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いつもの見慣れた教室で黒板に書かれた文字をひたすらノートに書き写していく作業。大きなあくびを手で隠したけど余計に眠気が増してくる。
リング戦以来の学校だった。今まではこれが当たり前だったのに身体はなかなか追いついてくれない。ふと綱吉くんや獄寺くん、山本くんの席を見ると彼らはみんな夢の中のようでコクリコクリと頭が揺れていた。獄寺くんなんて完全に机に突っ伏している…これが私の日常、だったのにな。

「亜衣、久しぶりに一緒にお昼食べない?」
「うん、いいよ」

ここ最近は綱吉くんたちとお昼を共にすることが多かったけど今日はタイミングがいいのか悪いのか、友人が誘ってきてくれたため女の子数人でお弁当を囲んだ。

「ねえ、ここ一週間くらい風邪で休んでたけどもう大丈夫なの?」
「え?あ、うん。たくさん寝たからね…!」
「そう?ならいいんだけどさ」

そういえばそんな理由で休むって学校に連絡してたんだっけ。まさかマフィアがらみの抗争に参加してたなんて言えないもんね。
お昼を食べ終えたあとはその友人からこの一週間分のノートのコピーを貰ったのでひたすら提出用のノートに書き写していた。幸いたくさん進んだ授業はなかったみたいなのでこれなら二日くらいで全部写せると思う。

「ねえ亜衣」
「ん?なに…、」

ひたすらノートに写していたところで誰かに話しかけられたので顔をあげると、見慣れたススキ色のふわふわした髪が目に入って一瞬目を見開いた。

「今日時間ある?この一週間で出された宿題、みんなでやっちゃおうって話になったんだけど…」

どうしようと悩んだ。私なんかが一緒にいっていいのだろうか。戦闘ではないから負い目を感じることはそんなになさそうではあるけど。

「亜衣も当然来るんだぞ」
「り、リボーンくん!」

ぴょーんと私の机に飛び乗ったリボーンくん。今日はとくにお得意のコスプレはしていないみたいでちょっと残念。
でも私の返事の有無を聞かずにあれよあれよと綱吉くん家に行くことになってしまい逃げることはできなかった。途中リボーンくんにニヤリとされたけど、これは完全に私の心情はバレているような気がする。読心術が使えるんだっけ?それってちょっとずるいなと思ってみたり。



綱吉くん家に集まったのは、当たり前だけど綱吉くんと獄寺くんと山本くんとリボーンくん、そして私のお馴染みのメンツ。ノートの書き写しはいつでもできるし、家に帰ってからまたやればいいということでまずは宿題に取りかかった。
ちょうどノートを書いていたところの宿題だったようで思ったよりスラスラ解けたのが救いだ。「亜衣ってばもう終わったの!?」という綱吉くんにコクリと頷けば、教えて欲しいなあと懇願する眼差しを向けられ苦笑いをした。
勉強なら私にも教えられるかなと思いきや、我先と獄寺くんがキラキラ顔で綱吉くんに教えようとするので私は開きかけた口を閉ざす。
圧倒的に獄寺くんのほうが頭がいいので任せた方がいいかなとも思ったけど、そういえば獄寺くんの教え方は勉強がわからない人にとっては呪文でしかないと気付き、結局私は一旦閉ざした口を再び開けたのだった。


「今日はありがとう、家まで送るね」

あっという間に時間はすぎて外はもう真っ暗。獄寺くんは途中でビアンキさんが現れたことで現在綱吉くんのベッドで気絶中、山本くんはお父さんの手伝いをしなきゃということで先に帰宅したので必然的に綱吉くんが送ってくれることになった。

帰り道、どうにも会話が続かなくて気まずい空気が流れていたけどこれは紛れもなく私のせいだというのは自覚があった。リング戦のことを引きずっているためうまく笑えない、気の利いた言葉がでてこない。そんな状態が昨日からずっと続いているのだ。

「…亜衣、何かあった?」

痺れを切らした綱吉くんの言葉に私はどう誤魔化すかで精一杯だった。

「何かって?」
「なんかいつもと違うっていうか」

そういえば綱吉くんには超直感というものがあるんだっけ。それで気付いているとすれば嘘をつく意味はなくなるのだけど、知られたくない。その気持ちが一番私の中で強かった。
だって命懸けで私たちを守って戦ってくれた人に向かって、あなたが怖いんですなんて言えるわけがないし、言いたくなかった。

ふと、綱吉くんの足がぴたりと止まった。忘れ物かと思って彼を見るけど当の本人は後ろを気にしているようだった。私も疑問に思って後ろを振り返るけど、今まで歩いてきた道が続いているだけで特に変わったものは無い。
広い通りなので帰宅途中のサラリーマンだったり遅くまで部活をしていただろう学生だったりいろんな人が歩いているだけだ。

「どうしたの?」
「…ううん、何でもない!早く帰ろっか」

気になるお店でもみつけたのかなと疑問に思いながらも再び夜道を歩み始めた。


44.冷たい足取り

そのままどうか気付かないで。

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