狐様の兎狩り
もうしばらく、銀時達と一緒にいる事を決めた。今、晋助のもとへ戻ることは出来るかもしれぬ。じゃが、彼奴が見ている道の障害になり兼ねん。
そして、きっと……。
そこまでで考える事をやめて、妾達は服部全蔵の元へと向かおうとしておる将軍の足止めをした。
「今迄アンタのために死んでった命全部ブン投げて楽にしてやろうか。それとも無数の屍踏み台にしてそれでも生きるか、アンタの好きな方を選べ。一ついえんのは
将軍が
将軍の戦いから逃げようが、俺達は俺達の戦いから逃げるつもりはねェって事さ」
「!銀時、上じゃ!!」
何かが突然、妾達の頭上の崖に突っ込んできた。その衝撃で岩が新八に落ちてきたが、それを弾いたのは将軍であった。しかもクナイで、じゃ。
「昔…投げ方を教わった。御庭番衆に。彼等は、私にとってただの家臣ではない。大切な友人なのだ。頼む…行かせてくれ。私は彼等を、全蔵を死なせたくはない」
そう切なげに、懇願する将軍に何か言いたかったが、残念なことにそれどころではなくなった。
頭上から刺すような重苦しい殺気。
「本物の将軍の首、みーっけ」
晴れた日であろうと傘を差し、極力肌を晒さずに戦場に生きそして死ぬ者。
夜の兎が群れを成し現れた。
こちらに目を向けた瞬間、銀時は将軍を護るために動いた。
「銀ちゃん!!将ちゃん!!」
「っ、走れ!」
二人が無事であることを瞬時に確認し、銀時達にそう指示を出した。受け身をとっておったからか銀時達もすぐに動いてくれた。銀時と妾が前に、新八と神楽を背後に将軍を護りながら走っていると、遠くの方で戦艦が大きな爆発をした。それが気になり足を止めかける将軍に銀時が叱咤の声を上げた。
「前見て走れェ!!生き残りてェなら、前だけ見て走れェ!!」
「それが私の…将軍の戦いであると、無数の仲間の死を踏み台にしても、世のため…民のため、生きのびろと!?」
耐え切れなかった将軍は今まで胸中にしまい込んでおった思いを溢し始めた。なぜ将軍になったのか、護るべき民をこんな目に遭わせている事に、涙を浮かべた。
そんな将軍に、銀時は前を見ながら言った。
「将軍、全蔵は、アンタのダチ公は死んだりなんかしねェよ。何故ならアイツにゃ、俺のダチ公がついてっからだ。将軍、アンタは…こんな所で死んだりしねェ。何故なら」
「!」
前後に夜兎が現れる。
それでも顔色を変えず、銀時は目の前の敵を見据える。妾も同じくして、鉄扇と太刀を手にし、兎を見た。
「何故なら、アンタにゃ俺達ダチ公がついてっからだ」
妾も、それに入っておるのかどうか分からんだがな。
先に動いたのは夜兎どもじゃった。互いに目配せし、新八が将軍の腕を掴み動いた。前後が駄目であるならば横から行けばいい。道なき道を向かうと見せかけ、銀時と神楽は夜兎の相手を、そして妾と新八が将軍を連れて崖を降りていく。
「新八!その男の手を放すでないぞ!!」
「!千遥さ、」
下駄を履いている故あまり無理をするわけにはいかぬが、この様子ではそうも言ってはおられまい。足に力を入れて速度を落とし、銀時達が取りこぼした夜兎二人と対峙する。妾に標的を変えたのか、夜兎二人が番傘を構える。
妾の刀の錆にしてやろうぞ。
鉄扇と刀を手にし、転がり落ちる中戦おうとしたが…。
「オイ、気をつけた方がいいぜ。なんでもこの里にゃ侵略者を阻む」
「こわーい罠があるらしいから」
「!貴様ら……」
「近藤さん!!土方さん!!」
崖の途中から姿を現し、夜兎の身体に一突き刺したのは幕府の狗。あれから姿を見せなかったから何処かで野垂れ死んでおるのかと思うておったが、なんじゃただの迷子になっておっただけか。刺されてなお将軍を狙おうとする夜兎であったが、銀時と神楽がその後ろから他の矢とを足蹴りし倒しおった。
「なんじゃ、無事であったのかお前ら」
「ようやく忠臣のご登場か。落とし穴から参上とは優雅だねェ」
「そうでもねェさ。岩のすき間に光が見えた気がしたが、まだまだ光陽は遠そうだ」
上にぞろぞろと蛆虫の如く現れる兎どもに、妾達は顔を上げ見遣った。
「流石は宇宙最強の戦闘種族。たった4人倒すのにこの体たらくだ。さて、どうしたもんかね」
「どうしたもこうしたもねェ。相手が誰だろうとやらなきゃやられる。そんだけだ」
「どうやら今や僕達が将軍様を唯一護れる、最後の忠臣みたいですからね」
「忠臣、か。面白き事よなぁ。よもや妾がそのような立場になるとは思わなんだ」
