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「#幼馴染」のBL小説を読む
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狐様は選ぶ



つい先ほど将軍の首はとられたという報せが来たというのに、妾達の目の前におる男は一体誰であろうか。流石の妾も目を丸くしてしまうものじゃった。

「きっ貴様らァァァァァァ!!」

裏切り者の男は片足が無くても、忍術を使い地面から徳川茂茂を亡き者にせんと迫りかかった。しかし、それを許すはずもなく、絡繰りの女が男を拘束し自由を奪った。

「将軍の首を狙い各地に散った貴様の兵は、もうどこにもいない」
「百地っ貴様…謀ったな」

近藤達も女のおかげで助かったようじゃった。

「…にしたって将軍暗殺実行部隊に…なんで将軍様がァァァ!!本物の将軍様は、ぜっ全蔵さんに……」
「それは余ではない。いや、そなたらが恐らくここ数日会ったであろう将軍も余ではない」

毒殺未遂事件からすでに企てられていたという影武者。本物である将軍はその直後、服部全蔵によって攫われ伊賀に潜伏していたという。つまり、裏切り者の男以外の三大上忍である百地乱破と服部全蔵は共謀して、将軍の死を偽ったという。それも、敵も味方全てを出し抜くというやり方で。
驚く間もなく、裏切り者の男を処分した女、百地乱破。絡繰り人形が本体だと思っておった者が多かったようで、驚きの声を上げておった。その後、その女の案内のもと、妾達は忍の隠れ里、不知火へと向かったのだった。

「忍の神、摩利支天が護るこの地なら、将軍の身も安全ぞよ。茶でも飲んでゆっくり休め」

そう言い、絡繰り人形の口から吐かれ出されたお茶。忍の里特製の茶であるようじゃが、誰が飲もうと思う者か。百地の絡繰り人形は武器だと思っておった新八であったが、どうやら違うらしい。
百地は傀儡術を極めた忍らしく、絡繰り人形を操りながら操られる者で、二人合わせて百地乱破という。

「あのォ…よく解んないんですけど、下手したらアナタの方が人形に見えるんですけど。全然動かねェし」
「案ずるな。モモちゃんは時に武器になるが時に急須になる。万能性能」
「ようするに大丈夫って事にね」
「そして時には便器にもなる」

そう言った瞬間、湯呑みに口をつけた土方と近藤は噴き出した。
おい、汚らしいぞ。
そしてそのまま二人は忍の要塞である此処から消えた。というか、隠し穴へ落下していった。此処が安全とはいえ、将軍の身もまたここでは危ないのも確かであった。

「将軍の身の安全はわしが保証しよう。あとはわしに任せ、そなたらはこの一件、手を引くぞよ。既にそなた等以外の部隊は敵の手によって壊滅していよう。将軍を京へ移送する計画はご破算になったぞよ」
「だからこそ私達がやらないで誰が将軍を護るネ!」

そう意気込む神楽ではあるが、百地はすでに身をもって経験しているためさらに言った。

「敵は一国家に匹敵する武力を持った連中ぞ。護る…そんな通常の考えでは将軍は再び死ぬ。そなたらにできるか。あの服部の小僧のように、将軍を殺す事が」
「!!どういう事ですか」

疑問を抱き、新八が問う。
百地は半年前、春雨に蹂躙されてから一月後にあった事を話してくれた。伊賀が恭順派と徹底抗戦する百地ら主戦派はぶつかり合い内乱寸前の緊張状態となっておったそうじゃ。そして百地は服部全蔵と密会を行い、里の内情を伝えたが既に知っておったという。

「将軍の敵は初めこそ一橋公を擁するただの過激攘夷浪士だったが」

その言葉に、妾の指がピクリ、と動いてしまった。

「今では抗いがたい巨大な勢力に膨れあがっている事を」
「………」

思わず銀時を見てしまった妾。しかし、銀時は顔色一つ変えず、百地の話を聞いているだけであった。
過激攘夷浪士。
脳裏に掠めたのは、あ奴じゃった。
妾の、愛しい男。
件の裏におるのが、彼であるというならば…このまま終わるはずがないぞ。百地の言葉が左から右へとすり抜けるほど、妾は動揺してしまった。

「将軍生存の報は誰にも伝えるな。将軍を死なせたくないなら、これ以上誰も死なせたくないならな」
「…奴等が、将軍の首とったくらいでおさまるタマだとでも?」
「っ」
「?しっておるのか、敵を…」

