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狐様と忍達



「ここにいる連中は立場も身分もバラバラ。だが利害を越えて将軍のために集まってくれた連中だ。ならば俺も身分なんざ忘れてただの将ちゃんの悪友としてこの戦に臨もう」

早朝、徳川幕府十四代将軍である徳川茂茂を京に送るまでの陽動隊が妾達がおる陸路であった。この計画が敵に露見すれば最も襲撃される確率の高い死地であった。
よもや、妾が将軍のために手足となろうとはな。
人目に気付かれぬように失笑を溢した。

「身分の貴賤なんざ関係ねェ。ただ同じく一人の将軍おとこを愛した者として共に戦おう。主君も家臣も関係ねェ。ただ一人の将軍ダチこうのために共に戦おう。必ず帰って、あの将軍おとこの国で、再び会おう」

御輿を前に、警察庁長官である松平片栗虎が堂々とした言葉に皆が真剣に聞き入っていた。
ただ一人のダチ公として、か。
元であり今はどうかは分からぬが、攘夷志士である妾もその一人に入って良いかなどは分からぬ。しかし、妾が憎んでいる幕府の者なのは嘘偽りのない事実。ならば、このまま妾が此処でこの者達を殺してもおかしくない話である。
それができぬのは、何故じゃろうなぁ。

「頼んだぞ、ダチ公ども。そして、影武者かげよ」
「あの、どーでもいいけど早くしてくんない。こん中スゲェ暑いんだけど」
「なんでお前が影だァァァァァァ!!」

あ、土方と近藤が銀時を崖から落とした。

「…なんじゃこの茶番は」

思わず呆れた声が出てしまった。
しかし、たとえ怠けるための理由であろうと銀時が影武者になるのは正解かもしれぬな。陸地が二重体勢で警護をしておるということは、それほどまで敵もまた強者であると見ても良い。
とはいえ…。

「冗談じゃねーぞ!!なんであんなバカ殿護衛しなきゃならねェんだ!!」
「そもそもあんな影武者が偽物なのバレバレだって!!」

先ほどから納得がいかぬ様子で土方と近藤が抗議しておるが、すでに始まっておることなのだから今更言うたって遅い話じゃ。影武者らしくしておらぬ銀時達も悪いが、近藤達もそろそろその態度を改めたほうが良いと思うがな。
そう思った矢先だった。

「気をつけた方がいいわよ。お庭番衆も、御徒衆も、異変があれば即座に動けるよう常時臨戦態勢だから。たとえ影武者であろうと、下手なマネをしたら蜂の巣よ」

クナイの雨。敢えて避けて攻撃したが、彼らから放った殺気は本物。いくら茶番かと思われておるかもしれぬが、彼らは本当に将軍を守るために必死でおる。
おいたが過ぎたようじゃな。
呆れた目を向けてしまうのも仕方のない事であった。
西へ向かう最中、江戸からだいぶ離れた途中で休憩を致す事になった。影武者とはいっても将軍としておる銀の字達はそれをいいことに傍若無人な態度をしておった。いいように土方達を使い物にしておって、些か滑稽ではあるがな。

「おい銀の字、いい加減にするのじゃ。真選組を甚振るのもほどほどにせぬか」
「あー?別にいいだろ。幕府なんだからよォ」
「その言い分は意味が分からぬぞ」

存分に団子を食べたようで、腹を膨らせた銀の字に妾は何を言っても駄目だと早々に諦める。土方は銀の字の態度に苛々が真骨頂に達しようとしておって、相変わらずの犬猿の仲じゃと嘆息を吐いてしまいそうになった。

「……」

生温い風が肌を掠めた。
ざわり、と尾が震えたのが分かった。
おい、落ち着かぬか。
尾に言いつけるよう目で言えば、些か大人しくした。此処で姿を晒すわけにはいかぬ。妾の正体が知られてしまえば、土方達の目が一瞬で変わってしまう。面倒事を更に面倒にしてしまえば、妾も面倒で一瞬で片付けてしまいたくなるのじゃからな。
傍で護衛をしておったくノ一の娘の元に、仲間であろう者達が何やら血相を変えて近寄ってきた。
どうやらすでに始まっておるようじゃ。

「裏切り者でもいるというの」
「その可能性が高い。とにかく、このまま西へ進むのは危険だ。一度、部隊を集め全員の身を改めるべきだ」

ほぉ…部隊を集める、となぁ。
その者達の言葉に妾はクスリ、と笑みが零れてしまった。

「…そんな面倒な事しなくても、ここに裏切り者なんていないわよ」

妾の傍におった護衛の男が動いた。
面白い。

「いるのは、素顔を隠して殺気は隠せていない偽物だけ」

三尾の太刀を取り出し、背後から襲い掛かろうとした不届き者が刀を降ろす前にその首を刎ねた。
銀の字や土方達にも敵が迫ってきておったようだが、事なきを得たようじゃ。気付かなんだった様子の新八と神楽に息災であるか確認しながら、銀の字達の話に耳を傾けた。

