ハリネズミたちの一歩


  微かな音を聞き留めて、臨也はキーボードをたたく指を止めた。そっと耳を澄ます。
 ドアが開く音。
 玄関に座り込んで、靴を脱ぐ音。
 足音を立てないように、廊下を歩く音。
 そして、そっとドアを開ける音。
「おかえり、シズちゃん」
「っ――、おう、ただいま」
 彼がリビングの扉を開けるタイミングを見計らって声を掛ける。
 臨也からの言葉に驚いたように、肩を揺らした静雄だったが、すぐに柔らかく表情を緩めた。
「おそくなってわりい。今日俺の番だったよな。今から飯つくるな」
「――うん、ありがとう。あ、サラダだけは冷蔵庫に作ってあるから」
「サンキュ」
 電気をつけていないので、室内は窓から入る夕焼けの光が赤く差し込んでいた。その光をうけて静雄の髪が揺れるときらきらと輝く。それを臨也はきれいだと思った。ところが、一度キッチンに姿が消えた静雄がぱたぱたとスリッパを鳴らして戻ってきたと思ったとたん、薄暗い部屋に入る夕日は人工の白色灯の明かりにかき消されてしまった。
「目ぇ、悪くなっちまうぞ」
そう言った静雄がパチリと室内灯のスイッチを入れたのだ。
「いい加減、電気くらい気にしてやらねえと老眼が来るのがはやくなるぜ。トムさんも最近書類を遠ざけて見てるし。てめえもひとごとじゃねえんじゃねーの?」
「はいはい」
 臨也は肩を竦めた。
 わかってはいるが集中しているとおろそかになってしまう。静雄に指摘されたのは癪だが、今回ばかりは静雄の方が正論だ。
「あとどれくらいかかるんだ?何分?」
 黒いエプロンを身に着けながら静雄が臨也に問う。
「んー。四十分はほしい」
「言ったな。守れよ。このやろう」
 静雄は臨也に念押ししてから踵を返した。
 先日、臨也が「あと少し」と答えたまま仕事に集中しすぎて、夕飯が冷め切ってしまったのをまだ根に持って覚えているらしい。
「もちろん」
 人工の明かりの下でもキラキラと輝く金髪がキッチンに消えた。静雄の髪は金髪に染めているせいで、年齢を感じさせない。いつまでも変わらないでいるような気さえしてしまう。
 だが自分たち二人は、今まで生きてきた時間の間で、出会ってからのほうが長くなるほど年を取ったし、池袋で暴れまわっていたころからは信じられないことだが、今は恋人という関係に落ち着いた。そして今このマンションに二人で同棲して三か月が経つ。
 二人が出会ったのは高校一年の春だったが、今年で二人とも四十二才になるのだ。



「ちゃんと時間通りだな」
「約束は守る方だからね」
 臨也がそう言い切ると静雄は、じとっとした視線を臨也に向けた。
「――悪かったって」
「べつに」
 向かいの席で静雄がぶすくれているのを苦笑交じりに臨也は見やる。
「おいしそうだね」
 臨也は視線を食卓に向けた。
 食卓の上には、親子丼とみそ汁。副菜として、れんこんの煮物と臨也が作っておいたサラダが並ぶ。
「――誤魔化しただろ」
「……まっさかあ。気のせいでしょ。――いただきます」
「――。いただきます」
 臨也がさっさと手を合わせて箸を取ると、静雄は釈然としない様子で舌打ちしたものの、すぐに自身も手を合わせる。
 食卓で「いただきます」をしっかりというのは、静雄の家庭の習慣だった。
「おいしいよ」
「――そうか」
 臨也がそう言うと、静雄は照れたようにそっぽを向いた。このやりとりは静雄が当番の時にこれまでも幾度も繰り返したから、もうなれてもいいだろうに、静雄はいまだに照れるらしい。もっとも臨也もそんな静雄の様子を見たいからこそ、毎回のように繰り返しているのだけれど。
 静雄は眉間にしわを寄せて無言でみそ汁を啜った。
 臨也は引き際かと話題を変える。随分と彼の機微に敏感になったものだ。
「そういえば、幽平くんのドラマ、今日からだったよね」
 臨也の言葉に静雄は、こくんと頷く。同じ無言でも、あからさまにホッとしたような雰囲気を見せる。
 臨也が一度池袋を去る前も人気俳優だった静雄の弟――羽島幽平の人気は衰えることを知らず、あれから十年以上が経っても、彼が出るドラマは高視聴率をたたき出している。
「何時からだっけ?」
「十時から大王テレビで」
 さすがというべきか、静雄は相変わらず弟の出る番組のチェックはしっかりしているらしい。
「ふーん。予約は?入れた?」
「直接見られる時間だから、入れてない。入れ方もわかんねえし」
今日の夕飯を作るときに時間をきっちりと聞いてきたのは、テレビの時間もあったためなのかもしれないと臨也は思う。
「いい加減覚えなよ。そんなに難しくないじゃん」
「うっせーなあ。今まで録画できるテレビなんて持ってなかったんだからしょうがねえだろ」
