45


「え、今日も?」
「うん、お願い亜衣!わからないとこあって…!」

リング戦が終わってから数日後、私はいつものように授業用のノートを提出用ノートに書き写していた。そんなときに話しかけてきたのは綱吉くん。今日出された宿題を教えて欲しいからまたみんなで綱吉くん家に集まるらしいのだけど。
リング戦が終わってから初めて学校に行った日。綱吉くん家に集まって宿題をやったあの日から毎日一緒に帰っては彼の家にいく。たまに商店街のほうに寄るときもあるけど、ちゃんと私の家まで送ってくれる。
もしかして私が壁を感じていることに気付いている…?それで気を使ってるのかな。でも気を使っているような素振りはみえないし、どちらかといえば絶対に一緒に帰るんだっていう意思の方が強い気がする。


いつものように綱吉くんとリボーンくん、獄寺くんと山本くんと私の五人で綱吉くん家に向かう。

「山本くん、今日は部活は?」
「…ん?あ、ああ!部員がみんな体調悪いみたいでさ、休みなんだ」

明るく笑っているけど山本くんは嘘が下手なのか冷や汗がすごい。獄寺くんと綱吉くんはいつも一緒にいるし違和感はないけど、周りを気にしているようで険しい顔をしている。

「獄寺くん、そんな怖い顔してどうしたの?」
「…いや、なんでもねえよ。安心しろ」
「安心?」
「!い、いや!だからなんでもねーよ!」

安心しろと言いながら私の頭を優しくぽんぽんしてきたけど、一体何に安心すればいいのか分からずそれを声に出すと慌てた獄寺くんは誤魔化すかのように私の髪をくしゃくしゃにする。そんなわちゃわちゃしていたときだった。

「……ッ!亜衣!」

突然綱吉くんに手を捕まれグンッと引っ張られるとその勢いで駆け出した。行き先は綱吉くん家みたいだけど、なんで走っているの…?

家に着き急いで玄関のドアを開け全員が中に入ったのを確認すると、ドアの鍵と家中の鍵という鍵を全て施錠するという見事なプレーが繰り広げられた。そしてあれよあれよといううちに綱吉くんの部屋に連れていかれそこに座らせられる。

「10代目、オレは一応外を見てきます」
「オレも行くぜ獄寺」

いつもならここで獄寺くんが着いてくる山本くんに対して何かしらの反論が出てくるのに、今はそんな余裕すらないのか真剣な顔付きで二人とも部屋を出ていってしまった。

「数は確認したのか?」
「うん、今のところ一人だったと思うよ」
「そうか、ならあいつらだけで問題ねーな」

綱吉くんとリボーンくんの真面目そうな会話にも全くついていけていない。何がいったいどうなってる?

「あの、綱吉くん…?」

私の様子に気付いた綱吉くんは歯切れが悪そうに口を開いた。

「…一週間くらい前からね、誰かが後をつけてきてるんだ」

ここ最近、この近辺で不審者が出没しているということを学校で聞いた。そしてリング戦が終わってからの下校時間に私たちの後ろにいたその存在に気付いたらしい。誰を狙っているのかはわからないけどもし対象が私だったら…。
そっか、それで毎日いろんな理由をつけてみんなで帰ろうとしてたんだ。大勢の方が狙われる心配はないから。納得したところで「それだけじゃねーぞ」というリボーンくんの言葉に私は首を傾げて聞き返す。

「亜衣が受け持ってる記録係っつー仕事は特別隠さなきゃいけないものでも何でもねえ。他のファミリーにだってそういう役職のやつはいるだろうからな」

だからいかにして記録内容を見られないようにするか。まだ私がボンゴレの記録係だと他のファミリーに知られた可能性は低いけど100%とは言えない。
もし後をつけてきたのが敵対しているファミリーだったら、ボンゴレの情報を得るために私を狙ってきたのだとしたら。そんなマフィア絡みのことも考えてここ一週間綱吉くんたちは動いていたのだ。

私は本当に何を考えているのだろう。戦えるみんなが怖い、どんどん遠くなっていくような気がして怖い、私と違うのが怖いだなんて。
どうしてこんな怖いだなんて思っているんだろう。やっぱり私が弱いからかな。こんなにみんな一生懸命になって、心配させないように嘘までついて私を守ろうとしてくれてるのに。

