32


「……」

どーん!と言う言葉がぴったり似合いそうなほどに目の前に大きくそびえ立つのは、ヴァリアーの人たちが仮で住んでいる大豪邸。明らかにここだけ周りと比べて浮いている気がする。

「何突っ立ってんの?入んないの?」

少し前を歩いていたティアラを頭にのせている人、ベルフェゴールさんに不思議そうに首を傾げられた。

「あ、いや…すごく大きなお屋敷だなと」
「大きい?むしろ小さくね?」

これが小さい…!?私の考え方では絶対に出てこない言葉だ。いつもどんなところに住んでいるんだろう。


雷の守護者同士の対決が終わったあと、私はヴァリアーの人たちにここに連れてこられた。しばらくの間はこちら側にいることになるので、ここに住まわせてもらうそうだ。
「オレたちが負けるとかあり得ないし、おまえ向こうには帰れないよ」というベルフェゴールさんの発言にムッとしたのは黙っておこう。
内装も立派なものだった。床は大理石だし、これでもかというほど大きなシャンデリアが天井から吊り下げられている。壁には絵画や甲冑なども飾ってあり、まるでおとぎ話の中に出てくるお城に迷い込んでしまったんじゃないかと思うほどに、私の目にはキラキラして見えた。
その後XANXUSさんはさっさとどこかへいってしまうし、他のみんなもバラバラになってしまったので私はどうしようかとあたりをぐるりと見回す。

「…う゛おぉい、突っ立ってねーでこっちに来い」

銀髪の人、スクアーロさんがいつの間にか私の目の前まで来ていた。…今思ったけど、ヴァリアーの人たちはみんな背が高すぎて見上げるのが辛い。ベルフェゴールさんくらいがちょうどいいかもしれない。

どこかの部屋に案内されている途中、私は綱吉くんたちのことを思い出していた。みんなどうしてるかな。あれからすぐにランボくんは病院に運ばれたと思うけど、無事なんだろうか。
許そうとは思っていないけど、ここにいる以上お世話になることになるのでそこは失礼のないようにしなければ。それに、ヴァリアーの力なら万年筆の力なんて関係なく私に危害を加えることはできるはずなのにそれをしない。リボーンくんが言った通り、正式に記録係になったからなのかな。
"正式"という言葉のおかげで若干贔屓されている感もあるけど、今はそれに感謝するしかない。とにかく私は次の対決でも綱吉くんたちを信じなきゃ。


案内されたのは一つの部屋だった。何の部屋だろうと思ったけど扉をあけて視界に滑り込んできたのは、キングサイズのベッドにふかふかそうなソファ、テレビ、キッチン、バスルームなどなど。
ところどころにレースなどの装飾もあり、煌びやかな雰囲気に私は目を丸くせざるを得ない。

「…ここ、スクアーロさんのお部屋ですか?」
「んなわけあるかぁ!おまえの部屋だ!」
「え、こ、こんな豪華なお部屋を…?」
「今はここしかねーんだ、狭いかもしれねーが我慢しろ」
「せ、狭くないです、ここに住めるくらいですよ…!」

そういったら可哀想なものを見るような目で見られてしまった。え、住めるよね…?


今日はもう時間も遅いので少ししたら寝ることにした。夕食もお風呂も済ませてきたけど、あの雷雨のせいで身体が冷えていたのでシャワーだけお借りした。
部屋に戻り、今日の分の記録を手帳に書く。明日は嵐の対決…獄寺くんか。ここにいる以上明日は修業の様子を記録することができない。
獄寺くんの技はまだ未完成のはず。シャマル先生がいるとはいえ心配である。頑張ってほしいな。
そっと手帳を閉じてバッグにしまう。広すぎるベッドに入ると、とても心細く感じてしまった。大丈夫、だよね…?無事に終わりますように。私はぎゅっと自分を抱え込むようにして目を閉じた。



朝目覚めると、見慣れない天井があった。そうだ、私は今ヴァリアーのところにいるんだっけと思い、のそのそと起き上がる。
ふと視線を横に向けると、テーブルの上に黒い何かが置いてあるのに気付いた。広げてみると、それは膝より少し上くらいのシンプルな黒のワンピース。…昨日は無かったよね、着ろってことなのかな。
今着ているのはさすがに外へ出ていけるようなものではない。ということは必然的にこのワンピースを着なきゃいけないのだけど。確かにシンプルだし露出もほとんどないけど、ワンピースというかパーティードレスにしか見えない。
これがここでの正装ってことなのかな。あまり気が乗らないけど私はそのワンピースを身につけた。
ちょうど着替えが終わったと同時に、ここの使用人らしい女性が部屋を訪ねてきた。昼食の準備が整ったらしく、ダイニングルームへ案内してくれるそうだ。
…昼食って、今お昼!?私そんなに寝てたの!