 負け惜しみのように静雄が言った。
「はいはい。じゃあ一緒に見ようか。ついでに録画の仕方も教えるから」
「別に見えればいい」
 むすっと静雄が言うのを遮って、臨也は言葉を紡いだ。
「仕事で遅くなることだってあるでしょ。予約入れとけば後からも見られるしさ」
「――ん」
 しぶしぶと静雄が頷く。これから年の瀬にむかうにつれて静雄の取り立ては量も額も増えて忙しくなるはずだ。
 正直なところたとえ見逃したとしても、あの弟は出演した作品のDVDボックスを必ず兄に送り付けてくるので見そびれることはない。今までは広くない静雄の部屋のスペースを考えてそれなりに厳選していたらしいのだが、静雄が臨也と一緒に暮らすようになってからは、出るものすべて送ってくるようになっていた。それに対して、臨也としては思うところがないわけではないが、それでも静雄が上機嫌になるのを見ると、つい許してしまう。だから静雄の部屋は羽島幽平のDVD資料館のようになってしまっている。
だが、静雄の中では、毎週見るということに、意義と価値を見出しているらしく、何とか見ようとしている。
臨也はちらりと時計を見た。
「今九時十五分か。片付けは俺やるから、食べ終わったらシズちゃんは先にお風呂入ってきちゃいなよ。眠くなるでしょ」
「んー……そうするか」
 静雄はこくりと頷くと、どんぶりを抱えて残りの親子丼を口の中に掻きこんだ。



「片付けサンキュなー」
 臨也が片付けを終えて、リビングスペースのソファに腰かけていると、後ろから静雄が声を掛けてきた。臨也が振り返ると、パジャマに着替えた静雄が、タオルを手に立っている。
「もともと当番だしね。あったまった?」
「ん」
 臨也が問いかけると静雄はこくりと頷いて、臨也の横に腰かけた。
ちらりと横に座る静雄を見やる。
その髪の毛からぽたぽたと水が垂れているのを見とがめて、臨也は顔を顰めた。
「髪の毛濡れてるじゃん」
「んー……。乾かしてると時間かかっちまうだろ」
 あくまでも、ドラマに間に合うように出てきたらしい。
「風邪ひいちゃうでしょー……」
臨也はため息をついた。そして、静雄のかぶったタオルに手を伸ばす。
「ほら……」
 パシン。
 伸ばした手がタオルに、そして静雄に触れそうになった瞬間、臨也の手は軽い音を立てて、撥ね退けられた。
「っ――。」
「っあっ、わり……。大丈夫、――じぶんでやる」
 臨也が静雄に目を向けると、静雄は気まずそうに視線を彷徨わせた。
「そっか。ごめん」
 行き場のなくなった手を自分の前に下して、リモコンを手に取る。手持無沙汰だったからだ。
「――……」
「……――」
 二人して同じソファで隣同士に座っているのに、どこか距離を感じる。
 この距離は、臨也が静雄と恋人という関係になってからずっと保たれている。会話や雰囲気は柔らかく、暖かな空気さえ感じる。なのに、臨也が静雄に触れそうになると、静雄はこうして拒絶するのだ。そのたびにぴりりと緊張した空気が流れる。
 静雄がぽつんと口を開く。
「――録画」
「ん?」
「髪の毛乾かすから、録画設定しといてくれ。たぶん間に合うと思うけど」
「――わかった」
 のそりと静雄がソファから退いた。それを臨也は肩を竦めて見送る。
「……」
 再び浴室に消えた背中を確認して、そっとため息をついてテレビに向き直る。
 半ば作業のように録画を設定して、すぐに見られるようにテレビのチャンネルも合わせた。
 そうして役割の終わったリモコンをテーブルに放る。
 ソファの背もたれにもたれかかって、深く腰掛ける。先ほど静雄に撥ね退けられた右手で顔を覆った。
「――まだ、だめ。か……」
 静雄と恋人になって一年。同棲を初めて三か月。
いまだに彼に触れたことがない。



「意外と面白かったね」
「意外とってなんだよ。幽のドラマだぞ」
「……脚本とか話の運び方は、幽くんじゃないでしょ」
 静雄が髪を乾かして帰って来た後は、先ほどの妙な空気は感じさせないほどになっていて、いつも通りに話もできるようになっていた。
 ドラマの感想を二人で話しながら、寝室に向かう。
 おかしなことだが寝室とベッドは同じなのだ。触れることはないのに、体温を感じる距離にはいられるのだ。眠っている間にぶつかってしまうことだってあったはずだが、それは気にしていないようだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おう。おやすみ」
 臨也が声を掛けてヘッドランプを消すと、静雄はあくび混じりにそう言葉を返した。息を顰める臨也とは別に、すぐに静雄の寝息が聞こえてくる。
