30


夜中の23時、それがリング争奪戦開始の時刻。並盛中に着くとすでにみんなが揃っていた。…あ、何も考えないで出てきちゃったから私だけ私服だ。そうだよね、学校なんだから制服だよね。なんか一人だけ私服って恥ずかしい…!

「おまえ、私服って…ヒバリがいなくて良かったな」

さっそく獄寺くんに指摘されてしまった。確かにここに雲雀さんがいたら学校に私服で来るなんて云々とかで咬み殺されそう。
明かりもなにもない学校は本当に真っ暗で不気味だ。ヴァリアーの人たちはまだ来ていないのかと話していると、「とっくにスタンバイしてますよ」と頭上から声がした。
チェルベッロ機関の女の人が対戦カードを発表する。第一回戦は晴の守護者同士の対決。晴ってことは了平先輩だ。
そして「あちらをご覧下さい」と言われた通りにそちらを向くと、そこにあったのは今回のために用意された特設リングだった。

了平先輩がリングに向かう途中、山本くんの提案で円陣を組むことになった。綱吉くんと獄寺くんは半ば強引に参加させられたって感じだ。私も仲間にいれてもらったけど、気合いが入るしなかなかいいかもしれない…!
両者がリングに上がり了平先輩が上に着ていた服を脱ぐと、相手のサングラスの人…ルッスーリアさんがその肉体を好みだといいだした。
それに対し綱吉くんたちはちょっと引いている。あの山本くんでさえ苦笑いだ。でも言いたいことはわかるかもしれない。

「さすがボクシング部主将というか…確かにいい筋肉してるよね…!」
「え、亜衣もそう思ったの?」
「ええ?いや、変な意味じゃないよ…?」

瞬時に綱吉くんに言われてしまったため私は慌てて否定する。本当に変な意味ではなく、よく鍛えているんだなって思っただけだ。
獄寺くんには「おまえもか」って顔をされるし、山本くんは目を合わせてくれない。え、ええ…何で私が引かれてるの…!


そして両者の準備が整ったところで勝負が開始された。チェルベッロさんの合図とともにリングに擬似太陽によって目が開けられないほどの光が照らし出される。みんなはリボーンくんに貸してもらったサングラスでなんとか大丈夫そうなのだが。

「亜衣はサングラスなくて平気なの?」
「わあ、綱吉くんサングラスのおかげでマフィアのボスっぽいー」
「棒読み!そうじゃなくて、眩しくないの?」

みんなが眩しくて観戦どころじゃなかったのに対し、私には全く影響がなかった。確かに眩しいのはあるけど、目が開けられないほどではない。

「亜衣が持ってる万年筆は、おまえに悪影響を及ぼすありとあらゆるもの全てから身を守るものだからな。限度はあるがこれぐらいなら問題ねーぞ」

リボーンくんの説明にみんなが関心している中、絶対に万年筆は手放さないようにしようと心に決めた。続いて「まあ了平の本気のパンチを食らったらひとたまりもないかもしれねーけどな」という言葉には真っ青になったけど。


了平先輩は苦戦していた。対戦中に閲覧側の人間と接触することはできないため、了平先輩は眩しさのあまり目を閉じたまま戦っているのだ。
そして左腕によって繰り出されたパンチは、ルッスーリアさんの左足に埋め込んである鋼鉄のメタル・ニーによって腕が使い物にならなくなってしまう。さらにこの眩しすぎるライトのせいで脱水症状も現れており、事態は最悪だ。
いつも元気で笑顔でいるはずの了平先輩があんなにも苦戦しているなんて。相手が相当強いということなんだ。本当はあんなに苦しそうな顔をしている先輩から目を背けたかった。

見ていたくない、怖い。そんな気持ちがどんどん膨れ上がってくるのだ。でも、あんなに頑張って修業しているところを間近でみたのにそれを信じないで逃げ出すなんてことは出来ないし、したくない。
了平先輩は強くなるために誰よりも努力して諦めない人だ。きっと、大丈夫…。

祈るような思いで試合を見ていると、コロネロくんが駆けつけてきてくれた。「本当の力を見せてやれ」というコロネロくんの言葉に、了平先輩はゆっくりと立ち上がる。

「立ってもいい事ないわよ。あなたのパンチは通用しないんだから」
「ああ、確かに通用しなかった。…左はな」

そういえば、私やフゥ太くんたちを助けた時も、今までもずっと左だった。

「この右拳は圧倒的不利をはね返すためにある!」

そして今まで使わなかった右手を力を込めて勢いよく前に突き出す。

極限太陽マキシマムキャノン!」

繰り出された強烈なパンチは確かに当たっていたけどクリーンヒットではなかった。でも了平先輩の本当の狙いはルッスーリアさんではなく…。
パリンッという音とともに照明のガラスが割れた。了平先輩は自分の汗の塩分を拳に乗せて照明に向かって放ったそうだ。
関心しているのもつかの間、ルッスーリアさんも同じ技で照明のガラスを割った。ヴァリアーは人間業ではクリアできない殺しを完璧に遂行してきた天才集団で、その能力の高さをヴァリアークオリティというらしい。
そんな人たち相手に今私たちは戦ってるんだ。普通の中学生だったみんなが毎日辛い修業をして、自分の力を信じてここに立っている。