「…ごめん、なさい…」

気が付くと私は頭を下げていた。案の定綱吉くんはすごく驚いた顔でこちらをみている。

「…私、リング戦が終わってからずっと思ってたことがあるの」

私は自分で戦うことができない。誰かに助けてもらわないとこの世界では生きていけない。どうして戦えるの?同じ人間に武器を構えることは怖くないの?あんなに大怪我してまで戦って苦しくないの?
そんな疑問が頭の中をぐるぐると回っていたのだ。

本当はわかっていた、できるなら平和な日がいいということも、怖いというのも苦しいというのも。でも私自身は戦えないから、それが出来てしまうみんなが自分とは違くて怖くなった。
少し前まで一緒に授業を受けたりお弁当を食べたり普通の生活を送っていたのに、どんどん遠くなるような気がして怖くなった。私がみんなと出会った方が後のはずなのになんでこんなわがままなことを言ってるんだろうと自分が嫌になった。
結局、自分が最後に取り残される気がしてただけなんだ。こんなに弱いのに記録係という大切な仕事を貰って、この仕事があるから私はひとりにはならないだなんて勝手に思って。置いていかないで、なんて。

今思っている全てのことを綱吉くんとリボーンくんに包み隠さず話した。たとえこれで嫌われてしまってもこのままでいるのは辛かった。みんながこんなに優しいのが苦しくて、こんな醜いことを考えている自分が嫌で全部全部吐き出したかった。

自分から話し出したけどこの空気に耐えられずどうすればいいのかわからない。先週まではこんな気持ちは隠さなきゃいけないなんて思っていたけど、隠そうとすればするほど自分が隅に追いやられている気がして耐えられなかった。
ちらりと顔を上げてみるが二人とも黙ったまま、とくに綱吉くんは何か考えているような、思いつめているようなそんな表情だ。

「…オレも怖いよ」

ポツリと零す小さな声にハッとして私は綱吉くんに視線を戻す。

「オレだって戦うのは嫌だ。でも何もしないでやられるのはもっと怖い、みんなを失くすのはもっともっと怖い。だから、」

"戦う"。

「オレも前までは普通に生活してたんだ。だからいきなりボスになれって言われたときは夢じゃないかって思った」

うん、知ってる…前に聞いた。その日から今までずっと戦うのは嫌で、ボスになんかなりたくないって、そんなことを思いながらも仲間を守るために必死になっていたのも知っている。

「オレなんてダメツナって呼ばれてるし出来ないことや怖いことがみんなよりたくさんある。でもみんなが戦うことはできなくてもオレが戦えるなら、戦って守りたい」

ずっと思っていた。戦うのが嫌いでも、仲間を守りたいという気持ちは人一倍あって、そのために毎日傷だらけになっても修業を続けて、この人は強い人だって。運動がダメでも勉強がダメでも、みんなからダメだと言われても、彼の支えになっている仲間を守るというその意思が彼をここまで成長させてくれている。

「それがオレにしかできないことだと思うから」

まっすぐこちらを見る綱吉くんに少しだけ圧倒された。リング戦という私たちにとってとても大きなことがまたさらに彼を変えたんじゃないかと。

「みんな言わないだけで怖いっていう気持ちは少なからずあると思う。前に亜衣も言ってたけどたくさんもがいて精一杯頑張るしかないんじゃないかなって。何もしないよりは動いてた方がいいって。だから…そんな感じなんじゃないかな…?」

だんだん歯切れが悪くなっていく綱吉くん。でも私にとってはとてもありがたかった。そうだ、リング戦が始まる前、自分でそんなことを言った記憶がある。自分で言ったことも忘れてただ怖がっていただけなんて。
壁なんて無かった。私が自分で勝手につくって目の前のことから逃げようとしていただけ。みんな同じ人間だから恐怖を感じないなんてことはない。それをどう受け止めてどう立ち向かっていくか。それが私よりもみんなのほうが上手だった、ただそれだけのことなんだ。