 三十分か、一時間か――。とにかく、静雄が完全に寝付いたのを見計らって、臨也はそっと寝返りをして背後を振り返った。暗がりの中に規則的に上下する静雄の背中が見える。同じベッドに眠っているのに、背中合わせで顔を見ずに眠るのは同棲を始めた当初から変わらない。恋人関係のいい年をした大人が二人そろってベッドに入っているのに、ただ添い寝をするだけというのも変な話だが、事実だ。
 静雄の肩から布団が滑り落ちてむき出しになっているのが目にとまった。そっと手を伸ばして、掛け布団をかけなおしてやる。
「――……」
 逡巡した後、静雄の髪に指先を伸ばした。
 四十を超えても変わらない静雄の金髪に指先が掠めそうになった途端、ぴくりと指先が止まる。まるで、触れられないようなガラスでもあるかのように、それ以上は手を伸ばせなかった。
 喉の奥でくっと笑った。
 静雄も敏感に臨也が触れることに反応するばかりが、付き合いを始めてからの性的接触のなさの原因ではない。臨也もまた、静雄に触れられずにいるのだ。
 今のように布や、タオル越しであれば躊躇なく触れるのだが、直接触れそうになると、意識に反して体が勝手に躊躇してしまうのだ。
(無意識――ってやつなのかな)
 胸中で苦々しく呟いた臨也はそっとベッドから抜け出した。
 音を立てないよう静かに部屋も抜け出ると、リビングスペースに置かれている二人掛けのソファに腰を下ろした。触り心地の良いソファの生地を撫でるように手を伸ばし、そのまま体をよこにたおした。長くため息を吐き出す。
 臨也の胸中は、後悔に似た後ろ暗い気持ちに満ちていた。
 付き合いが始まって、体の関係はないが、臨也は静雄の体を知らないわけではない。
 相手に対する感情に自覚がなく、ただただ嫌悪だと信じていた頃――臨也が静雄と対峙し、池袋を去るようになる前までは、臨也と静雄には体の関係があった。
 感情の通わない、ただ快楽だけを求めて熱を吐き出すためだけの性行を交わすだけの関係――いわゆるセフレと呼ばれるような関係だったのだ。



「……っ、ふ、――ぁっ」
 歯を食いしばるように、声を殺していた静雄が、わずかに声を上ずらせて、体を震わせた。
 それとほぼ同時にベッドの上で四つ這いになっていた静雄の腕から力が抜けて、ずりずりと上体がシーツの波に溺れる。
 荒い息遣いと同時に彼の肩が上下するのが見て取れた。
「――イったの?後ろだけで?――シズちゃんもずいぶん慣れてきたねえ」
 臨也は嘲りの感情をわかりやすく声に乗せて尋ねたが、その言葉への答えはなかった。
「-―」
 静雄の頑なな姿勢に、臨也は舌打ちをすると、一度止めていた律動を再開させる。静雄のことなどを少しも考慮しない、自分の快楽だけを得るためだけに腰を進める。
 つながった部分から、ぐちぐちと淫靡な湿った音が響く。
 イった直後の身体は過敏になっていたようで、静雄は逃げようとするかのようにわずかに指先を彷徨わせた。だが、その間さえも与えないくらいに、臨也が腰を掴んで引き寄せる。
「っ、ひっ―――、あ、ぅ……っん、」
 わずかに漏れ出る静雄の低い嬌声に、臨也はほくそ笑む。
 臨也はこの瞬間が嫌いではない。普段、臨也の思い通りになることのない、平和島静雄が自らの下で呼吸を乱し、喘いでいる。まるで化け物の調教に成功でもしたかのような得も言われぬ様な高揚感すらあった。
 たとえそれがこの一瞬だけのものであっても。
 腰を掴んでいた手を前に回し、再び硬さを取り戻した静雄の屹立に指を這わせる。
「ぅ、……っくぅ、さ、わんな、」
 先端を擦るように撫でまわし爪をたてると、静雄が声を引き攣らせた。
「やーだ」
 懇願するような彼の言葉に、語尾にハートマークでもつきそうなくらいにわざとらしく甘い声を耳に吹き込む。
 臨也は一度おおきく腰を動かして自身の性器を引き抜くと、静雄の肩を掴んで、仰向けに体を返す。
 静雄の顔に困惑がうかぶ。けれど、その瞳にはたしかにとろんと快楽が滲んでいた。
「気持ちいいの?シズちゃん。こんな、生産性のない男同士のセックスで、きもちいいんだ?もうさっきもイっちゃったしね」
 臨也は、にたにたと笑いながら嘲ると、静雄の頬がかっと朱に染まる。瞳に浮かぶ感情が怒りに変わる。静雄が口を開こうとする瞬間を見計らって、再び、性器を最奥にまで貫く。
「シズちゃん、きもちわるうい」
 目がこぼれそうなほどに見開いた静雄の耳元にそうささやいて、ひときわ大きく打ち付けた。
「〜〜っ、あ、……ぅあっ、ンッ、ああっ」
「――くっ……う、」
 静雄が抑えていた声をこらえきれずに再び達する。それとほぼ同時に、臨也も熱を吐き出した。
 部屋には二人分の荒い息遣いだけが響く。しばらく、二人とも無言のままで息を整えていた。
