19


「亜衣!」

綱吉くんが叫ぶのが聞こえる。でも私は驚きのあまり全く動くことができなくて、ただくるであろう痛みを待つのみだった。

ガキン!という何かを弾く音がした。おそるおそる恐怖から閉じていた目をあけると、床に刺さっていたのは獄寺くんが私に向かって振り下ろしていた武器。

「おや…、」

獄寺くんが僅かに目を見開くのが見える。あ、あれ…刺さってない?もしかして綱吉くんが助けてくれたのかと思い彼のほうをみるけど、本人はぽかんと口を開けているだけ。

「もう忘れたのか、亜衣。自分のポケットを見てみろ」

リボーンくんに言われてポケットを確認する。あ、そっか…この万年筆。死ぬ気の炎のおかげで私は助かったんだ。

「どうやらアルコバレーノが関係あるそうですね、その万年筆」
「あ、駄目…!」

獄寺くんは私のポケットにさしてあった万年筆に手を伸ばすけど、バチッと弾かれる音がして万年筆に触れることは叶わなかった。

「無駄だぞ。その万年筆はボンゴレが特殊に作ったもので、波長の合う人間にしか触ることはできねーからな」

その説明は初めて聞きましたリボーンくん。じゃあ、本当に今のところ私にしか使えないんだ。けど獄寺くんは多少驚きつつも、すぐに不敵に笑い出す。

「まあいいでしょう。せっかく彼女も人質にとったので利用したかったのですが…残念です。だが、僕の狙いはあくまでもボンゴレ10代目、君ですからね」
「な…!」

骸さんの視線が綱吉くんのほうにうつったところでリボーンくんが私に歩み寄り「亜衣」と名前を呼んだ。

「ここはあぶねーからおまえは下がってろ」
「…うん、そうだね」
「いい忘れてたが、その万年筆の防御力にも限度がある。さっきみたいな攻撃くらいならなんともねーが、あまり大きな衝撃には耐えらんねーからな」

そ、そうなんだ。確かにすごい万年筆だけど、万能ってわけじゃないんだね。なら今後も本格的な戦闘があったときは巻き込まれる前に隠れていた方がいいかもしれない。
リボーンくんの言葉に頷くと、私は壁際の方に移動した。


そのあと骸さんは、ビアンキさんと獄寺くん、そしてあのニット帽の人ともう一人の黒曜生に憑依して次々と綱吉くんたちに攻撃をしかけていた。同時に四人の相手をするなんて…。
幻覚を使ったり獄寺くんのダイナマイトを使ったり、もう無茶苦茶だ。それに骸さんがみんなの体に憑依して無理に体を動かしているから、その体からはとめどなく血が流れ出している。
普通ならあんなに動けない傷のはずなのに。

私はここで何をしているんだろう。この前まで普通の中学生だったはずだ。朝起きて、眠いながらも授業をうけて、たまに友達と寄り道しながら楽しく帰って。
けど今私はここにいる、この危険な戦場に。でも私はただこうやってみていることしかできない。私のやるべきことは綱吉くんたちの行動や成長を記録として残すこと。目を背けちゃいけない、最後まで見てなくちゃいけない。
今の私は守られないと生きていけない立場なのに、わかっているのに。私にも戦う力があれば…そんなことさえ思ってしまうほど、この状況は息苦しかった。


「骸に、勝ちたい…こいつにだけは、勝ちたいんだ!」

いつも弱気だった綱吉くんから、ぽつりとそんな言葉が聞こえた。これが綱吉くんの気持ち、同時にボンゴレの答え。その言葉に反応するように突然レオンくんが眩い光を放ち始め、何かを吐き出す。

「毛糸の手袋ー!?」

吐き出されたものはあったかそうな毛糸の手袋。もこもこしていて冬には最適…って言ってる場合じゃないよね…!
手袋でどうやって戦うんだろうと疑問に思ったけど実際手袋をつけてみて違和感を感じたのか、綱吉くんが手袋を外すと中から弾が出てきた。獄寺くんはその弾を撃たせまいと邪魔をしてダイナマイトを投げるけど、きっとリボーンくんは撃った。

「骸、おまえを倒さなければ…死んでも死にきれねえ」

静かで、それでいて凛とした綱吉くんの声が響く。ゆっくりと顔を上げて見えた表情はしっかりと骸さんを捕らえ、目付きの変わった鋭い双眸は闘争心を燃やしているように見える。
いつもとは違う死ぬ気の状態。さっきの弾はいつもの死ぬ気弾とは種類が違って見えたけど、これがその効力ってことなのかな。本当にあの人が綱吉くんなのか、そんな疑問が浮かんでくるほど雰囲気が変わっている。

「綱吉、くん…」

大丈夫なのかと心配になり、無意識にボソリと声が零れた。すごく小さな声だったはずなのに、綱吉くんはこちらにゆっくり振り返り少し口元を緩めて「待っていろ」と答えるのが聞こえた。いつもと違う強気な口調に少し脈拍がはやくなる。
雰囲気の変わった綱吉くんはさっきとは打って変わって冷静な判断によって獄寺くんたちの神経を麻痺させ、これ以上傷つけないようにしていた。
リボーンくんがいろいろ説明していたけど、難しいことはよくわからない。ただ、綱吉くんに流れているボンゴレの血統特有の超直感というものが働いているというのはわかった。

骸さんが第五の道、人間道を発動してさらに強くなっても、綱吉くんは全くひるまなかった。今目の前で起こっていることを他人事のように見てしまう。でも私もそのボンゴレに関わっていて、これは幻ではなく現実で。綱吉くんだってこの前までは普通に学校生活を送っていたはずなのに、こんなに仲間のことを第一に考えて、辛くても戦って。

二人がぶつかり合う度に私は小さく肩を震わせる。聞きたくない音、見たくないもの。それでもあとで記録しなくてはならないために私は目を逸らさない。怖くても泣きたくても、終わるまではしっかり見届けなきゃ。
自身に鞭を打ち、震えが止まらない身体を抱きしめるように目の前の光景を記憶に焼き付けた。色んなものを堪えるために唇を強く噛み締めても、痛みなんて感じることは無かった。


19.そして、決着

部屋が静まり返ったとき、塩と鉄の味の両方が口の中に広がった。

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