「落ち着いたか?亜衣」

話が一段落したところでリボーンくんが口を開いた。そういえばリボーンくんは私が悩んでいることに気付いてたんだっけ。

「オレはもしかしたら亜衣が記録係をやめるとかいいだすんじゃねーかと思ったけどな」
「え、さすがにそこまでは考えてなかったけど…」
「そうか、ならいいが。一度この世界に足を踏み込んだら簡単には抜け出せないからな。まあ殺される覚悟がお前にあるなら辞めてもいいぞ!」
「そんな明るいトーンで言わないでよ…!」

私もみんなのように恐怖に打ち勝たなきゃいけない。私にだってたくさん仲間がいるって、そう信じなきゃ。みんなががんばって戦っているなら私もそれを信じて、記録係の仕事を精一杯やらなくちゃいけないんだ。
とても自分勝手な解釈かもしれないけど、私の場合は万年筆とみんなに助けてもらうことで成り立つ記録係。だったらこの仕事を全力でやりきることが助けてくれたことへのお返しになるのかもしれない。本人に直接関わってるわけではないけども。

「オレ、今度こそ亜衣のこと守るから」

雲戦の前に言っていたその言葉。綱吉くんは今度こそといったけど、あのときだって私の軽率な行動がいけなかっただけで彼はちゃんと守ってくれた。

「もう雲戦のときみたいなことはさせたくない。好きな子のあんな姿は見たくないから…」
「…うん、…うん?」
「オレなんかより山本や獄寺くんたちのほうが頼りになるけど、でもやっぱりオレが、…え?」

数秒、この部屋の時が止まったような気がした。今何を言われたのか頭が追いつくまでには時間が必要で。

「10代目!さっき後をつけてきたやつを取っ捕まえてきました!どうやらここらを通る人を狙っていたただの一般人みたいっスね」
「最近不審者が出るって話もそいつのことだったらしくてな。警察呼んだからもう大丈夫だぜ!」

綱吉くんの部屋のドアをガチャリと開け、すっきりしたような顔で二人とも部屋に入ってきたのだけど、私と綱吉くんのこの微妙な空気。それに獄寺くんたちが疑問を持ちそうになったときに「あああっ!」という綱吉くんの叫び声が響き渡った。

「二人とも座って待ってて!オレお茶淹れてくる!」
「じゅ、10代目?お手伝いしますよ!」
「い、いいよ!オレ行ってくるから待ってて!」

ものすごい真っ赤になりながら必死に大きな声を出す姿に獄寺くんは押されてしまったようでそのまま綱吉くんは下の階に降りていってしまった。

「…亜衣、どーすんだ?」

綱吉くんが出ていってしまったあとリボーンくんにそう聞かれ、振り向くとニヤニヤを隠しきれないような顔をしていた。

「ど、どうするって…」
「お前は今のがわからねーほど鈍感じゃねーだろ。どーすんだ?」
「…う、ううあ…っ、どうしよう!」

いい顔して問い詰めてくるリボーンくんにさっきの綱吉くんの言葉がよみがえってきて、どんどん自分の顔が熱くなっていくのがわかった。だって、今のって間違いなく…わ、私を、好きって…!どうするって、こっちが聞きたいよ…!

「どうしたんだよ亜衣まで真っ赤になっちまって」
「う、うわああ…!」
「ッるっせーな!叫ぶな!」
「獄寺のほうが声大きいんじゃねーか?」
「お前もうるせーよ野球バカ!」

あああダメ、ダメだよこれ…!顔の熱はおさまることを知らず、むしろますます熱くなっているようにも感じる。ええ…っ、もう次どんな顔して綱吉くんに会えばいいの!言い逃げだあ…!


こうやって笑い合える大切な人たちがたくさんいる。もうひとりだと怖がる必要はないんだ。みんなみんな、大好きで大切な人たち。私はずっとここにいたい。平凡じゃないけど平和な日常に。


45.大空とともに

「お茶、淹れてきたよ…?」
「あ、綱吉、くん…!」
「あ、あぅわ…!ッ!」
「危ない10代目ー!」
「つ、ツナどうしたさっきから!お茶零れる!」
「ああ!ごめん獄寺くん、山本ー!」
(…ガキばっかりだな)
青空。(リング戦)end

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