「やれやれ、ようやく罠にかかったというべきか」
「こっちがかかったというべきか」
「化かし合い。こっちは将軍に化けた影を用意してたけど、むこうは仲間に化けた影をこっちに潜り込ませてたみたい。つまり」

瞬間、頭上から刺すような殺気が大量に送られてきた。全員が上を向けば、妾達がおる場所から少し上の崖に、忍の恰好をした者達が立っておった。

「敵も忍を使ってる」

合図など無かった。
奴等が崖を降りてくるのと、妾達が戦闘態勢に入ったのは同時であったからじゃ。

「千遥!」
「分かっておるぞ」

羽衣狐である事が知られるわけにはいかぬ故、尻尾は出さんぞ。
銀の字の言いたい事が分かっておった妾は、懐から取り出した二尾の鉄扇を取り出す。と、同時に妾に振り下ろされた刀。ガキィン!と、金属同士のぶつかった音が至る所で聞こえる中、妾は嗤う。

「なまくら刀で妾を殺れると思うでないぞ」

一度距離をとった輩なら尚更。
鉄扇を巨大化させ、振り下ろし叩き伏せる。地面が抉れようが関係ない。鉄扇と太刀を両手に構えながら、次から次へとまるで蛆虫の如く現れる敵を相手にする。林の中へ移動しながら戦えば、ふと銀時達もまた忍共と戦っておった。

「銀時」
「千遥」
「銀ちゃん、こいつら…」

神楽たちも無事である事に安堵した束の間、猿飛が銀時達を襲おうとした者達を倒しながら現れた。戦いながらも、敵の戦い方を見ておったようで、娘には見覚えがあるものであったらしい。

「コイツら、伊賀衆よ」
「伊賀衆!?」
「貴様らお庭番衆を生んだ源流じゃ。忍の里、伊賀の忍達であろう」
「じゃあ同胞がこんな事を!?」

驚く新八に、猿飛は伊賀衆の内政について説明する。御庭番は江戸に根を張った伊賀流の分派であるが、伊賀に残った者は利益のみを追求して動く職業傭兵集団であるという。そして護るためではなく、その首を狩るために妾達を襲っておるというのじゃが…。

「まるで忍の里そのものが敵であるようじゃな」

そう思ってもおかしくない現状であった。林の中を走りながら、周りの様子を伺う。妾達を追いかけてはくるものの攻撃はして来ぬ輩共。まるで陽動しておるようじゃが、どういうつもりなのかのう。猿飛を追いかけながら、考えておった時だった。
地を抉る音と、鎖の音が背後から聞こえた。足を止め、振り返れば…。

「新八!神楽!」

地面に頭だけを出した状態の神楽に、足に鎖を巻かれ宙吊りにされた新八。二人の背後には、図体のデカい男と全身を包帯で覆われた女を車椅子でおすメイド姿の女がおった。何者かは分からぬが、そこそこ強者であることは感じ取った。
じゃが女のほうが、これはまた面白い事じゃ。
伊賀衆において上等の立場におる者達の企ては分からぬが、伊賀の里が半年ほど前に襲われたという。そして甘言に乗せられて将軍暗殺に手を貸したという男の話に妾は単純で愚考な持ち主であるとしか思わなかった。
将軍暗殺の手柄を取らんとする男であったが、一足先に別の者が将軍の首をとったようじゃ。
御庭番頭領である服部全蔵が。
手柄が取れなかった事に喚くこともせず、まだ手柄はあると言って足に力をくわえて男。その下には、神楽がいるというのに、だ。

「貴様…っ!」
「者ども、こ奴等にもう用はない!!一兵でも多く将軍勢力を討ちとり手柄をあげ…」

そう部下どもに声高々にして言った男の身体がぐらり、と揺れた。
それもそのはずじゃ。
神楽を踏みつけようとした足が、無くなっていたのだから。

「折角の指示で悪いんだが、俺達ゃてめェの命令きく義理はねェよ」
「トッ、トシぃぃぃ!!」
「誰がトシだ」
「違いねェ。俺達をアゴで使えるのは、天下で一人だけだ」

そう言い新八の鎖を切ったのは近藤。
驚きを隠せぬ男に、女は言う。
敵と内通していた裏切り者の命令を聞く義理はなく、代わりにこの場にいる一番身分の高い者に指揮をとらせるというのは、と。
忍がクナイを構える中、その者は現れた。

「将軍の名の下に命令をくだす。賊を討て」

護るべきはずの将軍おとこが。

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