案内されたのは私の家が四つくらい入りそうな大きなダイニングルーム。テレビで見るような長いテーブルに、金で装飾されている高そうな椅子。テーブルには美味しそうな料理が並んでいた。
席にはベルフェゴールさんとマーモンくんしかいない。他の人たちは外出中かな。

「…お、おはよう、ございます」
「ししっ、もう昼だぜ?昨日はあんなに怖がってたくせにぐっすり寝たのかよ」
「う、」

確かに怖がってたのは本当だけど、私だってまさかこんな時間まで寝てたとは想定外だった。だってすっごくベッドがふかふかで…!
いや、今はそんなことよりもちょっとお腹がすいている。敵陣で用意されたものなんて怪しくて食べられません!といいたいところだけど、私のお腹はとても素直らしい。
せっかくこれだけ用意してくれたのだからお言葉に甘えていただこうかな。そう思って一番端っこの席の椅子を引くと「何でそこ?」とベルフェゴールさんから疑問の声が上がった。

「こっちくればいいじゃん」
「え、えっと…でも」
「もしかしてオレらが怖いとか?」

悪戯っ子のような笑みで目一杯からかってくるベルフェゴールさんに少しムッとする。目の前に暗殺のプロがいたら誰だって怖いと思うけど、ベルフェゴールさんの言い方には人を馬鹿にしているような意味が込められていて私は思わず口を開く。

「こ、怖くなんかありません…!」
「じゃあ王子とマーモンの間に来ようぜ」

しまったああ…!何てことを口走ってしまったの私!ベルフェゴールさんはニヤニヤしているし嵌められた!
でもとっさとはいえ自分で言ったことなので撤回もできず、私は二人の間の席で昼食をいただいた。せっかくの美味しそうな料理なのに何を食べているのか全く見当がつかないほど味はわからないし手元は狂うしで散々だった。
隣のベルフェゴールさんには面白可笑しそうに「食えよ」とフォークに刺さった一口サイズの人参を口に入れようとしてくるし、マーモンくんには「さっそくベルの言いなりだね」とため息をつかれた。


昼食の後はとりあえず部屋に戻ったけど夜まですることがない。せっかくだからこのお屋敷を探検しようかな。部屋にいろと言われたわけでもないし、廊下を歩き回るだけならいいよね。
こんな広いところを探検だなんてなかなか出来ないことだ。歩いても歩いても道のりは長い。廊下はどこも同じつくりだったので私は一階に降りた。今日は晴れているし外に行った方が気持ちも少しは落ち着く気がする。


たどり着いたのは中庭だった。花壇には綺麗な花がたくさん咲いている。多分使用人の女性がお世話をしているんだろう。
深呼吸すると綺麗な空気が体内に入ってくるのを感じた。今日はいい天気、みんなちゃんと修業しているかな。とくに獄寺くんは今日が対決の日だし。
それに綱吉くんもまだ全部の修業は終わっていない。やっぱり…少しさみしい。みんなに会いたい…綱吉くん、どうしてるかな。
そこまで考えてハッとする。うわ、何恥ずかしい事考えてるんだろう…!どうしてるかなって、修業してるに決まってるのに。ボボっと自分の顔が熱くなるのを感じた。
最近気付くと綱吉くんのことを考えることが増えている気がする。今はこんなこと考えている場合じゃないってわかってるのにな…!

「何真っ赤な顔してんの?」
「わわ!」

突然肩にポンと手を置かれ大きな声を出してしまった。振り向くとそこにはベルフェゴールさんがこちらを見下ろしている。

「べ、ベルフェゴールさん…、脅かさないでくださいよ…!」
「勝手に驚いてんのそっちじゃん」

そりゃあ恥ずかしいこと考えてたときに誰かに話しかけられたら心臓飛び出るくらい驚きます!

「ベルフェゴールさんはどうしてここに?」
「…その呼び方長くね?ベルでいいって言ってんのに」
「いえ、そんな馴れ馴れしく呼べません…」
「頑固なやつ」

「しししっ」と笑われたけど何が面白かったのかさっぱりわかりません!
それからベルフェゴールさんは特に何かを話すわけでもなく、私の隣で彼の武器であろうナイフの手入れをし始めた。どうして私の隣でやっているんでしょう。それで会話も無いから私はどうすれば…!

「あの、手入れって部屋でやらないんですか…?」
「オレ王子だし、どこでやったっていいじゃん」
「そう、ですよね…」
「遠回しにオレが邪魔だって言ってんの?サボテンにするよ」

刺される!

「え、えっと、今夜はベルフェゴールさんが対戦相手ですよね…!」

話をそらすために別の話題を出してみた。さすがにサボテンにはなりたくないです。

「王子が負けるはずないから。余裕で勝つし」
「わ、わかんないですよ、獄寺くんだって毎日頑張ってるの私見てるんですからね…!」
「そういえばおまえ、記録係なんだっけ?」

突然話が変わったベルフェゴールさんに驚いたものの、とりあえずコクリと頷く。「ふーん」と言いながら頭の上から足の先までジロジロと見てくる視線に居心地が悪くなった。

「名前は?」
「え…桐野亜衣、です」
「へー。で、万年筆持ってんだよね」
「持ってますけど…」

ゆっくり頷きながらそう答えると「じゃあある程度は何しても痛くないんだよね」と言いながらベルフェゴールさんが構えたのは太陽の光でキラリとした輝きを放つ、先程まで手入れをしていたナイフ。え、これはもしかしなくても…!

「夜まで退屈だし、付き合ってよ」

ヒュンヒュン投げてくるナイフを私は避けられるわけもなく、全て私に直撃している。もちろん万年筆のおかげで無傷だけど恐怖心はあるんです!
本当にナイフが刺さらない私を面白がって楽しそうに投げてくるベルフェゴールさん。

「いいもん持ってんじゃん。しばらくは退屈しないや」
「来ないでください…!」


32.お邪魔します、ヴァリアー宅

「…ベルのやつ、あの女で遊んでるよ」
「やはりあいつもまだガキだな」
「レヴィ、そんなこと言ってると君もサボテンにされるよ」
「……」

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