03
今日も快晴。ちょっと暑いけど私は外に用事があったので、お昼休みに校舎裏に来ていた。今日のゴミ捨ての当番は私。教室のゴミ袋や校庭などで出たゴミはまとめておいておく場所があるので、重くはないけど大きなゴミ袋を二つ持ってその場所へと向かった。
歩いている最中、何かがドンドンと当たる音がした。それは私が向かおうとしている場所からだ。何かがぶつかっているような音。工事でもしているのかなと思ってその場所へと向かうと、ようやく見えて来たのは、
「…人、?」
地面に倒れている、人、人。血は出ていないようにみえるけど殴られたような跡があるのはよくわかり私は息を飲む。
ピタリと足を止めたがもうすでに遅かった。その倒れている人たちの真ん中で立っているのは、誰でも見覚えのある制服。ただこの学校の指定服ではなく黒いズボンにワイシャツ、そして腕には"風紀"と書かれた腕章。
この人は危険だ、と信号が鳴り響く。けど足が動かない。私が向かう先はすぐそこだけどまるで地面に足が縫い付けられたように動かない。
くるりとその人がこちらに振り返った。倒れている人たちを殴り倒したときに使っているトンファーを持ったまま、彼の視線は私を捉える。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだろうか。獲物を捉えるような視線にぞくりとする。冷や汗が流れて口の中もカラカラになってしまう。けど視線を逸らそうにもこちらが逸らした瞬間に襲われるような気がしてそれが出来ない。
「…君、」
「…、!」
「僕に何か用」
疑問形になっていない質問に私は口をぱくぱくさせるだけだった。でもこのまま何も言わないのも無視していることになり余計に立場が悪化しそうだ。
乾きすぎてカラカラになってしまった口を何とか動かし、少しでも油断すると叫んでしまいそうな喉を無理やり抑えるようにして声を発する。
「そ、掃除当番なので…ごみ捨てに、来ただけ、です、…」
これ以上答えようがない。この答えに彼が満足しようがしまいが、私にはこれが事実なのだから。
だが彼は私が持っているゴミ袋を見て納得してくれたのか、それ以上は何も言わずそのまま去っていった。
ぼとり、とゴミ袋を地面に落とした。足が震えてしまい、立っていられなくなって制服が汚れるのも気にせずに私はその場にへたり込んだ。
襲われなくて良かったと思う反面、さっきの視線を思い出して私は自身を抱きしめるように両腕をぎゅうっと掴んだ。
学校中が、先生でさえ彼を恐怖するのは今みたいな目にあったからなんだろうか。彼を見たことは何度かあるけどこうやって個人的に話しかけられたのは初めてだ。
ただ話しかけられただけ。それだけなのにこんなにも恐怖を感じたのは生まれて初めてだった。
いきなり出会った人に怖いだなんて言われたら憤慨する人もいるだろうけど、それだけ噂が立っている上に目の前でこんなに人が倒れていたらどうしても噂の方を信じてしまう。
実際私はすごく怖かった。まるで感覚がなくなってしまったかのように、足はピクリとも動かなかった。
「うわあ!?な、なんだよこれ!?」
突然聞こえた声に少しだけ顔を上げる。この声は最近仲良くなったと思われる、あの人の声だ。
「桐野さん大丈夫!?」
沢田くんは周りに倒れている人たちと、地面にへたり込んでいる私を交互に見ながらギョッとしていた。
「だ、だい、じょぶ…」
うまく口が回らないけどいつまでもこうしているわけにはいかないので、掴んでいた腕から手を離す。
大丈夫、もうあの人はいない。多分だけど、あの時は私が誰とも群れていなかったから手を出してこなかったんだ。そういう意味では一人で当番をしてよかったと感謝だ。
「…手、震えてるよ?」
私の手の上に、壊れ物の扱うかのようにとても優しく沢田くんの手が添えられた。私とそう変わらない大きさの手。でも今の私にとってはとても頼もしく感じる。
「…この状況見れば何となく想像できるけど、大丈夫?何もされなかった?」
「…うん。一言、二言、会話した、だけ」
あれを会話と呼べるものなのかはわからないけど「そっか、それならいいんだ」と、ふわりと笑う沢田くんに私の震えはだんだんと落ち着いていった。何だろう、とってもあったかくて不思議な感じ。
「そういえば、沢田くんは何でここに?」
「桐野さんが一人で当番してるってきいて。オレ、特に何もすることなかったから手伝おうと思って」
本当にこの人は優しいんだな。と同時にじゃあもう少し沢田くんが来るのが早かったらきっとあの人に襲われてたんだろうなーと考え、複雑な気持ちになったのは黙っておこう。
「ありがとう」
「う、うん…!」
お礼を言ったら沢田くんは少しきょどりはじめたので私は少し首を傾げた。何か変なこといったかな。
「…それより、この人たちどうしよう」
私はまわりに倒れている人たちを見る。一人ならまだしも軽く十人はいるので、とてもじゃないけど二人じゃ運べない。だからって放置するのも…。
「あ、じゃあシャマルのとこにいこうよ!」
「…しゃ、まる?」
「えと、保健室にいる先生だよ」
そういえばそんな名前だったっけ。保健室なんてほとんど行かないから会ったことないな。…リボーンくんといい、この人も日本人の名前じゃないんだね。
「失礼します、シャマルいますか?」
沢田くんがガラリと保健室のドアを開ける。私も隣に立って中をのぞいてみた。保健室独特の匂いがする。けど中には誰もいない。さっきまで座っていたかと思われる椅子が引いた状態になっているだけだ。
「あれ、いないのかな」
「職員会議とか、かな?」
「いやあ、シャマルの場合違うと思う」
私の言葉に否定した沢田くんの顔はすごく呆れたような表情だ。一体どういう…、
「かわい子ちゃん発見。どっか痛いとこでもあんの?オレが診てやろーかー?」
突然後ろから体重がかかったと思ったら、いつのまにか肩に誰かの腕をまわされていたので思わずビクリと身体が震えた。
「シャマル!」
「ん?なんだおめーかよ。オレは男は診ねーっつったろ?帰った帰った」
「相変わらずひでー!」
沢田くんとシャマルと呼ばれた人が何やら言い争っているけど、とりあえず私の肩から腕をどけてくれませんか…!ある意味ではさっきのあの人より危険人物かもしれない。
私は特に空手や護身術は習っていない。どうすれば抜け出せるのかもわからないので、取り敢えず動かせる右の肘で後ろの人のお腹目掛けてグッと力を入れてみた。
「がふっ」
「わー!シャマル!」
「あ、抜け出せた」
結局そのあと校舎裏で倒れている人たちを診てやってくれないかと頼んでみたけど全員男だったためにあっさり断られてしまった。倒れてる人たちには悪いけど、ごめんなさい!
03.変態はお断り!
「沢田くん」
「何?」
「私もう二度と保健室来ない」
「顔が真顔なんですけどー!?」
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