14


「ち、遅刻する…!」

私は今通学路をひたすら走っている。目覚ましをかけるのを忘れていていつもよりも一時間ほど多く寝てしまったのだ。
急いで朝ごはんをかきこんで家を出た。私の家からだと、商店街を通る道が学校に近いからそこからいこうかな。これならはやく学校に着くはず。もうすでに授業が始まっちゃってるけど、どうかあんまり怒られませんように…!
商店街の前を通過しようとしたとき、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「…獄寺くん?」
「あ?…なんだおまえか」

カバンは持っているし制服姿なのに、どうしてここにいるんだろう?

「獄寺くん、学校は?」
「クラスの連中ほとんど学校にきてなかったから抜けてきた」
「…そういえば最近、並中生が襲われてるっていうのを聞いたけど関係あるのかな」

被害にあった人は数人、それもみんな並盛中では強いと言われている人たちばかりだった。でも誰が狙われるのかは全く分からないために、学校側も警戒をしているみたいなんだけど…。

「並盛中学二年A組、出席番号八番、獄寺隼人」

突然後ろから知らない声が獄寺くんの名前を呼んだ。ニット帽に眼鏡をかけ、頬にバーコードのような模様が書いてある私たちと同い年くらいの男の子。

「んだ、てめーは?」
「黒曜中二年、柿本千種。おまえを壊しにきた」

ボソリと呟くような声には覇気がない。それでも静かに落ちてくるその低い声に背筋がヒヤリとした。喧嘩、にしては空気がとても重苦しい。そんなニット帽の男の子に対して獄寺くんは呆れたようにため息をついた。

「売られたケンカは買う主義だ。亜衣、おまえはあぶねーから下がってろ」
「う、うん」

喧嘩が始まると思ったのか、野次馬の人たちが嫌な笑みを浮かべながら楽しそうにこちらを見ていた。柿本千種と名乗ったニット帽の男の子はその人たちをチラリと見た後、素早く何かを投げる。
次の瞬間、野次馬の人たちはおでこのあたりからおびただしいほどの血を噴き出した。

「なっ…てめぇ何しやがった!」
「急ぐよ、めんどい」

そこから始まった二人の戦い。獄寺くんが投げたたくさんのダイナマイトは、相手の投げた武器によって導火線を全て断ち切られる。…あれは、ヨーヨー?そして、そのヨーヨーから何かが飛び出したのと同時に獄寺くんがいる場所が爆発した。
…普通の喧嘩ではない、その戦い方は明らかに一般人のそれとは違う。獄寺くんはボンゴレファミリー。ということは、もしかしてあの人もマフィア関係者…?もしかすると並中生を襲っている犯人の可能性も…。

「黒曜中だ?すっとぼけてんじゃねーぞ。てめえ、どこのファミリーのもんだ」
「…やっと、当たりがでた。おまえにはファミリーの構成とボスの正体、洗いざらい吐いてもらう」
「狙いは10代目か!」

獄寺くんは二倍ボムで攻撃するけどさっきと同じくヨーヨーで導火線を切られてしまう。すると何を思ったのか、通常より小さなボムを自分に向かって爆発させ爆風によって走るスピードを上げる。そしてまた二倍ボムを繰り出し、今度は命中させた。

「ボンゴレなめんじゃねぇ、果てな」

そして最後のボムも完全に命中し、ニット帽の男の子は爆煙に包まれて見えなくなった。あたりが静まり返ったところで私は走って獄寺くんが座り込んでいるところに向かう。

「獄寺くん大丈夫…?怪我とか、」
「こんなの怪我のうちに入んねーよ」

なんてことなさそうに振舞っているけど、その身体はあちこち傷だらけで服は赤く滲んでいる。痛くないはずがない。

「獄寺くん!」

商店街の入り口のほうから獄寺くんを呼ぶ声が聞こえた。この声は…。

「10代目!?どうしてここに?」
「獄寺くんが黒曜中のやつに狙われてるって噂が…って、亜衣!?獄寺くんと一緒だったの?」
「うん、たまたま会って」

でもまさかあんな戦いを見ることになるなんて思ってもみなかった。血が出たり人が倒れたり爆発したり…。そんなのドラマや映画でしかみたことがない。
私はさっきのニット帽の男の子が倒れた場所にチラリと視線をうつす。でも男の子は倒れたままではなく、血塗れになりながらもゆっくりと確かめるように立ち上がっていたのだ。

