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狐様と祭



遠くに見える船から火が噴き出た。
おお、もう始めておるのか。
愉しそうに見えたその光景に妾は思わず笑みを浮かべた。とはいえ、一緒におる者たちは同じとはいかず息を呑んでおった。
前を進む艇には真選組と攘夷志士が乗っておる。協力を得て、今は囚われておる小太郎や近藤達を救けるために黒縄島へ向かっておるのじゃが……。

「やれやれ、敵も一筋縄ではいかぬようじゃなぁ」
「みてぇだな」
「銀さん、千遥さん……」

妾同様に前方におる二艘を鋭い眼差しで見つめる銀の字。不安そうに妾達を呼んだのはお妙。安心せぇ、と言っても出来ぬものか。優しい手つきで娘の頭を撫でて、妾は銀の字を見た。
黒縄島。一度入ってしまえば二度と日の下に立つことは出来ないとされておる、巨大な牢獄。此処に入った者が生きて戻ってきたことなど今まで無いという。
そんな場所に収容されておるとは、小太郎の奴、名だけは上げておるのう。
二尾の鉄扇を片手にクスリと笑う。しかし、そう悠長にしてはいられん。
距離を置いているというのに、金属音が届き、刀と刀が交錯する音が聞こえる。砲弾が船を燃やし、至る所で野太い叫び声が響いていた。
敵はもちろん、憎き烏共。
こうなることを見越しておったのか、はたまたそうさせるように仕向けたのか、どちらにせよ卑しいに変わりはない。十年前から妾たちを阻もうとする奴等をそう簡単に思い通りにさせるはずがなかろう。
じゃが、数だけは無駄におる烏に真選組と攘夷志士が押されておることなど一目瞭然であった。

「おい。このまま放っておくつもりか?」
「なわけねェだろ。……行くぞ」
「はい!」
「おうヨ!」

神楽と新八にそう言って、銀の字は木刀に手をかけた。妾もまた尾を広げ、ふわりと宙に浮く。妾の姿にお妙が驚いておった。そんな娘に安心せぇと呟くように言い、空中へと移動した。

「さて、暴れようぞ」

二尾の鉄扇を巨大化させ、周りを取り囲む小舟を沈めた。襲撃をした自分達を重ねるように襲撃してきたことに動揺を隠せなんだ烏共。人形のまねごとをしておる烏共の表情が崩れる姿にほくそ笑みながらも、容赦なく尾を振るい、塵とさせる。
驚いたかぇ?理解ができぬかぇ?そうかそうか。

「そのまま何も理解せぬまま死ぬがよい」

首を刎ね、四肢を切断し、骨を砕き、肉塊にもならぬほど細かく散らす。周りに何も残らぬほど、影も跡形も無いほどの光景。
どうやら妾が降り立ったのは奈落どもが乗っておった船のようじゃ。気配が一切ない事を確認し、気付かぬうちに妾が全員粉塵したのだと理解する。ふと、いつの間にか頬についてしまったのか、紅い液体に気付く。慣れたものに嫌悪感は抱かぬが、不愉快であることには変わりない。指で拭い、当たり前のように口に含む。
憎悪しか抱かぬ者共の血など、不味いだけであった。
さて、他の船も沈めてやろうかと隣の船を見ると、銀の字が土方と並び立ち奈落を倒しておった。

「どうやらっ。なんとか、祭にゃ間に合ったらしいな!!葬式にゃでられなかったんだ。せめて弔い合戦くらいは参列しねェと。将軍に化けて出られても困るしな!」
「てめェら…!!ここに来た意味解ってんのか!?俺達よゆけば、てめェらも、もうこの国には…」
「どのみち戻れねェさ。どうやら俺達ゃ、いつの間にかそういう所まで来ちまったらしい。今さら俺達だけじゃ、引き返せねェ所まで」
「………」

銀の字は今まで関わってきたことを思い出しておるようじゃった。妾は、真選組と関わったのは短く浅い故、銀時達と新選組との間にどのような縁が生まれたのかは分からぬ。多くの者と関わり護ろうとしてきた。約束を護り続けようとしておる。今まで全てを抱え込み全てを護らんとした銀時が、魂は変わらず、じゃが戦い方を変えようとしておる。
今度こそ手放さぬようにしておる。