「……どけ」
 臨也から身を離そうと、静雄は臨也の肩を押した。
 無言のまま臨也が体内に埋め込んでいた楔を引き抜くと、静雄は軽く舌打ちして身をよじる。
「……帰る」
「――そのまま?」
 臨也が問うと静雄は、また大仰に舌を鳴らした。立ち上がって、のそのそとあるいて向かう先は、部屋の出入り口ではなく、バスルームだろう。
 臨也はその背中が見えなくなるのを確認してからベッドに体を投げ出した。ぎしりとベッドがきしむ。
 いい加減に決めたラブホテルのベッドは、その質と比例してかやたらとベッドのスプリングがぎしぎしとうるさかった。
 ぐぐもった水音が薄い壁の向こうから聞こえてくる。その音から逃げるように、臨也は横向きに体勢を変えて背中を丸めた。
 先ほどまでの高揚感は、嘘のように消え去っていた。いくら臨也が静雄を組み敷いて、静雄を制したと思ったとしても、性行が終わってしまえば元通りで、ただのまやかしでしかない。
 無意味な行為だ。生産性もなく、情が通うわけでもない。最初こそ臨也が戯れに静雄を騙すようにして薬を盛って静雄を組み敷いたことから始まった関係だ。
ただの性処理と同じようなものだ。そう静雄に告げると、それ以降は誘えば静雄は自らの脚で指定されたホテルまでやってくるようになった。静雄も気持ちいいとか、ちょうどいい性処理くらいに思っているのだろう。こうしている行為の間、決してそんなことは口に出すことはないが。
「――……帰る」
 いつの間にかシャワーの音は止んでいた。静雄は、そう告げるが、臨也は静雄の声に返事を返さなかった。
 体を丸めて背を向けただけだ。背中に静雄の視線が突き刺さる。けれど、臨也は無言を貫き通した。
 静雄はしばらく険のある視線を向けていた。しかし、小さな舌打ちが聞こえた後、歩く気配がして、バタンとドアが閉まった。
帰ったのだろう。
 部屋にしんとした空気が落ち、臨也は大きく息を吐き出した。
 熱に浮かされたように、行為に溺れている間は気にしないのに、この瞬間だけは言いようのない後悔に似た感情が胸に満ちる。
 これはただの性処理だ。 
 ふたりの間に感情のつながりができるなど、反吐が出る。
 静雄に言った言葉はいつからか自分自身に言い聞かせるようになっていた。
 言い訳を探して、逃げ道を探して、それでも体をつないでいるのは自分の方だ。そして、それを認めたくないのも、臨也だった。
 
 
 
 ふっと意識が浮上し、臨也は自分がソファで寝てしまっていたことに気付いた。
「あーあ、やな夢」
 ぼそりと吐き捨てて、臨也は片腕を額に当てた。
 夢は、十年以上前の自分たちだった。あの頃は、自分たちの間には嫌悪しかないと思っていたし、そうでなければならないとどこかで思っていた。本心のさらに奥で、自分が静雄を求めているのかを自覚したくなかったのだ。
 自覚をしてしまえば、『折原臨也』が崩れてしまうのだと思っていた。
 だからこそ、感情の伴わない、暴力のようなセックスを静雄に強いていた。静雄でなければ殺していたのではないだろうかというくらいの行為もあった。
 池袋の喧嘩人形といわれる静雄が、抵抗もせずにそれを甘受していたわけを考えていれば、こんなにも時間がかかることも、拗れることもなかったかもしれない。
 おそらく臨也も車いすの生活を長く続けることもなかっただろう。
 けれど、あの時ビルの上で対峙し、殺そうと思った時だって気づくことはなかった。
臨也が静雄に向けていた嫌悪や嫉妬に似た苛立ちが本当は何にカテゴライズされるべきなのかを知ったのは、池袋を離れて地方都市を転々としていた間だった。
考えないようにするほど、自分の中に静雄という判断基準があって、そのものさしを当たり前のように使ってものを判断していたことに気付かされた。いっそトラウマといってもいいほどに自らに刻まれていたのだ。
その間で、静雄からの伝言を受け取ったときの臨也の胸中の複雑さといったらない。
あの化け物が、まだ自分を覚えているということ。
臨也を変わらずに、嫌悪しているということ。
これまで通りの言葉を投げかけられただけなのに、それだけで臨也は、もういいと思えてしまった。
あの池袋から逃げだした時には、静雄はもう自分を見なくなると――臨也には静雄と対峙する資格を無くしてしまったのだという思いがあった。
けれど、静雄が臨也が生きていることを知り、そして伝言として伝えるように言った。静雄は臨也をまだ犬猿の仲の、敵対する臨也として認識している。
そのことに対して、臨也は確かに喜んだのだ。
静雄の中に自身がまだ刻まれて存在していることをうれしく思ってしまった。そう感じた自分を自覚してしまったのだ。
