13


「綱吉くん、お待たせしました」
「亜衣!」

今日は夏祭りの日。一緒に夏祭りにいかないかと誘われたので今日の私は浴衣を着ている。水色をベースに様々な大きさの桜がたくさんあしらわれたものだ。

「あ、あの!えっと…、」
「どうしたの?」
「う、…その…」

綱吉くんが何か言いたそうだけど、なんだろう。疑問に思っていると、イーピンちゃんが浴衣の裾をくいくいっと引っ張った。そちらに視線をむけると反対側を指差す。そこにはチョコバナナの屋台があった。

「綱吉くん、イーピンちゃんがチョコバナナ食べたいみたい」
「え!あ、うん…わかった。すいません、一本ください」

綱吉くんが屋台の人に注文すると「おらよ」とぶっきらぼうに差し出される。あれ、この聞き覚えのある声…。そう思って顔を上げると、なんと屋台にいたのは獄寺くんと山本くん。
まさかこんなところで会うとは思わなかったけど、どうやら七夕大会のときに山本くんが壁を壊してしまったらしく、その修理代を払わなきゃいけないらしい。売らなきゃいけない本数は500本…かなり多い。

「お?なんだ亜衣。今日は浴衣着てんのな!」
「うん、一年に一度だからせっかくだと思って」
「いいんじゃねーか?似合ってるぜ!」
「あ、ありがとう…!」

まさか褒められるとは思ってなかったから恥ずかしいけどとても嬉しい。ふと綱吉くんを見ると、明らかにショックを受けたような顔をしていたので私は少し首を傾げた。
隣にいた獄寺くんには「けっ!馬子にも衣装ってやつだろ」と言われてしまったので中々胸が痛い。

「んなことより、おまえも店手伝え」
「え、私も?」
「人数は多いほうがいいだろ」

ちなみにいうと請求書は綱吉くん宛てになっているらしい。…リボーンくんの仕業だな。せっかくのお祭りだけど二人とも売上のために頑張っているし、私も何かお手伝いしなきゃね。
そのとき、まわりの人たちがざわめき出したので何事かと思いそちらに顔を向ける。「ショバ代用意しとけ」っていわれてるみたいだけど…?
獄寺くんのはなしによると、ここを取り締まっている人たちにお金を払うのが伝統らしい。そんな話初めて聞いたけどそういうのがあるんだ。
その話に聞き入っていると後ろからその人たちがこちらにも現れたようだ。

「5万」
「ヒバリさんー!?」

雲雀さんが取り締まってるの…!まだ中学生だよね?確かにこの人は並盛で凄い人だってよく耳にするけど。そんなことを考えながら雲雀さんをじっと見ていると、向こうもこちらに顔を向けた。

「…誰」

あの雲雀さん、会うたびに私に誰って聞いてませんか…!そんなに影薄いかな、せめて顔くらい覚えてほしいな…!

「ああ、君か。浴衣だから誰だかわからなかったよ」
「雲雀さん、もう三回くらい私と会ってます…」
「うるさいよ」
「ごめんなさい…!」

う…やっぱり怖い。トンファーを持っていないだけマシだけど、その切れ長の目でジロリと睨まれてしまうと足が竦みます…。


しばらくお店を手伝っていると、浴衣姿の京子ちゃんとハルちゃんがやってきた。

「亜衣ちゃん、お店やってたんだね!」
「うん、お手伝いだけどね」
「えらいですねー!でも残念です。みんなで花火見ようって言ってたんで」

花火かあ、みんなで一緒にみたいな。せっかくお祭りにきたんだから定番の花火はみるべきだよね。でもお手伝いあるしな…。

「全部売っちまえば花火見にいけんじゃん?」

山本くんの言葉にハッとする。そうだ、早く売ってしまえばそれだけ時間ができるよね。

「じゃあ、がんばって早く終わらせちゃわない?」
「10代目のお望みとあらば!」

最初はなかなか上手くいかなかったけど、山本くんの持ち前の爽やかさとか、途中出会った大人イーピンちゃんのお陰で残り一箱売れば完売というところまできた。

「ワリーんだけどさ、5分ほどはずしていいか?」

山本くんは毎年やっているボールの的当てに行きたいらしくて、お客さんが少ない今がチャンスだと言う。獄寺くんもトイレにいくといって出て行き、リボーンくんは踊ってくると言って、屋台に残ったのは私と綱吉くんだけになった。

「あともう少しで花火見に行けるね」
「そうだね。神輿(みこし)見終わったお客さんとかきてくれるかなー」
「頑張って売らないとだね」

綱吉くんがチョコバナナのところにいるので私は売り上げのお金まわりをみてようかなと思い、そちらに顔を向ける。するとタイミングがいいのか悪いのか、その売り上げに手を伸ばしている誰かが目に入ったので私は咄嗟にその箱を掴んだ。

