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狐様と新政府



「おや、珍しい客じゃな」
「………」

妾の言葉に否定の一言も言わぬ男は、黙ったまま案内された席に腰を降ろした。揶揄い甲斐の無い奴じゃ、口にはせず代わりに嘆息を吐いてその隣に妾も座った。
徳川茂茂が亡くなったということは、新政府が誕生したということになる。
旧幕府につき従えておった武装警察真選組は解散され、警察庁長官松平片栗虎と真選組局長近藤勇は斬首の扱いとなってから数日。
女中であった者も真選組から追い出され、妾は依然と同じようにすまいるで仕事をしておった。
そんなある日、沈んだ顔でやってきたのは“元”真選組副長の土方。
そして何故か銀の字であった。

「ったくシケたツラで飲みやがって。酒がマズくなる、出ていけ」
「シケた気分の時に飲むのが酒ってもんだ。てめェが帰れ。そもそも俺の歓迎会に何でてめェがいんだ」

酒とバカは一緒とは言うが、これでは他の客に迷惑じゃ。接客を任された妾は笑顔も何も取り繕うつもりもなく、冷ややかな目を向ける。

「おいお前ら、少しは静かにせぬか」
「そうですよ。いい加減にしてもらえます。店で暴れるなら帰ってください」

お妙も気になっていたようで違う席からそう注意してきた。じゃが、その本人の表情は怒りとは程遠い、寂し気な表情であった。そんな表情で酌をされても酔えないのは確か。土方は思わずといったところか、自分の不甲斐なさに嘆いた。

「あの人がいなきゃ、何もできやしねェ」
「そんな事はありませんよ。あなたはよくやっています」
「………」

癇に障るその声に妾達は険しい表情を浮かべた。
すまいるの入り口から現れた男。コツコツとわざとらしく革靴を鳴らすその男に妾は眉を顰めてしもうた。他の者共も同じようで、場違いにも程のあるその男に驚きを動揺を隠し得なんだ。

「愚かな上司のために全てを失いながらも今もこうして警察として小さきながらも江戸のために力を尽くしているのだから。ほめてあげましょう、この警察庁長官が直々に。負け犬と」

松平片栗虎の代わりに警察庁長官となった佐々木異三郎の登場。
そして。

「直らずともよい。構わず飲め。今宵は私もただの喜々だ」
「っ……」

憎き幕府。その頂点に立たされておる男。
天導衆に傀儡として操られ、臣下から奉りたてあげられた哀れな男。
そして、見捨てる事などしなかった晋助を裏切った男。
妾の愛おしい者を亡き者にせんとした男。
怒りの情に尾が出し、奴を塵にしとうなった。
じゃが、此処で尾を出し殺してはならぬ。この男共を倒すことは出来ようとも、この店に被害を出すわけにはいかぬし迷惑をかけてはならぬ。グッと堪え、妾は何でもないように過ごすことに専念した。されど、奴は尽く妾達の神経を逆撫でするのが得意ようであった。

「お前も共に茂茂公の冥福を祈ろうではないか。それとも、お前の近藤じょうしに祈るか」
「喜々様、お気が早うございます。松平片栗虎と近藤勲の処刑は五日後。旧政府最大の負の遺産はまだ片付いておりません」

土方を前にして情も何も無い言葉を連ねる男共。聞いているこちらが胸を悪うする。周りが不安そうに見つめる中、土方は拳を強く握りしめて耐えていた。黙っていたまま何も反応を見せない土方がつまらないのか、酒を片手に口を開けた男。

「どうした、まだ飲まぬのか。私の酒が、飲めぬと」

ガシャアァァ

「ひい!!」
「………」

運ばれた船造りに向けてグラスを投げ壊した男に、接待を任された娘子が怖がってしまう。このままでは娘子らに被害が被る可能性がある。そうなる前にこちらへ来るように告げようかとした矢先。

