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狐様は夜明けを待つ



「……千遥…」

そう呼ばれた瞬間、妾の胸にぽっかりと空いた穴は埋め尽くされた。満たされなかったものが何か。ただ一つ。隣に立つ者の愛情であった。それが満たされ、妾の身体は嬉しさで喜びで震えた。
ああ、ようやくじゃ。ようやく、会えたなぁ。

「(妾の愛しい晋助や……)」

ゆるりと振り返り、妾の眼に映った愛おしい存在に笑みを浮かべた。
逢いたかった。この時をどれほど待ち望んだ事か。早くお前と話をしたい。空いた時間の事を、お前が今まで何をしておったのかお前の口から語って欲しい。抱きしめたい。強く、これ以上離さんといわんばかりに抱きしめたい。お前の気持ちも弱さも痛みも全てを受け止める。
じゃから、もう少し。もう少しだけ、待っておくれ。

「今、この騒がしい鴉共を葬るからな」

鉄扇を片手に妾は奈落を睨みつけた。
妾を新たな敵だと判断したのであろう奈落ども。その中に見覚えのおる憎き男の姿に憎悪が増した。ぶわり、と威嚇をせんばかりに尻尾が逆立った。

「神楽、そして夜兎の小童。そ奴らを頼むぞ」
「千遥姐…!」
「俺の獲物を横取りする気かい?」
「獲物じゃと?自分の現状も分からぬ小童が見栄を張るでないぞ」

神楽と似た風貌の夜兎の小童。神楽が以前言うておった兄なのであろう。兄妹喧嘩はいつまで続くのやら。嘆息めいた息を溢し、小童を一瞥して敵を見ながら口を開いた。

「此処は妾が相手をする。強さを証明したいのであれば他でするがよい」
「……へぇ、面白いねアンタ」

仕方ないから譲ってやる。と笑って言った小童に神楽が驚いておったがそれを見る事は出来なんだった。流暢に会話をしておるが、周りにおるのは妾達を殺さんと血気盛んな鴉共。そろそろこの場を切り開かねば、晋助も銀時もどちらも危うくなってしまう。
敵に殺意を向け、妾達と奈落の間に引いた境界線を鉄扇で刺しながら言った。

「先も言うたが、この線を踏み越えれば貴様らは塵となるぞ。命惜しくば退くがよい」
「女一人でこの数を相手にするとでも言うのか。天に抗い天啓を違うことなど出来るはずがない!」

そう言うや否や、一斉に攻め駆けてきた鴉共。多勢に無勢の状態。神楽が妾の名を悲鳴じみた声で呼ぶが、何を不安にしておるのじゃ。
このような事で不安になる事など無いと言うのに。

「妾の百鬼も見えぬ畏も知らぬ下卑た者など死んで良かろうて」

線を跨ぎおった人間共が声無しに消える。

「!?」
「!」
「何!?」
「……フッ…」
「やっぱ…怖ぇな…アイツ……」

一瞬で塵となった奈落共に驚き目を疑う者達。しかし妾を知っておる二人は、苦笑染みた声を上げる。何を笑っておるのじゃ貴様らは。今どういう状況なのか分かっておるのか。そう言いたいが、言うつもりもない。
分かっておるからこその反応。
知っておるからこその笑い。
期待通りの働きをしてやろうではないか。

「冗談であると思うておったのかぇ?世迷言を。妾は本気じゃ」

貴様らの生き胆など欲しゅうもない。ならば貴様らの血肉を塵と化してやるだけじゃ。
畏が見えぬ者共にも見えるようにと姿を晒してやった。途端に息を呑む鴉共。中でもあの男は、十の尾に目を瞬かせた。

「……生きていたとでもいうのか、“玉藻前”」

懐かしい呼び名であった。
妾がこの依代に憑く前の依代で呼ばれた異名。
狐のように尾を操り、人を誑かし化かし殺し、血を纏わせ笑う女。
攘夷四天王に匹敵する力を持つ女。

「死んだよ。じゃが妾が生涯愛する者との約束のために蘇ったのじゃ。そして貴様らに復讐せんとし、妾の大事な存在もの達を護るために、妾は此処におるのじゃよ」

華を開くように十本の尾を魅せつけながら言えば、奈落達は妾を畏れた。恐ろしいのであろう。死んだ人間が生きておることに。一歩その線を踏み越えれば、その瞬間自分はこの世に存在しなくなるのじゃから。
畏れるがよい。その恐怖を、畏怖を、妾に寄越せ。