ならば、もう諦めて認めてもいいだろうと、思った。
そう思ったあたりから、臨也は胸のつかえがすとんと落ちた。それまでいくらリハビリをしても感覚がないと思っていた足に感覚が戻りはじめたのもこのころだ。
精神的なもの、と医者が言っていた原因には苦笑いしか浮かばない。
しばらくはリハビリに徹し、ほとんど一般人と同じくらいに歩けるようになってから、臨也は池袋に舞い戻った。
そして、静雄の元に行ったのだ。
いろいろと考えて言ったわりに、散々な告白だったと思う。どんな告白をしたのか曖昧なのは、自分でも必死すぎて、覚えていないからだ。
ただ、こうやって、臨也が静雄のとなりにいることができるのは、臨也が正直なことばで嘘偽りもなく静雄につげることができ、静雄がそれを受け入れたからだ、と思う。
けれど、恋人になって同棲までして、体を繋ぐことができないのは、あの時に体の関係を持ってしまったからだと思う。あのせいで変に拗れてしまったのだ。
静雄は臨也の告白を受け入れて付き合うことも受け入れたのに、臨也が触れようとすると体をこわばらせる。
臨也も臨也で、そういう静雄の姿を見ると、触れることをためらってしまうのだ。
殺し合いまでしたのに、とも思うのだが、どちらかといえば、殺されかけたのは臨也の方だし、臨也が触れようとした瞬間に静雄が体をこわばらせるのは、恋人同士の触れ合いの延長の時だ。
「あーあ、シズちゃんに触りたいなあ。触らせてくれないもんなあ」
「――、それ、どういう意味だ」
 高ぶる感情を抑え殺したような、けれど殺しきれずに揺れる声だった。



 完全に独り言のつもりでぼやいた言葉に問いかけが返され、臨也は驚いて体を起こした。
「っ!……シズちゃん!?起きてたの」
 臨也が振り返ると、こわばった表情で、眉を寄せた静雄が立っていた。
 臨也は慌てて立ち上がる。が、すぐにソファに駆け寄ってきた静雄に突き飛ばされて、二人掛けのソファに倒れこんでしまう。
「――なにを」
 するのか。
そう不満混じりに告げようとした言葉を臨也は思わず飲み込んでしまった。
 ソファに倒れこんだ臨也の上に静雄がマウントの体勢をとってのしかかってきたのだ。あれだけ頑なに臨也が触れるのを拒絶していた静雄が、だ。
「っ――!てめえが、それを言うのか」
 臨也のシャツの胸元を掴みあげて、そう言った。
「……え?」
 きょとんと静雄を見返す。静雄の意図が掴めなかった。そして、なぜこれほどまでに静雄が顔をゆがめて苦しそうに言うのかも理解ができなかった。
「シズちゃん……」
「黙ってろ」
そう言うと、静雄は臨也の腹の上に腰かけたまま臨也のカットソーをたくし上げた。
「は!?」
そして、臨也が驚きのあまりに動きを取れずにいるうちに、静雄はちろりと舌先で、臨也の脇腹を舐めた。
 臨也が言葉を無くして凝視している目線と、静雄が上目遣いで見上げた視線とがぶつかる。
 静雄はくっと唇の端をあげて見せた。
「そこで黙って見てろよ、クソノミ蟲野郎」
 ズボンに手を掛けると、下着ごと抜き取られる。臨也があっけにとられているうちに、静雄はまだ反応していない臨也の性器に手をそえた。
 静雄の手にゆるくしごかれるだけで、それは硬さをもち始めた。
「……――っ!」
 臨也は口を開こうとしたが、すぐさま静雄の顔がこれまでにないほどに近づき、続けるはずの言葉は出口をふさがれてしまった。
 唇を押し付け、ぶつかってくるような口づけには技巧などというものは皆無だ。
 唇を舌でこじ開けられたと思った直後に、ぬるりと熱い静雄の舌が侵入してくる。
 上顎を舐めあげ、歯列をなぞる。
舌同士が触れ合うと、別々の温度がまじりあう。
「――っ、なんで、」
 そう臨也が口にすることができたのは、長い長い口づけの末に、静雄がようやく唇を離した後だった。
 二人の唇と唇の間を糸のように唾液がつたう。 
 静雄は、顔をゆがめた。
「てめえが、っ――てめえのほうが俺に触られるのを嫌がってたんじゃねえか」
 臨也はぱちくりと瞬いた。
「――は?」
「無自覚かよ」
 静雄は軽く舌打ちして、ぼそぼそと言葉を続ける。
静雄曰く、静雄に触れようと手を伸ばす時の臨也の顔は血の気が引いていたり、手が震えていたりしていたのだという。
 それは今日も同じで、口調はいつもと変わらず自然なものなのに、顔色は蒼白で、タオルをかぶった静雄に向けて震える手を伸ばしていた。
「――だから、手をはじいた。そんなに無理して触んなくなっていいってつもりで」
「―――……」
 言葉を失うとは、まさにこのことだろう。
 それまで静雄の目に浮かんでいると思っていた怯えは、実は自分のもので?
