34


嵐戦が終わってから次の日。自分の家じゃないこともありなかなか寝付けず、昨日と違って遅くまで目が冴えてしまっていた。寝たのが遅いこともあり、またしても起きたのはお昼頃。使用人の女性から昼食が出来たという報告を受けるまでずっと寝ていた。

今日は部屋で昼食をとった。一応ダイニングルームはあるものの、みんなが一緒に食べるなんてちょっと想像がつかないし、昨日いたベルフェゴールさんはあの怪我じゃまともに歩けないだろう。マーモンくんも一人であの大部屋にいく必要もないだろうし。
昼食のあとは少し歩こうと思い廊下に出た。部屋に閉じこもっていてもしょうがないので気分転換だ。
でもその途中で手帳の存在を思い出す。寝るのは遅かったけど、気持ち的に疲れがでていたためまだ昨日のぶんの記録をしていないのだ。昨日の戦い…獄寺くんについてはとくにしっかりと記録しなきゃ。
そう思い廊下を歩いていたときだった。私の目に映ったのは、松葉杖をつきながら歩きづらそうにしている人。

「ベルフェゴールさん…!」

昨日これでもかというほど傷だらけになっていた彼が今目の前を歩いていることに目を丸くし、無意識にそちらへ駆け寄った。

「な、何でここに…」
「何でって、暇だから?」
「寝てなくていいんですか?」
「歩けるんだしいいじゃん。王子に命令すんの?生意気」

口をへの字に曲げて不機嫌なことを隠そうともしないところはどことなく雲雀さんに似ているような気がする。
それにしても昨日の今日で既に歩けるくらいになっているなんて。さすがマフィアというべきか、ベルフェゴールさんの回復力が常人とは違うのか、ただのやせ我慢なのか。

「痛くないんですか…?」

ベルフェゴールさんはヴァリアーで、私たちの敵だ。このリング争奪戦は絶対に綱吉くんたちに勝ってもらいたい。でもいくら敵だといっても目の前にこれだけ重症な怪我人がいれば、少し気になってしまうのも事実で。

「これで痛くないように見えんの?相当アホだろ」
「だ、だって歩いてるので…」
「痛くてもどうってことねーし。生きてるんだし問題なくね?」

基準はそこなんですか…!一度命の大切さというものを学んだ方がいい気がします!暗殺部隊の人にそんなこと言うのも変な話だけど。
暗殺部隊の人間とただの中学生の私とでは根本的に考え方が違うのかもしれない。あの嵐戦のとき獄寺くんは命を、ベルフェゴールさんは勝利を選んだ。
"弱者は消す"というヴァリアーの、おそらくマフィア全体にもあるかもしれないその言葉。いつか私たちにもそんなときが来るのかと思うと、目の前の彼から目を背けたくなった。

「お大事に、してください…」

それでも私では想像もつかないほど痛そうなその怪我に目を伏せながらそう言えば、「…変なやつ」と言われてしまった。


ベルフェゴールさんと別れた後は自室にもどり、手帳に昨日のことを書き込んだ。さて、あとはどうしよう。うーんと考えてみるけど、この暇な時間をどう過ごそうかなんて簡単に思いつくはずもなく。
しばらく考えていたときに、ふと手帳が目に入る。そういえばこれ、毎日書くようにしているけど今日は何を書こう。まさか「今日はお昼ごろに起きて、昼食をとりあとは部屋にいました」なんて小学生の作文のようなものは書けない。
とりあえず、また屋敷内を探索するか外にいってみようかな。さっきみたいに誰かに会うかもしれない。もちろん本当は怖いから会いたくないんだけど、ここは記録係として相手のことをちょっと調べてみてもいいと思うのだ。
偵察…そうだ偵察だ!ちょっとかっこいいかもしれない…!


しばらく廊下を歩いていると、隣の扉からガチャリという音がしてそちらに視線を向ければ、ちょうど銀色の長髪が特徴的な彼が部屋から出てきたところだった。

「う゛お゛ぉい、おまえこんなところで何してやがる」
「…えっと、偵察?」
「偵察だぁ?」

あ、しまった!偵察ってことを喋っちゃったら偵察でも何でもなくなっちゃう…!ばかー!何してるの私!