「そなたをらだ」

二人に刃が振り下ろされた。
情緒も何も無い容赦のない罰に妾達は言葉を失う。

「徳川喜々は新時代を築く男だぞ。なればこそ、酒も女も部下も旧き者を凌駕する物でなければならない。美酒がないなら美姫をもて」
「っ、応急処置じゃ!!」

血が止まることなく流す娘子二人をこちらに移動させて、凝固する前に服を剥がし止血を始める。支配人に布を取って来るように指示をして、意識をこちらに向けるために必死に声をかけるよう他の娘達に伝える。
落ち着け。落ち着くのじゃと、自分に言い聞かせる。
なんて者共じゃ。
なんという非道さじゃ。
無防備な民を己の機嫌を損ねただけで斬りつけるのか。
なんと自分勝手な者どもか。
己の欲望につき従わぬ者は容赦なく斬り捨てる残忍さは本当にこの国の長である者の姿であろうか。
怒りで十の尾を振るいたい気持ちを抑えておった妾じゃったが、お妙は耐えきれなんだった。見廻組の隊士に取り押さえられながらも、操り人形の男に叫ぶお妙。

「国を支える市民も護る事もできずに何が将軍よ、何が警察よ」
「おい、お妙っ」
「お妙ちゃん」

妾とサングラスの男がお妙を助けようとするが、それも出来ずまるで見せしめのように晒される。民の言葉を代表するように、男に訴えるお妙。じゃが、そんな言葉があの木偶の棒に届くはずがなかった。

「これが私の新時代だ。つまりは市民は護れても将軍も護れない無能な警察は、国も護れずに死んでゆく無能な将軍は、もういらぬという事だ。そして新時代に刃向う愚かな民もな」
「っ」

男の背後に控えた見廻組隊士が刀を手渡す。鞘を抜いた状態の刀身を片手にお妙の顔に手を添え固定させる男に腸が煮えくり返った。
お妙が謝るはずがなかった。自分のしていることは正しいと、この男の意に沿うはずがなかった。

「本物の警察は、本物の侍はこんな事しない。あの人は、こんな事しない」

真っ直ぐ、男の目だけを見て言ったお妙の顔に後悔の色は浮かんでいなかった。
たった一人の町娘が、言葉を撤回すれば良い事じゃ。
なのに何故しなんだか。
それは、自分の信道に背くことはしないからじゃ。
ならば妾もまた、己の思うままに動こうではないか。
周りに見えぬように尾を出した。

「この拳はとっとけ。てめェらおいてったバカ上司でもブン殴るためにな」

お妙の首に添えられた刀を尾で弾き飛ばしたと同時に聞こえた声。
おや、お前も動くのかぇ。
周りが驚く中、土方の拳を顔で受け止めたろくでなしの男に妾は嗤う。

「酔っ払いにゃ酔っ払いの拳がお似合いだ」

渾身の一撃を男にお見舞いしたのは銀の字であった。

「おい、銀時。勝手に手を出すでないぞ。妾が殺ろうと思うておったのじゃぞ」
「てめェが殺りゃ将軍、塵になるじゃねェか」
「安心しろ。加減すれば穴を開ける程度にできるぞ」
「ンなグロテスクなモン誰も見たかねェよ」

隣に並び立ってそう言えば、本気で思うておるのか分からぬ返答が来た。

「きっ貴様ァァァァ!!将軍様になんという事をを!!」

周りから刀の切っ先を向けられたとしてもなんら恐怖心など無かった。銀の字の隣に立ち澄ました顔を浮かべる妾達に警察庁長官は罪を負ってしまったと言うくる。
じゃが、それは世迷言ではなかろうか。

「今夜は職務を忘れて飲みてェ。そう言ったのはここでのびてるただの喜々さんだぜ。俺はそいつにつき合ってやっただけだ」
「その者は下々の者の生活が知りたいと言うておったではないか。たとえ身分があろうがなかろうが、ここでは人に噛みつこうとすれば噛みつき返されるのが常識と言うものじゃ」
「殴り返される覚悟もねェ奴が上から拳振るってんじゃねェ。ブリーフ一丁で飲む覚悟もねェ奴が俺達と肩並べて飲めると思ってんじゃねェ。世間知らずのボンボンにそう伝えとけ、犬コロども」

自ら口にした言葉に責任を持てぬはずがなかろう。
プライドの高い男ならば尚更じゃ。
それを覆してまで妾達に罪をなすりつけるのであれば、それ相応の態度で妾が相手をしてやろうではないか。
クスリと笑みを溢し、誰にも見えておらぬ尾を揺らした。

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