 触らせてくれないのも、静雄のせいではなく、臨也のほうのせいで?
 自分は平然とした顔でいたつもりだったのに、静雄にはそう見えていなかったのだということか。
「――うわ、かっこわるい」
 漏れ出た臨也の言葉を静雄は鼻で笑う。
「ノミ蟲がかっこよかったことなんかあるかよ」
「ひっどい」
 臨也がくすりと笑うと、静雄はうんと頷いた。
「平気だな、――続き、すっか」
 ほっとしたように静雄は言葉を紡ぐ。
臨也の顔色を窺っていたようだった。
 ああ、本当に情けない。
そう思いながら頷いた臨也はわざとらしく肩を竦めた。
「そうだね。――ところで、なんかこの体勢、俺の方が襲われてるみたい。すっごく良い光景だけど」
 冗談めかして言うと、静雄も目元を緩めた。
「上から見下ろすのも、けっこー悪くねえな」
 静雄もくくくと笑う。
 臨也は静雄に向けて手を伸ばした。
「ベッド……いこっか。ここ狭いしさ」
 静雄はきょとんとした顔で、その手と臨也の顔とを見比べて、破顔する。
「おう」
 静雄の手が臨也の手を握りしめて、引き寄せた。
 




「〜〜〜〜っ、ほ、ホントにすんのか」
 寝室のベッドの上で、静雄は戸惑った様子で声を上ずらせた。
「だって、さっきシズちゃんが、上も悪くないって言ったんじゃん」
「っ!あれは、そういう意味じゃなくって……っあ!」
 静雄が反論しようと、口を開いたタイミングを狙って、臨也は静雄の性器を握ったのだ。ここまで触れられてもいなかったのに、それは静雄の劣情を如実に示していた。
「シズちゃん、かわいい」
 静雄の首筋に手を回し、自分の方へ引き寄せた。自然静雄が、臨也の上にのしかかる形になる。
「ふっ、んっ……。ふ、ぁ……」
 そのまま唇をふさいで、舌を差し入れる。先ほどの静雄からのキスに似た順番に、けれど呼吸を奪うようなキスだ。呼吸する間さえもったいないと思うほど静雄を感じたかった。
 静雄の唇をふさぎながら、臨也は静雄の下肢に手を伸ばした。すでに熱を持って天を仰いでる性器に指先を絡める。静雄の屹立した雄は、すでに湿った音を立てて涙をこぼしていた。それを掬い上げては、静雄の雄に絡めて扱く。
「――っ、」
 静雄がいやいやとでも言わんばかりに首を振ると、ぱさぱさと髪が音を立てた。
 その耳元に臨也がささやく。
「シズちゃんが、自分で慣らして、入れるとこが見たいなあ」
 再度静雄に告げる。
「このまま俺に乗っかってさ、」
 静雄の立ち上がった性器に、臨也の自身を合わせるようにして腰を揺らす。
「……ぅ、や、む……むりっ」
 静雄は身をよじらせようとするが、そのまま逃がすわけもない。
 再び、唇にかみつく。
 逃げ惑うような静雄の舌を絡めとる。
 ぴちゃぴちゃという音がひどく卑猥に聞こえた。
「じゃあ、慣らすのはやってあげる。それなら、いいでしょ?」
 譲歩するかのように見えて、実際にはほとんど譲っていない。だが、静雄は正常な判断がしがたいほどに熱に浮かされていたようで、戸惑った末についにこくりと頷いた。
 臨也は、それを確認すると、ベッド横の机から、チューブを取り出した。
「そんなの、置いてたのか」
 静雄が驚いたように、臨也の手元を見つめるので、肩を竦めた。
「シズちゃんが引っ越してくる前からね。ようやく使えるよ」
 チューブからとろりとしたローションを手に取ると、臨也は静雄の最奥に手を伸ばす。
 入口をなぞるように、ローションを擦りつけた。
 しかし、静雄が上に乗っている体勢はどうにもほぐしにくい、
 小さく舌打ちした臨也は、かるく静雄の太ももを叩いた。
「シズちゃん、逆向いてくれない?」
「っ、……?」
 静雄は意図が分からないようで、首をかしげる。それに言い聞かせるように再度繰り返した。
「あっちむいてて。この体勢じゃ慣らしにくいんだって。久しぶりに後ろ使うんだから、ちゃんと慣らさないと……」
 たしなめるような口調で言う臨也に、静雄はためらった様子で、首を振った。
「――い、……いい。平気、だ」
「平気じゃないからいってんの」
 もう、と臨也が体を起こそうとすると、逆に静雄は、臨也の首筋にかじりついた。
「っ、ちょっと、シズちゃんっ」
 静雄はいやいやをするように首を振って、臨也の首筋に舌を這わせた。舌は首から鎖骨へ、鎖骨から胸に。胸から腹へと下へ下へと辿っていく。
「シズちゃんってば……っ、」
