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案内されたのは昔映画館だった場所。ステージのほうにはボロボロではあるけどソファーが置いてあり、私はそこに座らせられた。

「少しそこで待っていてください」
「出掛けるんですか?」
「ええ、様子見に」

様子見…、綱吉くんたちがどうなっているのかを見にいくってことかな。ということはここに誰もいなくなるってこと?それっていつでも逃げ出せるってことになってしまうんじゃ…。
私の考えていることがわかったのか、骸さんは私に振り返りニコリと笑顔を貼り付けた。

「僕が戻ってくるまでの間、大人しくしていてもらいます」

するとどうしたことだろう。骸さんの赤い右目の数字が六から一に変わったと同時に、ソファーを囲むようにして檻が出現した。え、何、なんで檻が…閉じ込められた…?

「そこから出ようなんて馬鹿なことは考えないとは思いますが、余計なことはしないでくださいね」

その薄気味悪くも綺麗な弧を描く口元に、私はただ座ってビクリと肩を震わせることしか出来なかった。


骸さんが出ていってから私は大人しくソファーに座っていた。というより檻に閉じ込められてしまったので出られないんだけども。
こんな廃墟の薄暗くて広い映画館にポツンと一人だけ。一人暮らしには慣れているけどこの場所は何を考えたところで居心地はよくない。これならまだ骸さんといたほうがマシかもしれない。

それにしても、あの目は何だろう。目の数字が変わったのにも驚いたけど、急にこの檻が出てきたんだよね。魔法でも使えるのかな、いやそんなメルヘン見たことも聞いたこともない。
今考えたことに首を横に振るけど頭の中で某魔法少女の顔が骸さんに変わってしまった。…う、これはさすがにちょっと…。
そんな馬鹿なことを考えていると、魔法少女骸さん…、いやいやいや普通の骸さんが戻ってきた。収穫があったのか、さっきよりも機嫌が良さそうに見える。

「いい子にしていたようですね」

いい子も何もこの檻のせいでここから出られないです。骸さんが私のいるソファーまでくると、またどういうわけか私を閉じ込めていた檻があっという間に消えた。…え、どういうこと?

「檻はもう必要ないですね、僕がここにいますから」

そういうと、ゆっくりとした動作で私の隣に腰掛ける。え、ここに座るの…?じゃあ私がいたら邪魔になるよね、どいたほうがいいかな。
なんで敵に気を使ってるんだろうと思いながらも私はソファーから腰を上げる…、ことはできなかった。

「っ、わ…!」
「君もここに座っていてください。女性が立っているのに僕だけ座っているなんておかしいでしょう」

腰に腕をまわされソファーに逆戻りしてしまい、立つことは叶わなかった。そんな変なところで紳士的な態度とらないでくださいよ…!

「腕離してください…!」
「離したら逃げるでしょう?」
「セクハラは絶対に駄目です」
「心外ですね。君相手に下心を抱く程僕は愚かではありません」

それどういう意味ですか…!さらりと失礼な発言をする骸さんに思わず抗議したくなるが、入り口の方からドアが開く音が聞こえたことにより、ぐっと堪えて飲み込むことにした。
入り口に視線を向けると綱吉くんとビアンキさんとリボーンくんが入ってきたのが見えた。

「クフフ…、また会えて嬉しいですよ」
「君は…!もしかして捕まって、って…亜衣!?急にいなくなったと思ったらここにいたんだ、心配したんだよ!」

綱吉くんは骸さんの隣にいる私をみて青ざめながらその大きな目を丸くした。私のこの位置、完全に人質になっている…迷惑なんてかけたくなかったのに。

「ゆっくりしていってください、君とは永い付き合いになる、ボンゴレ10代目」
「え?なんで…」
「クフフ、僕が本物の六道骸です」

本物?それってどういうことだろう、偽物がいたってこと…?綱吉くんたち側にはいなかったためについていけない話を疑問に思っていると、綱吉くんたちの後ろからフゥ太くんが現れた。…え、なんでここにフゥ太くんが。
そんな疑問なんて次の瞬間には吹き飛んでいた。

「ビアンキ!」

ビアンキさんの身体からポタポタと赤い雫が滴り落ち、服が赤黒く染まっていく。そこに刺さっているものを手にしていたのは虚ろな目をしたフゥ太くんだった。
え、…なんで、なにこれ。フゥ太くんは今度は綱吉くんに狙いを定め、彼に武器を振るう。普段のフゥ太くんからは考えられない行動だけど、リボーンくんはこれをマインドコントロールと呼んでいた。… それって操られてるってこと?
私はゆっくりと隣の人物を見た。彼は不敵な笑みを浮かべながら楽しそうにしているだけ。これも骸さんの仕業、なんだ…。

隣に彼がいる以上、私は多分この場所から動けない。さっきみたいに動いても引き戻されてしまう。だからせめてもの抵抗の意味をこめて、未だに腰にまわっている手を思いっきりつねってやった。
小さな抵抗だけどそうくるとは思っていなかったらしく、骸さんは少し目を見開いてこちらに視線をうつす。つねって怯んだ隙に私はソファーの端までよってなるべく距離を置いた。

「あからさまにそこまで避けられると、少々悲しいですね」

そんなことちっとも思ってないくせに。威嚇をこめてジロリと睨んでみるけど静かに唇をほころばせるだけだった。

「やめろフゥ太!」

綱吉くんの声にハッとしてそちら側をみると、今まさにフゥ太くんが綱吉くんめがけて武器を振り下ろそうとしているところだった。駄目…っ、刺さる!

「おまえは悪くないぞ」

自分の命を奪う切っ先が今まさに目の前に迫っている中でも、静かに響き渡る綱吉くんの声にフゥ太くんの動きは止まる。「安心して帰ってこい」という言葉にフゥ太くんは痛みに耐えるように頭を抱え出し、そのまま倒れてしまった。

「彼、クラッシュしちゃったみたいですね」

フゥ太くんはこの10日間、ろくに寝ていなかったらしい。骸さんたちは綱吉くんの所在のあたりをつけて日本にきたけど特定はできなかったために、フゥ太くんを利用した。けど、だんまりを決め込んでしまったために前につくられた喧嘩ランキングを使って綱吉くんたちをあぶり出そうとしたのだ。
フゥ太くんは自分のつくったランキングのせいでこんなことになってしまったんだと、そう思ったのかもしれない。幼いなりにも責任を感じて、その小さな背中で背負うにはあまりにも重すぎる。

骸さんが何を考えているのかがわからない。あんなに小さな子供の精神を壊すまで追い詰めて、これから成し遂げようとしていることがそんなに正しいことなの…?

「人を何だと思ってるんだよ!」
「おもちゃ…、ですかね」

綱吉くんの怒りで震えた声とは対極的に、骸さんの声は艶めかしく落ち着いていてその重圧に押し潰されそうな息苦しさを感じた。
人をひとつの駒としか見ていない。私たちもその手のひら上で優雅に踊らされているんだ。


17.マリオネットを操る指先

「ふざけるな!」と勢いよく走り出したその先には楽しそうに笑みを零すシルエットがひとつ。

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