もう一度繰り出した極限太陽はメタル・ニーによって防御され、右手も負傷してしまう。そんなときに現れたのが京子ちゃんと花ちゃんだった。京子ちゃんはこの戦いを喧嘩だと思っているみたいだ。
喧嘩をして怪我をしているところなんて誰であっても見たくはない。それが自分の兄であるなら尚更。子供の頃に似たようなことにあったときから、喧嘩はもうしないと約束したみたいだった。

「だが、どうしても喧嘩をしなくちゃいけないときが来るかもしれない。しかし京子がそれほどに泣くのならもう、負けんと…!」

両腕を負傷し、今までに受けたダメージも尋常じゃないはずなのに、了平先輩はそれでも負けないと立ち上がる。

極限太陽マキシマムキャノン!」

これが本当の極限太陽マキシマムキャノン…。一回目に繰り出された同じ技とは到底思えないほど威力は凄まじく、鋼鉄のメタル・ニーを粉々に砕く。そして、勝敗が決まった。


コロネロくんが京子ちゃんと花ちゃんを連れて先に帰ったあと、最終的にはリングを所持しないと勝ちにはならないので、了平先輩はリングを渡すように手を差し出すけど、ルッスーリアさんは酷く怯えた様子でそれを拒否した。
どうしてそこまで怯える必要があるのだろう。そんな状態なのに試合を続けようとするルッスーリアさんに疑問を持った瞬間だった。

何が起きたのだろう。耳を劈くような音がしたと思ったときには、ルッスーリアさんの背中から鮮血が飛び散っていた。
リボーンくんが何か説明しているがよく聞こえなかった。かろうじてわかったのは、「弱者は消す」という言葉。
ルッスーリアさんが戦闘不能になったことで了平先輩が勝利したけど、こんな終わり方があっていいのだろうか。ショックのあまりただ身体中が震え出し、前を見ているはずなのに私の目には何も映らなかった。
これは、受け止めろということなのか。骸さんとの戦いのとき自分の頭に銃口を向けて同じことが起こったけど、そのときは綱吉くんが見せないように隠してくれた。
あのときはまだ正式なボンゴレの記録係ではなかったけど今は違う。持ってきていた手帳がやけに重く感じた。


そのあと再び戻ってきた京子ちゃんたちに綱吉くんが話をしている間、山本くんがこちらに歩いてきたのに気付いた。

「大丈夫か亜衣…って、あんまし大丈夫そうな顔じゃねーな」
「…や、やま、もとく、ん…」

眉を下げる山本くんに私は申し訳ない気持ちになった。山本くんたちだってショックを受けているはずなのに、私だけずっと引きずってたらいけないんだ。いつもの日常に戻るためにここにいるんだから。

「ご、ごめんなさい…大丈夫だから」
「うーん、そうは見えないけどな」

これ以上心配をかけるわけにはいかないと強がってみても、情けない声が出るばかりで全く意味がない。

「オレさ、なんとなくだけどあのルッスーリアってやつ生きてると思うんだよな」
「え…?」

突然何を言っているんだと私は目を見開いて山本くんを見る。冗談を言っているようにはみえないけど、あの状況でまだ生きている可能性はないほうが自然のはずだ。…"普通"なら。
あの集団は殺しでは天才と言われている。でもそれだけ危険な任務を成し遂げているということは生命力だって一般人のそれとは違うかもしれない。そう考えると山本くんの言葉も間違ってないように思えた。

「…そう、だね。大丈夫だよね」
「ああ!それより明日もみんなで勝とうぜ!」

私の頭をよしよしと撫でながら笑顔を向けてくる山本くんには本当に驚かされる。今まで心に埋め尽くされていた嫌なものが晴れていくんだから不思議だ。
案外山本くんが晴の守護者だとしても違和感はないかもしれない。…了平先輩はそれをさらに超えてどっぴーかんだけど。

「亜衣、そろそろ帰ろう?」

京子ちゃんと話を終えた綱吉くんが私の方に来た。そして目をぱちくりさせながらジッと見てくるものだから私は何だろうと思って首を傾げる。

「さっきすごい真っ青な顔してたから心配してたんだけど…今は大丈夫そう?」
「うん、大丈夫。山本くんに元気付けていただきました」
「え、山本に?」

ぐるんと山本くんのほうを見る綱吉くん。山本くんはいつものように、ハハハと笑っているけど綱吉くんの表情は晴れなかった。
そっか、心配してくれたんだ。こんなときに不謹慎だけど、ほわんと気持ちがあたたかくなるような気がした。

「綱吉くんもありがとう、心配してくれて」

若干熱くなった頬をそのままにお礼をいうと、綱吉くんも頬を染めつつコクリと頷いてくれた。


30.負けないという約束

「お疲れ様です了平先輩!」
「おう!明日も極限に気合いを入れて応援だー!」
「まだまだ元気あり余ってるんですかお兄さん!」
「…さすが晴の守護者」

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