 もう、と静雄を引きはがそうと金色の頭に手を伸ばした瞬間、自身の性器がぬるりとした感触に覆われて、ぞくりと快感が背筋を伝う。
「――っ、くぅ」
 敏感な先端やくびれた所を静雄の舌が這う。決してうまいわけではない愛撫だ。けれど、静雄がそれをしているということも、視覚的な刺激も相まって、うっかり達してしまいそうなほどだ。
 いまはそれどころではないのに、と臨也が身動ぎしようとした時、静雄が口を開いた。
「ふああひてふぁふああ、ふぇいひあ」
「っ、……ッ、シズちゃん、咥えながらしゃべるのはやめてくれない……っ?」
 静雄はしぶしぶといった様子で口を離すと、臨也を見上げた。
「っ、」
「?どうしたの」
「――な、慣らして、ある……っ、から、平気、だ……」
 それだけ言うと、静雄はさっさと臨也の上に跨って、臨也の性器に手を添えた。
「っ!? はっ……!?いつ!?」
 体を起こそうとする臨也の胸を、静雄は押し返す。
「うっせえ、ちょっと黙ってろッ……くっ、あ、ぁっ」
 ズッ、と静雄の体がゆっくりと下に沈んだ。
 たしかに、すでに慣らされているという言葉通り、静雄は、臨也を飲み込んでいく。
「っ、っは、」
 熱く、浅い息を幾度も繰り返しながら、最後まで挿入を終えた静雄は、ほっと息を吐き出す。
 臨也も息をのんでそれをじっと見つめていたが、挿入を終えたところで我に返った。
「シズちゃん、久しぶりなのに、なんでそんなに、慣れてるの……?」
 臨也がそろりと聞くと、静雄はぎろりと臨也をにらんだ。挿入時の生理的な反応のものなのか、目尻に涙が浮かんでいる。
「っ、――俺だって、したかったっつったら……?」
「っ、嘘……」
 臨也は目を見開いた。
まさか、そんなことが。
 静雄は口角をにっと上げた。
「嘘じゃねえ……よ、ッーーく、」
 言いながら、腰をそろそろとあげて――落とした。
「――っく、っふ、は、ほんと?」
 臨也が問いかけると、静雄はこっくりと頷く。
 そして、ゆるゆると上下のピストンを繰り返しながら、口を開く。
「てめえと一緒に暮らすってなって、――ッ、は、前のこともあったし……ぅ、っ――ああこれもうそうなるんだろうなー―って、ぇ――っ……思って、準備、してた、けど、てめえは……あっ、全然っ、手ぇ、だして来ねえし――それどころか、まったく触らねえしっ……」
 慣れてきたらしい静雄は、腰をうねらせながら、前後にも動き始めた。
 静雄が動くたびに、ぐちぐちと卑猥な水音がつながった部分から聞こえる。
 その中でも静雄は言葉を続けていた。
「……だから、サカってんのは、俺ばっかなんじゃねえかって――、好きなのも、俺だけなんじゃねえかって……っ、く、ぅっ……わっ」
 眉根を寄せた静雄が苦しそうにそう言うのを聞いて、臨也はたまらなくなって、静雄の腕を引いて抱き寄せる。
「っ――ごめん、シズちゃん、ごめんね……」
 静雄の背中に回したうでに力込めて、抱きしめる。
 そういえば、こんな抱きしめかたをしたのは、本当に初めてだ。
 それを静雄に告げると、静雄も同じことを思っていたようで、随分と遠回りをして抱き合ったものだなと、二人してくすくすと笑いあった。
「――って、でかくしてんじゃねえよ」
 静雄がびくりと背中を震わせて、臨也を睨み付けた。
「あははは、――ごめん」
 臨也は、そういうと静雄を抱きしめたまま、ぐるりと体勢を入れ替えた。
「――っ、ひ、――てめえ、なにをっ」
「夜は、まだ長いから、今度は俺が動く番ね」
 眉をしかめた静雄に囁くと、そうかよ、とあきれたような声が返って来た。
「あ、――」
では、と動き始めようとした時、静雄が口を開いた。
「なあに?」
「……っ、俺にも抱き着かせろ。さっきてめえがしたみてえなの」
 そう言って静雄は手を伸ばした。
「もちろん。―――でも、骨はおらないでよ。二重の意味で生殺しになっちゃう」
 冗談めかして、臨也は笑い、静雄の上に体を預けた。



                                             






「ハリネズミのジレンマっていうのがあるんだと」
 事後のベッドで、静雄が口した。
 それまで寝室のベッドを使うときには、なるべく端と端に陣取って眠っていたのだが、今は二人で真ん中にくっついて並んで寝そべっていた。
「シズちゃんがそんなの知ってるなんて、珍しいね。それ哲学のやつじゃん」
「ヴァローナに聞いた」
