01


眠い。私の頭の中を埋めるのはその言葉だけだった。けど今は授業中。先生がひたすら黒板に文字を書くタイプの人だから、写すのが精一杯だ。眠い中で書いているから文字が汚すぎる。とりあえず読めないこともないけど、これではテスト勉強するときにやる気が起きなくなってしまう。
私は特別真面目ではないと思うけど、ノートを綺麗に書くのはわりと好きなほうだ。一時期、カラフルにしすぎてどれが重要なのかわからなくなってしまったこともあるので、それはやめたけど。
はぁ…、休み時間にでも書き直さないと。



お昼休み。基本私は教室でお弁当を食べる。屋上で友達と、でもいいけど、大抵屋上は男の子たちが使っているから私は行けない。
今日も友達から誘われたけど、ノートを綺麗に書き写さないといけないから断った。家に帰ってからやるとどうもやる気が起きないから学校でやったほうが効率いいし。

さて、お弁当も食べたし、やるか!授業中に書いた汚いノートを広げ、もう一冊の真新しいノートに書き写していく。こっちはテスト勉強用のノートだ。だいたい授業中に書いたものは寝てなくても文字が汚いからいつもこのノートに綺麗に書き直している。提出するときもこっちだ。だってあんな汚い文字だらけのノートで提出したら先生に何言われるかわからないもの。

ただひたすら書き続ける。テスト用に重要なところは赤で書いて、あとで赤いシートで隠して覚えられるように。さっきの授業で四ページも書いたんだ。
手が疲れてきたので一旦手を休めて、グーっと伸びた。そして一息ついてからもう一度シャーペンを持ってノートにむかう。

「勉強熱心だな」

誰かの声がした。いや、教室には数人いるし校庭で遊んでいる人の声も聞こえるけど、その声はやけに近いところで聞こえた。
ノートからゆっくり顔を上げると、目に入ってきたのは栗だ。すごいトゲトゲした、栗…だよね?
じーっとその物体を見てみると、大きくてつぶらな瞳があった。栗じゃない、栗の格好をした赤ちゃん?私は目をぱちくりさせる。
なんでこんなところに赤ちゃんが?今日は授業参観の日じゃないのに。…あれ、でもそういえばこの子、ごく最近どこかで見たような…。

「あ、あの…君は、どこの子、かな?」
「俺の名前はリボーン。ツナの家庭教師だぞ」

り、リボ?明らかに日本人の名前じゃない。それからツナって…あ、確か同じクラスにいる、さ、さわ、沢田くんだっけ?

「…へ、へー、沢田くんの家庭教師…、家庭教師?」

はて、家庭教師とはなんだったかな。確か勉強が苦手な人に教えてあげる人のことだったよね。この子、どうみてもまだ1歳そこそこだけど。そもそもなんでこんな喋れるの…?

「勉強好きなのか?」
「え?えと…、うーん、教科による。ノート書くのはわりと好きだから、たくさん書く授業の教科は好き、かも」

まあ、点数のことは置いといて、と付け加える。書くのが好きだからってその内容まで好きというわけじゃない。私はあくまで文字を書くのが好きなんだ。

「そうか」

自分から聞いたのに、さして興味もないように一言返されただけだった。この微妙な空気はどうすればいい?私は作業に戻ってもいいのだろうか。それともこの赤ちゃんを沢田くんのところに連れていくべき?…それにしても、

「どうして私に話しかけたの?」

だって私はこの子とは初対面…あれ、本当に初対面?あ、そういえば前に先生としてうちのクラスにきたことがあったような。それに、沢田くんと一緒にいるのも見た記憶がある。
会話したことは無いにしても初対面ではないみたいだ。でも何で話しかけたんだろう。

「特に理由はねーが、昼休みにわざわざ勉強するやつなんて少なくともこのクラスにはいねーからな」

ニヒルに笑うその姿はあまり赤ちゃんには似つかわしくないものだった。もしかして私はものすごく真面目だと思われたんじゃないだろうか?いやいやいや、私だって遊ぶときは遊ぶよ?ゲーセン…は、あんまり行かないけど、ケーキ食べたりとかショッピングとか、行くよ…!
心の中でそう叫んでいると、赤ちゃんはまた少しだけ口元を緩めた。なんだろう?

「オレはそろそろいくぞ。んじゃーな」
「え?あ…」

ぴょーいと軽く机から降りると、てくてくと歩いてそのまま廊下へと消えていった。一体何だったんだろう。
そう思ったのと同時にチャイムが鳴った。あああノート写し終わってない…!