「何が知りてーんだてめーは」

ギロリと見下ろされる鋭い眼光にビクリと肩が震える。こ、怖い…!何で偵察っていっちゃったんだろう。お散歩ですっていっておけば睨まれることもなかったのに。
身長差があるぶん威圧感もすごく、そして首も痛い。どうすればいいのかと頭をフル回転していたとき、ふと視線をずらすとスクアーロさんの首にはタオルがかかっており、その長い髪からは雫が滴り落ちていた。

「し、シャンプーは何を使っていますか…?」

言って後悔した。こんなことを聞いてどうするんだ。でも偵察といっても下手なことをいったら斬られるかもしれないと思って出てきたのがこの質問だった。
こんなことを聞いても余計に怒らせるだけだと思い顔を真っ青にして震え上がっていると、ものすごく深いため息が頭上から聞こえてきた。

「おまえを見てると怒鳴る気も失せるなぁ…」

そ、それはどういう意味なんでしょうか。褒められている気はしないけど、怒ってない…のかな。

「お風呂上がりですか?」
「さっき頭からワインかぶっちまったからよぉ」
「…お祝い事ですか?」
「あのメンバーで、んなことやると思うかぁ!?」

とっさに頭の中に浮かんだのは楽しそうにクラッカーを鳴らしているヴァリアーの図。でもさすがにこれは有り得ないと思いすぐに脳内から消した。
お風呂に入ったというスクアーロさんの髪はまだ少し濡れてはいるけど、すごくキラキラしていてまるで髪のモデルをしている人のように綺麗だった。
さっきはとっさにでた質問だったけど、これは本当にどんなシャンプーを使っているのか気になるかも。

「…髪、綺麗ですね。どんな手入れをしているんですか?」

スクアーロさんが女性のようにシャンプーしてトリートメントして、なんて想像がつかないけど…。むしろ豪快にいきそう。

「おまえにはマネできねーぞぉ、これもヴァリアークオリティだからなぁ!」

ニヤリと笑っている中で私はヴァリアークオリティの意味を思い出す。確か、人間業ではクリアできない殺しを完璧に遂行してきた天才集団で、その能力の高さのことを言うんじゃなかったっけ。
人間業では成し遂げられない髪の洗い方ってどんな…?

「それで、本当は何しに来たんだぁ?偵察なんてこと本気で考えるようには見えねーが」

話を戻すスクアーロさんはさきほどまではいかないものの、細められた双眸で私を見下ろす。嘘をつくわけにもいかないので、手帳に書く内容をさがすために誰かに会ってみようと思い歩いていたことを伝えると、「それなら、」と何かを思いついたのかひとつ提案をしてきた。

「うちのボスさんに会ってきたらどうだ?まだ自室にいると思うぞぉ」
「ざ、XANXUSさんに!?」
「どーせこれからずっとオレ達側にいることになるんだ、喋っておいて損はねーと思うがなぁ」

そんなことをしたらきっと私に明日は来ない気がします…。心の中でそう思いながらスクアーロさんの"ずっとオレ達側にいる"という言葉に少し引っかかる。

「…山本くんは、負けません」

すでに結果がわかっているような言い方に苛立ちを覚え、そんな感情を表すかのように私は震えながらもなんとか真っ直ぐスクアーロさんを見上げる。でもそんな私を見て彼はハッと鼻で笑った。

「前に会ったときはオレに手も足も出なかったのにかぁ?」
「あのときとは違います、山本くんはもちろん他のみんなも毎日修業してるんです…!」

ベルフェゴールさんにも似たようなことを言った。みんな本当に毎日頑張っているんだ。修業の成果は私がちゃんと手帳に記録しているし、山本くんに関してはその成長ぶりが凄い。負けたりは、しない。

「まあ確かに、昨日見せたあの動きはなかなか筋がいいとは思ったがなぁ」

突然の褒め言葉に私は思わず目を丸くした。あの動きとは、雲雀さんを止めたときのことをいっているのかな。スクアーロさんのいう通り、あの素早い動きは確実に修業の成果がでている。

「だが、経験の差が違う!勝つのはオレだぁ!」

力強く大きな声と迫力に思わず震えてしまう。でも、大丈夫…山本くんがきっと勝つ。綱吉くんと約束したんだ、信じて待ってるって。その私が気持ちで負けていたら駄目だ。大丈夫、きっと。


34."信じる"ということ

「ムム、君はそんなところで何をしてるんだい?」
「マーモンくん…ちょっとスクアーロさんの言い分にムッとしたので何かできないかなと…」
「スクアーロに?何か思いついたのかい?」
「シャンプーとリンスを入れ替えようかと」
「地味だね」

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