銀時の言葉に、妾の思い浮かぶ男であると確証する。
何か聞こうとしてきた百地であったが、部下から何か連絡が入る。銀時は立ち上がり、空を見る。真っ青な空、その遠く向こうに見えるそれをじっと見つめながら。

「………しってる。ウンザリする程にな」
「…っ……」

やはりお前なのかぇ?
銀時の言葉と視線の先、そして百地に届いた情報に、皆が空に浮かぶ鉄の船を見上げた。遅れて妾も向かうが、喜びか分からぬ震えあがる体が言うをことを聞かぬ。

「将軍暗殺の偽装がバレた!?こ…ここに将軍が匿われている事を…見破られた!?」
「いや、服部の小僧がそんな下手をうつまい」
「じ…じゃあなんで」
「よぉく見とけ、てめェら。アレが奴だ」

嗚呼、なんという事であろうか。
誰も思うはずもおらぬ事であった。先見の力などがあるはずもないのじゃから。
しかし、予感はしておった。
妙な胸騒ぎの正体は、これであったのであろうか。

「将軍が死のうと、奴は止まらねェ」

まるで走馬灯のようじゃ。
あの頃の記憶が、蘇ってくる。幼くして出会ったあの日から、別れた最期の日まで、全てが。

「政権が変わろうと、奴は止まらねェ」

震える指先。
見えなくても、分かる。
感じる。
愛しい者の気配が。
自分たちの目の先に見えるそれに乗っておる者。

「奴を止めてェなら、息の根を止めるまでだ」
「…晋助……!」

口元に手を当て、妾は泣きそうになった。
ああ、ようやく。
ようやく、お前に逢えるのじゃな…!
今までにないほどの喜びであった。この依代に憑き、ずっとこのためだけに生きてきた。下賎な輩共を悦ばせ、じゃが触れようとした者は亡き者にさせ、そうして妾は日に晒される事なく生きてきた。じゃが、今はもう、巨大な鉄の鳥籠は壊され、陽の下で待つことが出来る。
逢いたい。
逢いたいぞ、晋助…!
たった一目、お前の顔が見れるだけでもいい。
妾はお前に逢いたいのじゃ。
じゃが、それは同時に決別を意味することにもなる。

「千遥」
「!」

銀時がこちらを見た。
その眼差しは、決して喜びを共有してくれるものではなかった。

「お前は、ここで高杉の元に戻るか?」
「!」
「銀さん!?」
「銀ちゃん、何を言ってるアルか!」

銀時の言葉に新八と神楽は目を見開き声を上げる。しかし、銀時は二人の声などまるで聞こえなかったかのように、妾だけを見て続けた。

「もともと、お前の依頼はアイツを探してほしい事だ。願ったり叶ったりの状況じゃねーか。そのまま高杉んとこに行けば、会える。だが、今向かうって言うんなら、次会った時は俺達は全力でお前をぶった斬る」
「銀さん……」
「銀ちゃん……」

そうであったな。
妾とは違い、銀時は一度晋助と顔を合わせたのであったな。晋助と銀時のそれぞれの道が交わることはないと悟り、決別した。
そして、妾もまた……。

「……そうだな。そういう契を妾はお前と交わしておったな」

フッと笑い、銀時を見た。
馬鹿みたいにいい加減なくせに、そういう所だけは律儀な侠。故に、今まで多くの者と約束を交わし、護るものを増やして生きてきた。
不器用で、正直者で、嘘が下手くそで、それでも、人情は人一倍厚いのが、このうつけ者。

「妾は、まだお前達とは…敵になりたくないのう」

お前がもう大丈夫だとそう言い切ってくれるまで、妾はどうやら、お前を放っておけなんだ。

「……」
「…て、ことは…!」
「千遥姐…!」

喜びを露わにする二人を余所に、妾は銀時を見た。

「銀時」
「…おう」
「『お前はお前が思う道を歩むがよい』。……昔、妾はお前にそう言った。覚えておるかぇ?」
「…ああ」

そうか。覚えておるのか。
あの日に袂を分かつ時の事を、覚えておるとは意外なことじゃ。
笑みを溢した。

「お前は、松陽あのおとこのために、戦うのであろう?」
「ああ」
「……そうか」

なら、何も言うまい。

「妾がお前を止める義理は無い」

銀時、ともう一度名を呼んだ。

「頼む。護ってやっておくれ」

妾の愛する晋助を。
そして。

「          」

そう言った妾の言葉に、銀時はゆっくりと口を開けた。

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