放課後、中途半端に書きかけになってしまったノートを持ち帰って家でやることにした。部活には入ってないから、そのまま帰宅だ。下駄箱で靴を履き、そのまま校門を出る。
すると、お昼休みに会った赤ちゃんが前にいるのが見えた。あれ、あの子結局ずっと学校にいたんだ。えーっと、確か名前は…り、リボ…リボ核酸。…いや、絶対違う。

「リボーンだぞ」
「ああ、そうだった。リボーンくん…ええ!?」

さっきまでもっと遠くにいたはずなのに。

「リボーンくん、ずっと学校にいたんだね」
「ああ」

そういえば、さっきの栗みたいな服はもう着ていない。そのかわり、黒いスーツにボルサリーノの帽子をかぶっている。…どうしてそんな格好を、という前に、そのサイズのスーツがあるんだということに驚きを隠せなかった。


「…えっと、同じクラスの桐野さん、だよね?」
「え?」

顔を上げると、男の子が三人。うわ、リボーンくんに目がいってて全然気付かなかった。

「リボーンのこと知ってるの?」

そう聞いてきたのは沢田くんだった。そっかそっか、沢田くんの家庭教師?なんだから近くに彼がいたっておかしくないよね。お昼休みはたまたまいなかっただけで。

「う、ううん。…お昼休みに、ちょっとお話しただけ」

私がそういうと、沢田くんはどうしてか、ホッとしたような顔になった。…なんで?

「おいリボーン!学校に来るなっていつも言ってるだろ!」
「うるせー、お前も少しはこいつを見習え」
「いてっ!?な、どういう意味だよ!」

沢田くんの頭を足蹴りにして、くるりんと回転しながら着地する姿は見事である。リボーンくんて一体何者?

「こいつは昼休みにも勉強してたんだぞ」
「え、そうなの?」
「あ、…う、勉強というか、ただの、ノートを綺麗にしてただけ」
「それでも立派な復習じゃねーか。ツナ、今すぐ見習え」
「いていでっ!だから蹴るなよもう!」

赤ちゃんが蹴ってるだけなのに、やたら音が鈍く聞こえるのは何故だろう…。
でも本当に勉強ってほどのことはしていない。第一、綺麗に書き直してはいるけど、書いているだけで頭に入ってきていないもの。その証拠に私の成績は普通だ。
あ、でもノートをたくさん書く教科は単語を暗記すれば解けるテストが多いから、あの綺麗に書いたノートのおかげで、そこそこな点数ではあるかも。

「おい」

やけにドスの効いた声が静かに響いた。声のする方に顔を向けると、沢田くんと一緒にいた男の子二人。
一人は黒髪の人。もう一人は銀髪の人。この銀髪の人は去年うちの学校に入ってきた転校生だったっけ。

「10代目がてめーに習うことなんか何もねー。調子にのるな」

すぐには理解できなかったが私に向けられているこれは怒りだ。眉間にシワが寄ってギロりとした形相が私を捉えており、その顔はとても怖い。
…それにしても沢田くんはなんでそんな極道みたいなあだ名で呼ばれてるの?沢田くんの家はもしかしてすごい家なのかな。

「まあまあいいじゃねーか獄寺!オレだって勉強できねーし、見習いたいくらいなんだからよ!」
「てめーは出来なさすぎなんだよ野球バカ!」

野球バカとよばれたのは黒髪の人。爽やかな性格と容姿で男女ともに人気あるんだっけ。えーっと、名前は山本、くんだったかな。
えっと…この状況は何?私、帰っても、いいのかな。私が一歩踏み出して帰ろうとすると、山本くんと言い争っていた獄寺くんが、私の腕をガシッと掴んだ。

「おい待て女!逃げんな!」
「うわああカツアゲされる…!」
「なっ、誰がカツアゲなんかするか!」

ごめんなさい私を家に帰してください…!出来ればお金はとらないでください…!

「ちょっ、獄寺くん!駄目だから離してあげて!」
「す、すいません10代目!」

パッと私の手を離して沢田くんに勢いよく頭を下げる。すごい、直角だ。あんな怖い顔をしていた獄寺くんを一瞬で変えてしまうなんて…。
も、もしかして沢田くん、あんな虫も殺さないような可愛い顔して実は怒るととんでもなく怖い、とか…?

「ご、ごめんね桐野さん!大丈夫だった?」
「だ、だだだ大丈夫ですすみません…わ、わ、私そろそろ帰りますので、あの、また明日!」

そりゃあもう全力で帰りましたとも。実は一番害のなさそうな人が一番怖いってよくあるもの。沢田くんが本当にそんな怖いかはわからないけど、とりあえず逃げるが勝ち!


01.まだ怒られたくありません!

「な、何かオレ…怯えられてなかった?」
「ツナが怖かったんじゃねーのか?ざまーみろ」
「なんでだよ!?」

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