「俺達にもし、戻る所があるならば。そこは、お前らもいる場所だ。戻るなら、ヘッポコ警察も、ヘッポコテロリストも、サディストも、化け物も一緒だ。万事屋オレたちの帰る江戸ばしょは、いつからかそんな場所ところになっちまったよ。…ったく、人間一つ所に長く腰かけるもんじゃねェな。いつの間にか苔まみれだ」

しみじみと土方にそう言った銀時。何を思うてそのような事を言ったのか分からぬが、ただの照れ隠しなだけかもしれぬな。
愉しそうじゃのう。妾は違う立場ではあるが、気に入っておるのは変わりない。
救けてやろうではないか。
妾が飽きるその日まで、妾を楽しませてくれる余興として。

「つれないではないか、銀の字。妾もたまには、祭に参加したい時もあるのじゃぞ」

銀の字と土方に向かってきた烏共を宙へ浮かす。
背後から伸びてきた妾の尾に驚き目を見開く土方とは反対に、冷や汗垂らし妾を見る銀の字は言う。

「へっ、どの面下げて言ってんだよ…!狐は祀られるほうが様になってるんじゃねェのかよ!」
「何を言うておる。神として祀られるつもりのない妾は、貴様らと踊り狂うほうが愉しいのじゃ」

一瞬で命を断った烏共など興味無い。尾を振るい、人形を棄て、血を拭い払う。

「妾は羽衣狐ぞ?」

口元を鉄扇で隠し、優雅にそう告げる。はいはい、女狐は相変わらず怖いぜと聞き流す態度を妾に見せた銀の字を尾で薙ぎ払い、奈落と共に海へ落としてやった。ああ、そういえば彼奴は泳げなんだか。まあいい。お妙たちが助けるはずじゃ。
伊賀の里で妾の本性を知った烏共は距離を置いて警戒する。その中、いつまで茫然としておるのか土方は妾を食い入るように見つめるだけ。そんな視線を無視し、妾は土方に言った。

「妾は、貴様らにも……いや、貴様らには借りがあるのじゃ」
「借りだと……?」

攘夷志士でもあったが、真選組はただ幕府の犬ではないということを知った。己の侍の道、士道に全うして生きていると知ると、真選組におる者達を幕府とは違うものと見るようになった。
その者達が、上の理不尽により無くなりそうになっている。この者達の大事な場所が無くなりそうになっている時に、攘夷志士だなんだと言って助けないはずない。

「貴様らには、まだすべき事があるではないか」
「…お前……」
「さて。無駄話はこれで終いじゃ」

しゅるり、と着物から十の尾を現した。妾の尾をすでに見ておる土方は、改めて妾の姿に瞠目した。言葉を失う土方のその奥で、海から上がってきた銀時の気配を感じ、背を向けたまま言った。

「銀時、妾に近付くでないぞ」
「え、どういうって……ちょっとォォォ!?おまッ、まさかここから本気出すんじゃ、」
「烏共の顔を見ると、怒りが抑えきれんくてなぁ!」

伊賀の里でのことを思い出せば、加減などできるはずがなかった。
妾は晋助に会いたかった。夜兎を倒す中、感じた弱々しい気配。銀時のもとへ行ったとき、銀時と共に朧に攻撃を与えた愛しい男。銀時との喧嘩に邪魔し、挙句の果てには晋助に致命傷を与えた天導衆、そして朧に対して殺意しかない。
故に、ここから先、妾は加減など出来ぬ。

「妾の尾も見えぬ者等死んでよいぞ」

二尾の鉄扇を手に、そして尾を咲かせ、瞬く間に塵と化した。一声も上げることもできず命を散らした奴等に同情も憐れみもない。あるのは、消えることのない怒りと殺意。

「ほれ、妾の尾で踊るがよい」

まるで操り人形のように妾の尾で踊り風穴を開ける烏共。その黒き羽をいくらもぎ取り飛ばぬようにしても、その黒き眼をいくら潰したとしても、妾の怒りは収まる事をしらぬ。

「おい、万事屋」

故に、気付かなかった。

「あ?」
「アイツは…千遥は……一体何者だ」

妾の戦いぶりにただ間近で見る事しかできなかった土方が銀の字にそう問いかけ。

「……あー……、アイツは、お稲荷様だよ」

一人の男を一途に想い続けている狐だ。
そう答えておる銀の字を。

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