「手間がはぶけた」

その声に獄寺くんも綱吉くんも驚く。シュッと投げられたヨーヨーから飛び出してきた無数の棘のようなもの。それらは迷うことなくこちらに向かって迫ってくる。獄寺くんでも綱吉くんでもなく、二人の前にいた私に。

「「亜衣!」」

二人が私の名前を呼んだのと棘が目の前に迫ってきたのは同時だった。ヒュッと乾いた息を飲み込む時間すら与えられず、キラリと光る銀色のソレは私の視界に鮮明に映りこんだ。


いつまでたってもその痛みは来なかった。力強く瞑っていた目をおそるおそる開けると、陽の光に目が眩む。眩しさを我慢し、探るように視線を動かして見えたものは地面に落ちている無数の棘。

「…面倒な女」
「え、?」

何が起こったの…?私、何かしたの?そんな疑問が頭を占める中、即座にまたいくつもの棘がこちらに迫ってくる。それらは綱吉くんに狙いが定められていた。

「逃げて綱吉くん!」
「ひいっ!」

咄嗟のことで動けなかった綱吉くんだけど、その棘は彼に刺さることはなかった。

「ご、獄寺、くん…!」

綱吉くんを庇って自ら前にでた獄寺くんからは、さっきの野次馬の人たちと同じように血しぶきが舞う。

「うわあ!獄寺くん!大丈夫!?獄寺くん!」

綱吉くんの呼びかけにも答えることができず、そのまま崩れるようにして地面に倒れこんだ。徐々に地面は赤黒く染まっていく。な、何…なんで、こんな…っ!

「早く済まそう」

倒れた獄寺くんには目もくれず、またヨーヨーを投げてくる。そんな…どうしたら、このままじゃみんなあの人に…!
そう思ったとき、誰かが綱吉くんを引っ張りなんとかヨーヨーの攻撃から逃れることができた。

「ふー、すべりこみセーフってとこだな」
「山本!」

間一髪、山本くんのおかげで綱吉くんは助かった。どうやら学校は半日で終わったらしい。やっぱり並中生が襲われているというのは学校側からしても放ってはおけないことなんだ。

「亜衣もいたんだな、おまえは大丈夫か?」
「うん、私は平気…でも、獄寺くんが…」
「ああ、わかってる。こいつぁ、おだやかじゃねーな」

いつもの爽やかな表情とは一転、眉間にシワを寄せて相手を睨みつけるその双眸は怒りの色を表している。そんな山本くんに向かって投げられたヨーヨーは彼によっていとも簡単に斬られた。
その後、この騒ぎを聞きつけたのか街の人が警察を呼んだらしく、面倒ごとになる前にニット帽の男の子はこの場を去っていった。

「しっかりしろ!獄寺!」
「獄寺くん!」

深手を負ってしまった獄寺くんに山本くんと綱吉くんが必死に声をかけるが、彼はピクリとも動かない。

「どうしよう、獄寺くん気を失ってるみたいだ」
「そうだな、とりあえず急いで病院連れてかねーと」
「うん…。亜衣、…?亜衣、大丈夫?顔真っ青だよ…?」

私はハッとした。無意識のうちに唇を強く噛んでいたために若干血の味がする。正直にいって、正面から目を合わせるのはとても辛かった。
さっきまで普通に話していた友達が今は血だらけになっていて動けない。そんな状況は今まで生きていた中で一度もなくて、必死に理解しようともがいても恐怖心がそれの邪魔をする。
きっとこれがマフィアの世界なんだ。私が簡単に引き受けてしまった現実はあまりにも残酷。今まで考えられなかったことが、想像すらしなかったことがこうやって実際に起きている。今の私にはこれを全て受け入れられるほどの余裕はなかった。

けど、わかっていることもある。引き受けたからには私もマフィア関係者だ。記録係として見届ける義務がある。
記録係という仕事を引き受けたのは他の誰でもない、私。自分で選んだ道なのだから、少しずつでも受け止めていかなければならないのだ。そして何より今は彼の救助が先決。

「…獄寺くん、病院に連れていこう…!」

私の言葉に二人とも力強く頷いた。


14.黒い現実に手を伸ばす

少しずつ、確実に。

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