パターンによって使い分けができるともっといいな」
同じ状況が来るとは限らないし、いろんなパターンを覚えておくのは確かに必要かもしれない。あとは自分でも気付いたけど圧倒的に体力がない。
戦えない私は護身術で何とか凌ぐことが出来てもその後は逃げなきゃいけなくなるときだってきっとある。そこで体力がなくて逃げきれなかったら意味が無いのだ。
初日ということで今日はこの一時間のみの稽古となった。普段使わない筋肉を使ったから明日は筋肉痛になってるだろうなあ。
さすがに今日は疲れてしまったので、このまま帰宅することにした。家に帰ったら途中のノートも書きうつさないといけない。
稽古をつけてくれたお礼をして帰ろうとすると、ディーノさんが車で家まで送るといってくれたのでお言葉に甘えることにした。
校門の前に停まっている車をみて唖然とする。車の種類はわからないけど、ものすごい高級車だというのはわかる。座り心地もよくて何度もうとうとしてしまいディーノさんに笑われてしまった。
「あの、送ってくださってありがとうございます」
「気にすんな!」
家の前まで送ってもらった私は車から降りてディーノさんに頭を下げた。しばらくの間は毎日稽古をつけてもらうことになっているので、なるべく疲れないように家でマッサージとかはしたほうがいいかもしれない。お風呂上がりにでもやろうかな。
「明日もまたよろしくお願いします」
「ああ、任せとけ」
そういうとディーノさんは私の頭を優しく撫でてくる。うひわっ、山本くんといいディーノさんといい、突然してくるからびっくりする。
普段こういうことはあんまりされたことないからどう構えればいいのかわからなくて、目を合わせることができずに下を向いた。
しばらくこの状態が続いていた。いつまでこうしていればいいんだろう、恥ずかしいです…!痺れを切らしたロマーリオさんが「…ボス、」と声をかけると、それに対し本人は爽やかに笑っていた。
「悪いな、なんか亜衣が妹だったらこんな感じなのかって思ってな」
妹か…、私には兄弟がいないからお兄ちゃんかお姉ちゃんがいる人を羨ましく思ったこともある。ディーノさんがお兄ちゃんだったらすごく頼りになるんだろうな。
「じゃあディーノお兄ちゃんですね」
「お、そう呼ぶか?」
「いえ、呼びません」
「亜衣ってたまにきっぱり言うときあるよな…」と肩を落とすディーノさん。あ…悪いことをしてしまったかな。
でもディーノさんがお兄ちゃんって嬉しいけど、少しおこがましい感じがするのだ。だってディーノさんはキャバッローネファミリーのボス。そんな地位の人をお兄ちゃん呼びって、失礼にあたいしないのかなって…!
でも立ち直りは早いようで、挨拶をしたあとは車に乗り込んで私の家の前から去っていった。
夕飯を済ませてお風呂からでたあとは筋肉痛にならないように念入りにマッサージをした。ドライヤーで髪を乾かし、部屋着に着替える。よし、寝るまでの準備は終わり。あとは今日の分のノートを書くだけだ。
リビングにある白いテーブルに授業中書いたノートとテスト用のノートを広げる。あと二ページくらいだからもう少しで終わりそうだ。
黙々と進めていると、携帯の着信音がした。誰だろうと思い画面をみると、そこには"獄寺"の文字。…え、なんで獄寺くん?その前に私、獄寺くんに番号教えたっけ…?
「…も、もしもし?」
《ちゃおっす》
電話越しから聞こえた声は想像していた低い声ではなく、とても可愛らしいものだった。あれ、この声ってリボーンくんだよね。獄寺くんはこんな可愛い声は出さないし。
「り、リボーンくん?なんで、獄寺くんの携帯から…それに番号も」
《獄寺から借りたんだ。それよりどうだ?ディーノとの修業は》
あ、なんか誤魔化された。でもリボーンくんのことだから、きっとまた"ボンゴレ式うんたらかんたら"って言葉が出てくるに違いない。
リボーンくんの質問に、ディーノさんとの修業の成果を報告すれば、「なら心配いらねーな」と返される。でも威力があるわけじゃないし、そもそも逃げ足が速いわけでもないから心配だらけなんですけどね…!
リボーンくん、そのことを聞くために電話してきたのかな。私が疑問に思っていると電話の向こうから、「そういえば、」という声が聞こえた。
《ツナのやつが心配してたぞ》
「…心配って、なんで?」
《最近毎日見舞いに来てたのに、突然来なくなったからじゃねーのか》
あ、それは今日から稽古をすることになったからだ。何も知らせなかったことに少し罪悪感を感じ、本人に電話をかわってもらえないかと頼んだ。
数秒間無音の状態が続く。何も言わなかったから余計な心配をかけてしまったんだ。
《もしもし、亜衣?》
「あ、はい、私です」
電話に出たはいいものの、何を話せばいいのかわからなくて無言になってしまった。とくに綱吉くんには反対される気がするから稽古のことはまだ言えないし…。
「えっと…ごめんね、今日行けなくて。綱吉くんが心配してたって今リボーンくんから聞いて」
《えっ、リボーンが!?》
驚いた声とともに「何勝手に言ってるんだよあいつ…」と小さく言っているのが聞こえた。
《…いつも来てくれてたから、今日は予定があったのかなって思ってさ》
「うん。ちょっと、ディーノさんに用があって」
《…そうなんだ、ディーノさんに…》
…あれ、なんだか心なしか綱吉くんの声が低くなったような…?綱吉くんには心配をかけてしまったけど、しばらくの間は稽古もしっかりやっておきたい。みんなが退院するまでって考えてたけど、それだと少ない気がするし、せめてあと二週間くらいは。
でもみんなのことも心配だからお見舞いにも行きたい。毎日は無理かもしれないけど、できる限りみんなの顔も見たいのは本当だ。綱吉くんもちょっと元気がないみたいだし、ここは私が一番しっかりしないと。
「…綱吉くん、ゆっくり休んではやく元気になってね。いつもみたいに綱吉くんが笑ってる顔、見たいから」
《……っ、!》
電話の向こうで息を飲むような音が聞こえたけど、もう夜も遅いし電話を切らないと。夜更かししていたら治るもの治らなくなってしまう。
「じゃあまたね綱吉くん、おやすみなさい」
《えっ、お、おやすみ…って!あ、待っ》
話してる途中でタイミング悪く私は電話を切ってしまった。あ、今綱吉くん待ってって言おうとした…?言いたいことあったのかな…悪いことしちゃったかもしれない。
そんなことを思いながらそろそろ私も眠くなって来た。明日も学校だし、さっさと残りのノート写し終わらせて寝なきゃ。
22.無意識って怖いよね
「何で亜衣ってあんなに無自覚なんだよ…」
「おまえも口説き文句のひとつでも言ってみたらどーだ」
「無茶いうな!」
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