成り代わり | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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狐様が見た愛しい者



空に浮かぶ艇を心の底から憎いと言わんばかりに睨みつけた。
天導衆。
江戸幕府を傀儡とし裏から操る謎の組織。開国以後、奴らは内戦鎮圧の協力の名のもとに内政に介入し幕府の実権を握った存在。
其奴らにより、仲間をそして、あの男も、妾も死んだ。
そんな者共が何故ここにおるのじゃ。

「……なる程」
「?」
「奴等全てをしった上で高みの見物を決めこみ、この機をうかがってたってワケか」

シャラン、と大量の錫杖の音が背後、いや、周りから聞こえてきた。耳障りな金属音。その音に顔を歪めてしまうのは仕方の無いことかもしれぬ。
一橋派と将軍派が勝手にぶつけ合い、その消耗しかけておるところで漁夫の利狙いで妾達を畳みかける。
ほんに卑しい鴉じゃと思うたと同時に、突然嫌な予感が襲い掛かった。
奴等は漁夫の利で妾達を片付けようとしておる。茂茂を擁護する者と、一橋派の者共を。
つまり、それは、誰を、殺そうとしておる?

「っ」

弾いたように橋の方に目を向けた。鴉共が視界を妨げるが、妾には関係なかった。気配を探る。銀時や皆の、そして、妾の愛しい者の気配を。目を閉じ集中すれば、微かに浮かぶ灯火。じゃが、それはとても小さく、弱く、危ういものであった。

「っ…晋助……!」

行かねばならぬと、本能が告げた。夜兎の男の事など眼中に無かった。ただ今は、妾が護らんとする者が危うい状況である事で、すぐにでも向かわねばならん事しか頭に入っておらなんだった。

「土方、近藤!妾は先に向かう!」
「向かうって、てめェ何処に行くつもりだ!」
「つーか、千遥ちゃん!橋は壊してるってのに、どうやって…!」
「妾は行かねばならぬ…!絶対に殺させはせぬ。今度こそ、護らねば…!!」

晋助…!
妾が橋の先の場所へと向かおうとしたことを察した八咫烏が動き始めた。錫杖を片手に、足並み揃えて迫りかかってきた鴉共。土方や、夜兎の男が、女一人に対して多勢で襲い掛かってきた奈落に目を疑う。
それがどうしたという。

「妾の道を阻もうとしておるかぇ?」

妾が晋助の元へ向かうのを邪魔するというのか。
そうかそうか。
それほどまでに、あちらは面白い事になっておるとでもいうのか。
それこそ、晋助が死ぬような事でも?

「邪魔じゃ」

風が止む。
瞬きひとつした瞬間、妾の周りを囲んでおった鴉共が霧散した。影も形も何一つ無くなった者達。緩流に感じる時間ではあるが、ただの錯覚。
十の尾が、華開く。

「言うたであろう。妾の畏も見えぬ下卑た人間は死んでよいと」

妾の道を邪魔する者なら尚更じゃ。

「っ…!?」
「な……」
「あの者は……!?」
「…尻尾だと……」

土方達や夜兎の男が妾に視線を送ってきておるが、そんなものに構う余裕など妾にあるはずがなかった。
行かしてもらうぞ。
たとえ幾百の、幾千の人間が、天人が、敵が阻もうが、妾は向かう。
妾が愛してやまぬ、たった一人の男のもとへ。

「雑魚は土に還るが良い」

二尾の鉄扇を最大限まで巨大化させ、鴉共目掛けて振り下ろした。瞬間、風が吹き荒れ、地面は抉れ、地響きを鳴らし、鴉共を一掃する。
次に面を上げた時、妾の前には道ができておった。

「言うた通りじゃ。妾は急ぐ」
「!お、おい、待て千遥!!」

土方が呼び止めてきたが、足はもう既に晋助の元へ向かっていた。橋が壊れておる?それがなんじゃ。人間ならば飛べぬかもしれぬが、妾は狐。尾を操り、宙を走れば容易い事じゃ。
止まらぬよ。止まるはずがない。今ここで足を止めれば妾は必ずや後悔する。
悔やむことは、もうしたくないのじゃ。
あの日、晋助と別れた事を何度後悔した事か。
彼奴を一人にさせた事に何度己を責めた事か。
支えようと決意した矢先の別れ。
二度と何も失いたくないと叫び喚いた者から妾は離れてしまった。

「…晋助…っ…!」

この姿で妾であることを気付いてくれるか分からぬ。
あの約束を覚えておるかなど分からぬ。
もう過去のことだと割り切っておるかも知れぬ。
妾のことを忘れておるやもしれぬ。
道が無くなり、飛んだ。この先には忍の者しか知らぬ抜け道があったと百地は言っておった。何事も無ければ、銀時達は徳川茂茂を連れて抜け道を通っておるはずじゃが、そんな思い通りに行くはずがない。
銀時の背を預ける者はたった一人。
じゃが今は、刃を交わるべき存在。
そして、妾の愛する男。
その者が、銀時の行く道の先に立っておる。
故に妾は行く。
再び会うために。
そして、二度と悲しませる事の無いようにするために。

