08


放課後、私は日直だったために普段より少し帰りが遅くなった。日誌を職員室に届けたときに、そこにいた先生に「沢田に渡しておいてくれ」と渡されたものがある。プリントが束になって封筒に入っているこれは多分課題だろう。
何で私に頼むのかと思ったけど、最近よく一緒にいるのは先生にもお見通しだったらしい。私の家の方向とは違うけど、沢田くんに渡すために彼の家へと向かっているときだった。

沢田くん家の前に女の子がいる。でもうちの学校の制服ではない。その女の子は沢田くん家の塀にぴったり背中を預けて家を伺うようにしているのだ。
何だろう、不審者…ではないと思うけどすごく入りづらい。でも私は沢田くん家に用がある。

「…あの、」

とりあえず、声をかけてみることにした。素通りしたところで向こうから何かしらアクションがあるだろうし、それならこっちから話しかけたほうがスムーズに事が運ぶかもしれないからだ。
女の子は「はひっ!」と驚いて私に視線を向けた。

「この家に、御用ですか?」
「は、はい!ツナさんに会いにきたんです!」

あ、なんだ、沢田くんの知り合いだったんだ。それなら話が早いと思い、二人で塀の中に入った。彼女は三浦ハルちゃんというらしい。とっても元気でアクティブな子だ。
呼び鈴を鳴らして出てきたのは沢田くん本人だった。

「亜衣?それにハル!?どうしたの二人とも!」
「ちょうどここを通りかかったんで、ツナさんに会いにきたんですよー!この後ハルは別の予定があるので帰らないといけないんですけど」

そういうハルちゃんはすごく残念そうな顔をしている。

「予定?」
「はい!お父さんと買い物にいくんです!リボーンちゃんにも会いたかったんですけど残念です…。それではツナさんに亜衣ちゃん、また今度です!」

ぴゅーっと走っていってしまったハルちゃんはまるで嵐のようだ。予定あるのに沢田くんに会いにくるなんて、女の子はすごいな。

「…あ、亜衣はどうしたの?」
「私?あ、そうだ。私はこれを渡しにきたの」

はい、と渡したのは先生から預かった封筒。中身をみたときの沢田くんの顔は真っ青だった。

「じゃあ、私は帰るね」
「え?」
「え?」

帰るという私の言葉に素っ頓狂な声をあげる沢田くんに、私も聞き返してしまった。何か変なこといったかな…。沢田くんは何かしら言いたそうに目を泳がせているけど、どうしたんだろう。

「えっと、少し、上がってく?わざわざ来てもらっちゃったし、そのまま帰るのも何か、こう…、」
「沢田くんがいいならいいんだけど、何度も上がるのってどうなのかなって思っちゃうんだけど…」
「全然大丈夫!それに母さんたち買い物いってて、今オレしかいないから」

本人がいいというなら、せっかくだし上がろうかなと考える。そのとき沢田くんは何を思ったのか、急に顔が真っ赤になった。

「あ、いやその、変な意味とかじゃないからね!?オレしかいないけど、その、また飲み物とか出すし!えっと…、あああ!」
「落ち着いて沢田くん…!」



「はい、これ亜衣のぶん」
「ありがとう」

なんとか真っ赤になってしまった沢田くんを落ち着かせて家に上がらせてもらい、お茶をいただく。いつもは子供たちがいるから賑やかだけど、今はすごく静かだ。ふと、さっき渡した封筒が目にはいる。

「これって何のプリントかな?」
「そうだね。えっと…、うわ、数学だ」
「それって沢田くんだけ?私はもらってないけど…」
「多分、いつもテストの点数が良くないから、かな。オレ、ダメツナって呼ばれてるし」

そういう沢田くんの表情は悲しいけど認めているような顔。確かに勉強も運動も苦手みたいだけど、それでそういうあだ名がつけられるのはとても辛い。

「…でも、沢田くんは優しいよ」
「え!?」
「最初に会ったとき、変なこと言った私に謝りに来てくれたし、獄寺くんと山本くんと一緒にいるときも本当に楽しそうで、私がボンゴレに関わるのにも最後まで反対してくれたし」
「…それは、だって、危ないから」
「うん。そう思ってくれたってことは沢田くんはすごく優しい人なんだなって思ったの」

こんな優しい人がマフィアのボス候補だなんて、100人が100人信じないだろう。まだ話すようになってから間もないとはいえ、どんなあだ名であってもそういうところが彼のいいところだと思う。
私が言い終わった瞬間にまたしても沢田くんは真っ赤になってしまった。

「…〜もう、亜衣!なんで、そんなことサラッと言っちゃうんだよー!」
「えっと…本心だよ?」
「だから…っ、ああもう!」

真っ赤な顔で頭を抱えてこちらをジロリと見てきたけど、私はよく分からず首を傾げた。

「…女の子に口説かれるってどういうことなんだよ」
「え、私口説いてないよ」
「無自覚かよ!」

そ、そっか、優しいっていうのは沢田くんにとっては口説き文句に分類するのか。でも普通に褒めてるつもりだったんだけど…。

しばらく二人で話を続けていたらあっという間に一時間が過ぎた。さすがにこれ以上お邪魔するのはまずいかな。

「そろそろ私は帰るね。長居するのも悪いし」
「あ、うん。もうそんなに時間経ってたんだ」
「楽しいと時間が早く感じるね」
「…!う、うん。そうだね」

…今の間はなんだろう。今日の沢田くん、そわそわしているというか、ちょっとだけいつもと違う気がする。

「じゃあ沢田くん、また明日ね」
「あ、ちょっと待って!」

立ち上がろうとしたときに急に呼び止められる。

「あの、さ、亜衣もオレのこと名前で呼んで?」
「名前?えっと…ボス」
「名前じゃないし!」
「10代目」
「それ獄寺くん!」

少しだけいたずら心が湧いてきて言ってみたはいいけど、名前か…。あんまり男の子のことを名前で呼んだりはしてこなかったけど、沢田くんとは最近よく話すし、これからボスになるかもしれない人なんだもんね。

「…綱吉くん」
「うん…え?あ、いや…ツナって呼ぶんだと思ってた」
「そう呼ぼうかとも思ったんだけど、未来のボンゴレボスに向かってツナって呼んだら私殺される気がして」
「亜衣ってオレをどんな風に見てんの!?」

というのは冗談だけど私は男の子を名前呼びもあだ名呼びもしないので、どちらかを選ぶなら普通に名前で呼んだほうが気が楽なのだ。

「改めてよろしくね、綱吉くん」
「うん、よろしく、亜衣」

お互いそういいあうと自然と笑みがこぼれた。苗字で呼び合っていたときよりは仲良くなれたのかな?


08.少しずつ縮まる距離

「オレがいねー間に何色気付いてやがるツナ」
「うわあリボーン!?いつからそこに!?」
「死ぬ気弾一発いっとくか?」
「やめろよ!亜衣もいるのに無闇にあんな格好できるわけないだろ!」
「減るもんじゃねーだろ」
「減るよ!オレの心が!」

BACK

- ナノ -