「妾の呪いをその身に受けながらも、よくしぶとく生きておるものじゃなあ」

前の依代を手放す瞬間に狐の呪いを掛けたのは江戸幕府、徳川定定だけではなく、天導衆、そして妾を捕らえた貴様らもじゃ。定定は死んだ。そして貴様らもまた、狐の呪いに縛られる。
故に、もう一度言うぞ。

「去れ。この羽衣狐の前に幾百人で来ようとも、貴様らが妾の前で塵となるだけじゃ」

それでも妾にその切っ先を向けるというのであれば、お望み通りに貴様らを塵にしてやろうぞ。いや、それではつまらぬな。

「妾の十の尾で踊るかぇ?」

それもまた滑稽じゃのう。
脅しめいた言葉を口に出せば、たとえ道具になり下がった人間でも恐怖心が勝ったようで躊躇しておった。
すると、上空が喧しくなった。仰ぎ見れば、天導衆とは違う艦隊が複数の小型船を連れて来たではないか。見れば、徳川茂茂を護らんとしておった松平片栗虎の艇であった。
そろそろ、か。

「おい、何をしておる」

妾のスキを突いて晋助と銀時に攻撃をしようとしておる鴉共。神楽や小童が支えながらも敵を倒そうと構える。
妾の言葉が聞こえなかったのか。
遠慮という言葉などあるはずがなかった。
神楽達に迫りかかった鴉共を串刺し宙に浮かせてやった。

「鴉は天におるのがお似合いじゃのう」

愉悦に思い笑みが零れる。
頬に返り血がつくがそのような些事、気にならなんだ。ただただ、今は恨みを抱く輩共を思う存分弄び息の根を止める事に愉しさを抱いておった。じゃが、それもそろそろ潮時のようであった。

「どけェェェェェェ!!」

奈落共が引き始める。追いかけようとする者がいるならば妾が相手をし、二人を逃がす。二尾の鉄扇を大きくさせ、最後にと姿を眩ますために土煙を舞い起こす。
振り返り見れば、銀時は左に。晋助は右に向かって歩こうとしておった。

「っ……」

晋助のもとに駆け寄りたかった。
じゃが、晋助のほうに行こうとすれば妾の足は重枷をつけられたように動かなくなる。

「そのまま高杉んとこに行けば、会える。だが、今向かうって言うんなら、次会った時は俺達は全力でお前をぶった斬る」

銀時の言葉を思い出す。
けれど、今の晋助は違う。
妾が愛する晋助であり、松下村塾の高杉晋助。
妾が逢いたかった愛してやまぬ男。
なら、妾はどうすればいい。
晋助の方へ目を向けた。

「!」
「………」

夜兎の小童に支えられながら歩く晋助と目が合った。

「晋助……っ」

耐えられず、名を口にした。
次の瞬間であった。

「…ぁ……」

笑っておった。
妾の声に、言葉に、思いに反応を見せてくれた。
ゆるり、と穏やかな表情で笑みを溢した晋助。きっとあの小童も気付かぬほどの小さなもの。けれど、妾には分かるもの。ずっと見てきたからこそ分かる変化。
しかしそれは一瞬の出来事。すぐに小童と共にこの地を離れていった晋助に、妾は追いかける事など出来なかった。
そうか。まだ、なのじゃな。
お前に触れるのは、その体を抱きしめることが出来るのは、まだ先なのだな。

「……っ…」

ならば、妾はお前と共に歩めるその時まで待とうぞ。
たとえ今離れ離れであろうと、これから先何かあったとしても、妾は待つ。否、待たずに会いに行こうぞ。
待たせてしまった分、今度は妾がお前のもとへ行こう。
銀時を神楽と共に支えながら、抜け道を通り新八達と再会する。徳川茂茂は無事のようで、銀時も満身創痍でありながら安堵しておった。
それから、徳川茂茂は新政権を樹立するために京に向かって行った。世間は新たな将軍として一橋喜喜が置かれたが、時代は変わりつつある。
良くも悪くも、じゃ。
そうして、訃報が妾達のもとに届いた。

「……」

大通りに列をなし歩くのは奴の骸を背負った御輿。その両隣で影のようにひっそりとしておる参列者共。すすり泣く声がビルの上から眺める妾のもとに届く。

「……安らかに眠るがよい、茂茂よ」

憎き幕府の将軍。
天導衆の飼い犬に慣れ果てた者。
されど、あの男は侍の魂を持っておった。

「夜明けはまだじゃ」

日ノ本の行く末など誰もが分からぬ。このまま破滅に向かうか、それとも新たな時代の風が吹き荒れるか。
だが、約束を違うことはしなんだ。
徳川茂茂しょうぐんの魂を知っておる者が、このまま終わらせるはずがないのじゃから。

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