成り代わり | ナノ
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狐様と世の移り代わり



銀の字が土方の代わりに徳川喜喜を殴ったのは、妾達としては理にかなうものであった。じゃが、たとえそうであったとしても幕府からしてはよろしくないようじゃった。

「なるほど。将軍が変わり時代が変わっても、バカは変わらないという事ですか」

お妙を解放し、傷を負った者に手当てを指示する見廻組局長は銀時から目を離さなんだ。あの男がおいたが過ぎ、これ以上新政府の悪評を広めるよりも銀時に罪を背負わせるべきだとそう言った。

「おい銀時、!」

銀時だけに今までの事も含めて業を背負うわけにはいかぬ。妾もここで一暴れして連れて行ってもらおうかと思っておったが、今まで耐えておった土方が見廻組局長の前に立った。それだけでなく、岡っ引の男と子供も見廻組の足を止めんとしておった。
じゃが、それで止まるはずがなかった。

「嘆いても抗っても、時代もかつてのヒーローも返ってこないのだから」

奴の言う通り、人間は変化に「慣れる」故に生き続けることが出来る。
妾もその通りであった。
じゃからこそ、妾は生きて行けた。
千年余、何度も転生しておるから分かる。
全ての移り変わり、人の愚かさも、死も生も妖も。
その変化に妾はその眼で見、体で「慣れた」。
見廻組局長の言葉も分からんことでない。
何もしなければ皆が助かる。
じゃが、今ここで一歩でも動けば国賊として殺される。
二つに一つ。
土方は動きたくても動くことはできなんだった。

「お客様」

じゃが、奴は動いた。
銀時を連れて行かんとしておった見廻組の前に現れた一人の娘。持って来た盆の上にあったのは、御注文されたという「んまい棒」。それに頼んだ覚えはないときっぱり言った見廻組局長に娘は言った。

「いえ、先程まであちらの席にお座りになられていた…下着姿のお客様が皆様にと」
「!」
「ブリーフ?」

高めの声であったが、妾と銀時は気付いた。
何故じゃ。
何故、お前が此処に居る。

「お代の方はもういただきましたので必要ありません。幕府にも警察にも、もう何も求めるつもりもありません。何故なら」

簪を外し、長い髪が揺れた。
どうしてお前が此処に立っておるのじゃ。

「ヒーローは、ここにいる」

刹那、お盆に置いてあった菓子が煙を上げた。

「煙幕だァァ!!」
「っ、小太郎…!」

煙で視界を覆う中、妾と銀時は小太郎に目を向ける。

「早くいけ」

妾達をまるで護るようにして立つ小太郎に妾も銀時も戸惑いを隠せなかった。

「銀時、千遥。“夜明け”に会おう」

強気な笑みを浮かべる小太郎に妾達は一時撤退せざるを得なんだった。

「行くぞ、千遥っ」
「っ、お妙、土方!」

煙幕に混乱し始める店内。お妙や土方、岡っ引の者達の気配を頼りに尾で妾達の方に引き寄せる。驚きが重なる彼らの反応など見る暇など無かった。土方が何か言う前に銀時が「行くぞ!」と声を掛け、妾達はすまいるを後にする。

「……!!あの野郎、一体どういうつもりだ!!」

銀時の問いに誰も応えることは出来なんだった。


***


それから、見廻組による身辺調査が万事屋にて行われたそうじゃ。万事屋の家宅捜査、その大家との関係、そして銀時達一行の行方。かぶき町に白い制服がうろつく光景に町の者達は不安そうに眺めておった。
そして妾もまた同じように追われており、姿を隠すため吉原へと足を運んでおった。

「世は変わらず非情じゃな。人は純粋ではおられぬ。化けの皮を剥がし、己の欲望に忠実となりその為に他人の命を容易く奪う。いつでも変わらぬ。醜い生物じゃ」
「千遥……」

妾を探さんと血眼になっておる見廻組の輩共を眼下に収めながら、煙管を口に銜える。
地上の情勢を小耳に挟んでおる月詠が不安そうにこちらを見るが、そんな顔をせんでもよいぞ。妾が危機感を殊更抱いてはおらぬのじゃから。すると、妾の事を聞いて態々足を運んでくれたのは日輪。相も変わらぬお日様のような笑顔を浮かべて妾との再会を喜んでくれた。

「でも、千遥さん。ずいぶんと変わっちまったねぇ。良い方向に」
「おやおや、日輪。この状況でそのような事を思えるのかぇ?」
「えぇ」

にこり、と自分事のように笑う日輪に、妾は呆れを通り越して感心してしまうぞ。カン、と煙管を叩き刻みたばこを捨てる。静かになったこの空間では、誰しもの声がよく通った。

「逢いたかった人と、ようやく会えたのかい?」

首を傾げて尋ねた日輪に、妾は口を閉じた。月詠は妾がとある男とした約束を思い出しておるのか、複雑そうな表情を浮かべておった。
ふふ、何て顔をしておるのじゃ。
小さく笑みを浮かべ、妾はじっと遠くを見つめて答えた。
脳裏に浮かぶのは、別れ際に笑みを浮かべて愛しい男。

「……千遥…」

まだ妾の耳は晋助の肉声を覚えておった。

「……あぁ、逢えたぞ。じゃが、皮肉な事にまた離れ離れにさせられてしまってなぁ」
「そう、なのか…?」

あの時、妾が本気を出せば追いかけることはできたであろう。
卑しい鴉共の追手を払いのけ、銀時も晋助もどちらも無事に助けることは出来た。妾自身、そうしたかった。
じゃが、晋助は妾が共に行くことを拒んだ。
妾を嫌ったのかと一瞬思ったが、そういうわけではなかった。
ただ、晋助は“まだ”だと思うたから、妾と再び歩むことを先延ばしにしただけであった。

「生きて、また会おう」

お前は妾の我が儘を聞いてくれた。
妾と再び会う約束をずっと護って来てくれた。

「彼奴が生きておると知る事ができた。同じ世界に、同じ時におると知る事ができた。それならば、今度は、妾が逢いに行く番なだけじゃ」

今度は妾がお前の我が儘を聞く番じゃ。
再び共に歩むまで、妾も、晋助も、死なぬよ。

「さて、そ。そろそろ妾は行こうかのう」
「……止めることは、できなんしか」

煙管を収め、腰を持ちあげた妾に月詠が堪えるような声でそう言った。
出来ぬよ。
妾もあの銀髪の天パも、幕府の狗共も止められぬ。

「すまんのう、月詠。妾達はもう進むことしかできぬ」
「っ……」
「そして、次に会う時は妾を許すでない」

依代の年ではこの娘より下であるが、生きてきた年は妾が上である。同じくらいの背丈の娘の頭を優しく撫でて、妾は笑った。
次に会う時、それがいつかは分からぬ。
じゃが、もし妾が愛しい男の元にいたら、仲間と味方と言うには難しいであろうなぁ。
そう思ってつい言ってしまったが、後悔はしておらぬ。
後悔しようが、妾達は進むしかないのじゃから。

「ではな」
「千遥さん」

背中を向けた妾に日輪が最後にと声をかける。振り返り首を傾げた妾であったが、日輪が口にした言葉に目を見開いた。
何を言うておるのじゃ、うつけめ。
先に言うたというのに、それでもお前はその言葉を口にするのか。
やれやれ、本当に、吉原の女は強いなぁ。

「……行ってくる」

いってらっしゃい、と言われればそう言うしかないではないか。

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