「あの女とまだやりとりあるの?」
臨也は眉を顰めたが、静雄はいいから聞けと言わんばかりに黙殺する。
 おおかたメールか文通でもしているのではないだろうか。後で静雄の携帯電話から連絡先を削除することを頭の片隅にメモしておくことにして、臨也は静雄を見やる。
「で、そのハリネズミのジレンマがどうしたの。たしか、針のあるハリネズミ同士は近づきすぎると、その針で相手を傷つけてしまうから、身を寄せ合うことはできなくて、体温が感じられる程度のほどほどの距離を置いて触れ合わずに近くにいるっていうやつで、人間関係でも適切な距離を保ちましょうっていうやつでしょ」
「ノミ蟲だけあって、くわしいな。あーまあそうなんだけど……ヴァローナにきいたら、本物のハリネズミって、相手にくっつこうとするときは、針がある体じゃなくて、針がない頭同士をくっつけるんだって」
「――うん」
 静雄はいったい、どういう話をしたいのだろう。
臨也は内心で首を傾げながら、静雄の話を促した。
「俺とてめえは、そんなもんなんだろ」
「――は?」
 突然の静雄の言葉に思わず声が漏れ出てしまった。
「俺とてめえはずーっと嫌いあってて、喧嘩もめちゃくちゃしてて。
……それって、針ばっかでの相手を傷つけちまうハリネズミと一緒だろ。
だからほんとは、ちょうどいいキョリってやつを探すのがいいのかなって思ったんだ。実際そのつもりだった。手前が俺に手を伸ばすたびに、ぶるぶる震えて、真っ青になるから」
「ちょっと、その言い方はひどいんじゃない?」
 あんまりな言い方に臨也は口を挟む。
「そんなに話を盛ってるわけでもねえって」
「そんなに?」
「そんなに」
臨也は仰向けに寝ていた姿勢から、静雄がよく見えるように向きを変えた。そっと、静雄の手のひらをとって、自分の指を絡める。いわゆる恋人つなぎというやつだ。
 ちらりと視線を感じると、静雄が臨也を驚いたように見つめていた。
「平気、なんだな」
「おかげさまで。シズちゃんのご奉仕のおかげかな」
 臨也は冗談めかして、笑って見せた。
 それほど心配をかけていたということなのだろう。
「馬鹿か。……あー……どこまではなしたっけ。――えっと、ああ、そうだ。で、だ。俺たちは、相手を本気で殺してやろうってまで思ってたわけだし、実際俺は手前を殺したかと思ってたし。それってもう針がぶつかっちまってるのとおんなじようなもんだろ」
 言っていることが伝わっているかという確認を込めてだろう。静雄は臨也を見つめた。
「その針が刺さっているっていうのは、どっちかっていうと、嫌悪とか、殺意とか悪いほうの感情でだったと思うけどね」
 つないだ手を反対側の手で、静雄の肌をなぞる。汗が乾きかけた肌は、まだわずかにしっとりとしていた。
これでこの男も四十代だというのだからずるい。
あれだけジャンクフードに塗れた食生活をしていて、よくも体型が崩れないものだ。臨也はそれなりの努力をしていて体も体力も維持しているのに。
 程よい筋肉を維持している腹筋をなぞると、静雄が身をよじる。
「――っ、もう、さっき散々触ったから、いいだろ。急に盛りすぎだ」
 そういう意味ではなかったのだが、しぶしぶ臨也は手を退けた。
「ぜんっぜん話が進まねえじゃねえか。……なんだっけ――。あー。とにかく、そうやってもうお互いに相手の針にささるくらいにもう近くにいたんだったら、いまさらそんな針が刺さらない距離なんて、探しても無えんじゃねえかなっておもったんだ」
静雄は、眠くなってきたのかあくびまじりにそう言った。
「今更、触らないで傷つけない距離なんてのを考えてみたら、てめえは手前で変な風に考えちまったし。うまくいかなかったから。そしたら、『あー最初っから本物のハリネズミみてえに、さわっちまったほうがよかったんだな』って。……なんかねむくなっちまった。わかるか?……」
 眠たそうに静雄は目を擦る。
「大丈夫、なんとなくわかったから」
 臨也はそう答えて、静雄の瞼に口づけを落とした。そして、こつんと額を会わせる。
「この距離、でしょ」



 お互いの針を避けられるよりも、もう一歩そばへ。






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2015/11/22
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