「冗談キツいぜ。よりにもよって最後に残ったのがコレか…。面接からやり直してェ気分だ」
「そのまま返すアル。将ちゃんを護って討ち死にならまだしも」
「「「「「てめェら(貴様ら)と心中なんて御免こうむるぜ(ぞ)」」」」」
将軍を護るようにして、妾達は兎狩りを始めた。
相手は夜兎で、多勢であろうと、まともな者など妾達の中には居らぬ話であろうて。まずは手始めに神楽が大きな岩で夜兎を分散させ、そこから奇襲を始める。じゃが、流石は強靭な肉体を持つ天人じゃ。
一筋縄ではいかぬようじゃ。
「おい」
将軍を戦場と化しておる場所から逃がそうとする銀時達の殿になるべく、一番最後に立ち嗤う。
「貴様らの前におるのは誰だと思うておるのじゃ」
鉄扇を上にかざす。
二尾の鉄扇は意のままに大きさを変えることのできる。つまり、お前達は所詮群がるしか能のない兎なだけじゃ。
「まずは、跪かぬか」
地面を抉り、地割れを起こす。薙ぎ払い、叩き落とす。これくらいの攻撃で死なぬことなど分かっておる故、攻撃をする前に兎どもを見えぬ尾で心臓を一突きで殺す。
勝手に穴が開き、血を吐く兎どもに畏が視えぬ土方たちは唖然とする。
「……お前…!」
「千遥ちゃん…!?」
「なにぼさっとしておるのじゃ。立て。走れ。そして、生きてみせろ」
土煙に紛れて妾に攻撃してきた兎を鉄扇で防ぎ、三尾の太刀で首を刎ねる。
次から次へと飽きることなく妾達を殺さんとする兎どもを千切っては投げと繰り返しながら走る妾達。互いに背を預け、死角を突かれぬようにしながら妾達は兎どもを葬り去る。そうして周りに姿がなくなった頃、荒い息遣いのまま銀時達は会話を始める。
「案ずるな。空いた背中は、互いに護り合う。…それが、『ダチ公』であろう」
「ハッ、一体どこのどいつだ。将軍様に汚ェ言葉教えたのは」
「トモダチンコの方が良かったアルか」
「そうか…そんな言い方もあるのだな」
「これ以上余計な事教えんな」
「貴様らの言葉遣いがそもそも悪いであろう。自業自得じゃ」
「オイオイ、この調子じゃまた影武者かもしれねェな」
「いや…将軍様だ。間違いねェ、俺達の将軍様だ」
そんな会話をしておると、神楽や銀時達を知っておる様子の夜兎がぞろぞろと同族を引き連れて現れた。無精鬚を生やしあまり清潔とはいえぬ見目をした夜兎の男に銀時は訊ねた。
「………どこにいる。奴は、高杉はどこにいる」
「……」
「少なくともあんたがこれからいく地獄にはいねェ」
つまり、まだ生きておるということ。
この状況ならば敵対しておると見えるが、愛しい者が生きておることに妾は思わず安堵の息を溢してしまった。
「忍に侍。仲良くこの国と一緒に滅んでいきな」
そう言って男は少々自慢げに百地の首を妾達に晒した。何も知らねばその首を見て一瞬息を止めてしまうかもしれぬが、残念であったなぁ。
「ココアでも飲むか。それともまっ赤な紅茶か」
それは絡繰りの頭ぞ。
百地の人形の頭が爆発をし、どこからともなく胴体を手裏剣とさせて現れたのは百地本体であった。
「立て、侍。忍もこの国も、まだ死んではおらぬぞよ」
百地の傀儡術で操っておった骸で時間を稼ぎ、油断したところを突いたようであった。流石は忍というべきか。そして、これからが真の忍の戦。
百地の強力により夜兎どもから距離を置くことができた。じゃが、将軍の安全を確保したとは言えない。そこで、百地は里の者のみが知る抜け道を通って将軍を抜け出すように言いだした。
それに通ずる掛け橋を破壊して。
「百地さん!?」
「将軍様、最後までお仕えする事が出来ぬ事お許しくだされ」
「忍だけじゃ心許なかろう」
「近藤さん!!土方さん!!」
「万事屋、将軍様を頼む」
それぞれの思い。それぞれが抱く気持ちを胸にし。
そしてまた、妾も同じことであった。
「よもやこのような興を妾も味わうとは思わなんだ」
「!?」
「な…!」
「千遥姐…!?」
壊れた橋の向こう側から驚いた声が耳に届いた。そして同じ地に立っておる者達もから。
「千遥、お前までなんで…!?」
「銀時」
「!」
くるり、と振り向き笑った。
案ずるなと、心配せんでよいと、言わんばかりに。
「……護っておくれ」
なにを、とは妾の口からは言わなかった。
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