「!!」

妾の眼が捉えたのは蝶柄の女物の着物。血だらけではあるが、視界に充分映る派手なものであった。見覚えのあるその柄。
それはあの日華陀を何者かに奪われた時に見たもの。

「っ…」

ああ、間違いない。
その姿を見た瞬間、今まで悩んでおったことは全てを消えた。
たとえ覚えていなくてもいい。
この依代が妾だと気付かれなくてもいい。
それでも。
それでも、妾は会いたい。
妾が、妾の、たった一人の、愛した高杉晋助に。

「晋助!!!」

名を呼んだ。


***


「アイツの弟子。俺達の仲間。千遥の恋人。松下村塾の高杉晋助の魂を護る。俺は吉田松陽の弟子、坂田銀時だ」

その言葉に高杉は形容難い感情が胸に込み上げてきた。
自分が大切に思うものよりも、先生が大切に思うものを知りすぎていた銀時。
それはまた自分も同じようにしたかもしれないこと。

「……クク…この期に及んで……てめェは…まだ。…そうかよ、知らなかったよ、俺ぁまだ…破門されてなかったんだな」

とっくの昔に松下村塾から破門されたと思っていたから、銀時の言葉に高杉は憑き物が落ちたような穏やかな顔立ちになった。
しかし次の瞬間。

「言ったはずだ。師に拾ってもらった命、無駄にするものではないと。八咫烏が告げし天啓二度目はない。松陽の弟子達よ」

腹部に刺さった刃。口から血飛沫が噴き出した。声も無くして倒れ込んだ高杉に、銀時は目を疑った。
天導衆の介入。自分達が潰し合い瀕死になりかけの今出てきたということは、俺達を徹底的に排除しようとしていたのだろう。
だが、そんな事を銀時が許すはずが無かった。

「たとえ斬ることになってもコイツを止める。だがこの世で誰よりコイツの気持ちをしっているのもこの俺だ。この世で最も憎んだものは同じだ。てめェらだけにはコイツを斬る資格はねェ。コイツを斬るのも護るのもこの俺だ」

第三者が介入していいものではない。
介入してくるんじゃねェ。
固執した関係を修復するのも壊すのも、高杉と銀時しかできないこと。それを、勝手に入ってきて勝手にぶち壊そうとすることを許されるはずがなかった。
そして自分達の師である松陽の気持ちを勝手に代弁する天照院「奈落」の朧に怒りが湧く。師の何が分かるという。その道を、その選択のみしかさせてくれなかったのは何処の何奴だ。

「てめェが、松陽を…」
「語るんじゃねェ」

銀時の背後から刃が突き出した。
朧の片目が最期に映したのはどちらか、その眼のみしか分からない。

「どちらがここでくたばろうが、どちらかが必ずてめェらを地獄に送ってやる」
「生き残る?貴様らは二人とも、ここで果てる運命だ!!」
「残念〜。どっちも死なないよ。何故ならどっちも俺が殺るから」
「誰にも銀ちゃんは殺らせないネ。神威お前にもな」
「なら生き抜いてみろここから。お前の強さ証明してみろ」

そう言い合い、高杉と銀時を護るようにして戦おうとした神楽と神威。
刹那。
突如、上から地面に弧を描くようにして何かが現れた。

「!?」

神楽達を排除しようとした奈落達が驚き思わず足を止めた。神楽達も違う方向からの奈落の攻撃かと思い、警戒心を高めた。
しかしそれは、杞憂に終わる。

「その線よりこちらに来てみるがよい、貴様らの相手は妾がしようぞ」

怒りを抑え込むような低い声。
土煙が舞い上げ、姿を見つけることはできない。何者だ、と周りが警戒する中、高杉はその話し方に酷く懐かしさを感じた。

「…おせェよ、ばーか……」

銀時が乾いた笑いを浮かべる横で、高杉は朧気な視界の中、その姿を捉えようとする。
尾を広げる彼女。
十の尾が敵意に反応し、躍り蠢く。

「(……気配で、分かる…)」

歓喜に身が震えた。
声を出したくても、痛みにやられ、ヒューヒューと呼吸を繰り返すだけ。それでも何とかその名を呼ぼうと必死になる。

「この者達の命を奪おうとするのであれば触れる前に妾が貴様らを塵にさせようぞ。……卑しい鴉共めが!」

振り払うようにして十の尾を操り、姿を晒した。
きめ細やかな、まるで絹のような髪が風に弄ばれる。何を着ても似合うような容姿に、それが次の肉体なのかと場違いにも見惚れる。しかし、それでも彼女は彼女。
肉体が滅びようと、器が変わろうと、魂は変わらない。

「(忘れた事なんざ片時もねェ。向けられる愛情。慈しみ。優しさ。…あァ、間違いねェ。今、目の前に立っていンのは…)……千遥…」

自分が愛してやまない妖だった。

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