「何してるんですか…!」
「チッ!」

ほぼ同時にその売り上げの箱を掴んだ私とその男の人だけど、その人は片手で箱を掴んだままもう片方の手で私の肩を思いっきり強く押し突き飛ばす。

「ぅあ…ッ!」
「え!亜衣!?」

そのまま私は後ろに積み上げられていた空の段ボール箱に衝突して倒れ込む。綱吉くんは青い顔をして私を見たが、その隙に男は売り上げ箱を持って立ち去ってしまった。

「亜衣!大丈夫!?」
「うん、大丈夫だけど…ごめんなさい。売り上げ盗まれちゃって…!」
「オレ追いかけてくるよ!亜衣はここにいて!」

そういって綱吉くんは一人でいってしまった。…どうしよう、綱吉くんにはああいわれたけど私もいったほうがいいよね。もっとちゃんと私が注意していれば盗まれなかったかもしれないんだし。そう思っていると、少し席をはずしていた山本くんと獄寺くんが戻ってきた。

「ん?どうしたんだ亜衣、そんな段ボールのとこで」
「あ…さっきひったくり犯が現れて、ここの売り上げ箱が…!」
「ひったくりだぁ!?10代目はどこだ!」
「それが、一人で追いかけていっちゃって…」

私の言葉に二人とも血相を変えて綱吉くんの後を追った。私もいかなきゃ!



あ、足が疲れた…。普段こんなに走らないし、ここの階段は長すぎる。階段を登りきって綱吉くんたちのもとについたころにはすでに決着がついていた。
もちろんこちらの勝利である。よくみると、ひったくり犯の中にこの前のライフセイバーの人たちが混ざっていた。この人たちが主犯だったのね。

「ねえ」

声を掛けられて私は顔をあげる。そこにいたのは雲雀さんだった。え、なんでこんなところに。雲雀さんもひったくり犯追ってたのかな。

「これ、君たちの売り上げ金でしょ」

差し出してきたのはさっきひったくられた売り上げの箱。取り返してくれたんだ。

「本当は、ひったくられた金は風紀が全部いただくつもりだったけど、これは君たちに返すよ」

前半部分、何かすごいこと言った気がする。でも返してくれるというならありがたく受け取ろう。もともと私たちががんばって売って稼いだお金だもの。

「あ、ありがとうございます」
「…君、また怪我したの。右手の甲」

売り上げ箱を受け取ると雲雀さんにそう指摘され、私は右手の甲を見る。確かに甲の端から端にかけて一本の切り傷がついていた。
あれ、全然気がつかなかった。さっき段ボール箱に突っ込んだときにどこかに擦っちゃったのかな。こんなに大きな傷だけど、あんまり痛くない…傷自体は浅いのかもしれない。あとでガーゼか何かを貼っておけば大丈夫かな。

「…気をつけなよ」

雲雀さんの去り際の一言に一瞬何を言われたのかわからなかったけど、まさかそんなこといわれるとは。心配してくれたって思っていいのだろうか。
あ、そういえばみんなは?キョロキョロしていると、ボロボロになって地面に座り込んでいる三人を見つけた。

「みんな!大丈夫だった?」
「うん、なんとか。ヒバリさんも来てくれたし」

やっぱり一緒に戦ってたんだね。私が雲雀さんから受け取った売り上げ箱を見せるとみんなホッとしたような顔をした。
そのあと京子ちゃんとハルちゃんたちがこっちにやってくるのが見えた。どうやらこの場所が花火がよくみえる場所らしい。それぞれ階段に座ったりしながら夜空に上がるキラキラした花火を見ては目を輝かせていた。

「…あの、亜衣」
「ん?何?」

私の隣に座っていた綱吉くんがこちらに顔を向けたので、私も花火からそちらに視線をうつす。

「えっと、…そ、その浴衣、すごく似合って、る」

暗闇でもわかるほどに綱吉くんの顔は真っ赤になっていてドキリとする。私自身も顔が熱くなり脈拍が早くなったのがわかった。あれ、山本くんに言われたときはただ嬉しいって思っただけなのに…。

「ほ、ほんとは会ったときに言おうと思ってたんだけど、山本に先に言われちゃってさ」

頭に手をやりながらはにかむ表情が花火によって照らされていた。何だろう、ほわんと胸があったかくなるような、それでいてきゅうっと締め付けられるようなこの感じ。

「あ、あり、がとう…!」
「う、うん」

絞り出すようにして発した声は花火の音でかき消されてしまいそうなくらい情けないものだったけど、それでも綱吉くんはしっかり拾ってくれた。
私の中で何かが変わろうとしている。それに手を伸ばすのはまだ少し怖くて、でも何故か気になってしまうもので。

大小様々な花火が輝く中で、一際小さな花火がヒュルルーと情けない音を立てながら夜空へ舞い上がった。たくさん打ち上げられる花火の仲間に入ろうと一生懸命上まで登っていき、白くて小さな花を夜空に咲かせた。


13.小さなきっかけ

「おまえにしてはやるじゃねーかツナ」
「聞いてたのリボーン!」
「オレからしたらまだまだ甘っちょろいけどな」
「う、うるさいなー!」

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