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狐様と影武者たち



十三代将軍である徳川定定が急死したという報せに、妾は別段何も思わなかった。ただ思い出すのは、前の依代を手放す時に奴等を呪った事だけ。
狐の呪いは、その血が絶えるまで永遠と蝕み続ける。
故に、あの下卑た輩共を呪うということは、この江戸幕府に終止符を打とうとしておるということであった。それに気付かなんだ愚かな奴等は、こうして高みの見物をしておった。じゃが、それも、そろそろ潮時のようであった。

「おや、銀の字。何処かへ行くのかぇ?」
「千遥」

既に日は沈み、闇の世界になりつつなる頃、万事屋の元へ足を運んだ妾を待っていたのは、何処かへ行く支度をしておる三人だった。妾の姿に嬉しそうに駆け寄る神楽と、律儀に挨拶をしてくれる新八。その二人とは反対に、妾が此処に居ることに対して不都合だとあからさまに顔にかいておる銀の字。
これはまた、厄介な依頼でもされたかのう。
そう思っていた妾に勝手に観念した銀時が「依頼じゃねェよ」と一言言った。依頼でないならば、重苦しい空気を纏っておるのは何故か。そう訊ねれば、銀時は言いにくそうにしておったが、小さく息を吐いて妾に教えてくれた。

「将軍様のピンチなんだよ」

ピクリ、と食指が動いた。
ほう、将軍様のピンチ、と。徳川定定が亡き今、次の将軍は徳川茂茂だと聞いておる。そしてこの内政で奴の下から家臣が離れておるということも。
そんな中、銀時達が呼ばれたとなれば、何かあるに違いない。

「おい、銀時」
「……なんだよ」

あからさまじゃなぁ。なんとも分かりやすいほどの嫌そうな声を出しておる。分かっておるのじゃろう。妾の言いたいことを。しかし、妾の言葉を遮ることはできぬはずじゃ。
クスリと笑って、銀時に言った。

「妾も連れて行け」

もはや銀の字に拒否権など存在しなんだ。


***


とある屋敷。そこに招き入れられた妾達の前に現れたのは、男の一物の集団であった。
なんじゃコレは。

「おい。妾に粗末な一物を見せるとはどういう事じゃ」

思わず嫌悪感丸出しで言った妾は悪くないはずだった。じゃが、この世界で下世話な事には慣れてはならぬといかぬ。特に身近に銀の字のような男がおればなおさらの事。
しかし、これだけは我慢ならんかった。

「銀の字」

怒りの矛先を銀の字に向けようとした妾の視界に入ったのは、一物に扮装した銀の字達だった。
ねぇちょっと待ってくれる??
一歩後退ったのは生理的拒否であろう。妾は悪くないぞ。銀の字はともかく羞恥も何もかも捨てて男の一物を着る神楽と新八に動揺を隠しきれなんだ妾。そんな妾に着終えた銀の字が声を掛けてきた。

「なにやってんだ千遥。お前もさっさとこれに…」
「着ろというのであれば、それよりも先に貴様の一物を削ぎ落してやろうぞ」
「え、なんで俺の代償がデカいンだよ」

切っ先を鋭くさせた尾を目前にして言う妾を銀の字は死んだ魚の目で見る。顔色一つ変えず言ったつもりだが、銀の字には分かるようで、妾の心情を察したうつけはニタリと口角を上げた。
ああ、しまった。この男は嗜虐性を持ち合わせておった。

「あれれ〜?もしかして千遥ちゃんは恥ずかしいんですかぁ〜?」

ほら見ろ。こうして人をおちょくるのじゃ。

「誰が好き好んで、一物に扮する者がおるのじゃ!」
「ぶへらッ!!」

横腹に一発蹴りを入れたら、容易く倒れた銀の字。粗末な一物に扮した銀の字が自力で起き上がることなどできるはずがなかった。起こしてーと情けない声を上げる銀の字を無視しておると、ふと隣の部屋が騒がしくなった。耳をそばだてて聞けば、将軍を江戸から連れ出せ、暗殺などと物騒な言葉が聞こえた。
つまり、定定の後継、十四代将軍徳川茂茂は今狙われる立場であるということか。
この間の江戸城でのことといい、なんというか…。

「……今度はお前たちは何に巻き込まれようとしておるのじゃ」

尾で銀の字を起こしてやってそう言えば、銀の字は「知るかよ」と一蹴。そして何処を見つめて、何を見ているのか分からぬ眼差しでまた一言。

「俺ァただ、もう約束を破るつもりはねェだけだ」

普段とは違うその声色で言った言葉は酷く重く、幾重の鎖で縛られたように感じたものだった。
特に追求することはせず、銀の字のことは放っておいて、隣の部屋の話に聞き耳を立てておると影武者という言葉が出てきた。まぁそれが定石というものであろうな。誰が本物の将軍を敵に渡すような阿呆をするか。荒い口調の男の声に応えるようにして襖が開いた。
影武者を誰かに見せておるようだが、その見せておる相手の声は聞き覚えのあるものだった。
盗み見てみれば、そこにはやはりというか、幕府の犬である土方と近藤の姿が。そんな二人が敬語なり使っておるということは、あのサングラスをかけた男が警察庁長官の松平片栗粉か。
この屋敷は松平のであったのか。
驚く間もなく、お笑い場面に入ったようで一物の集団に土方が次から次へとツッコミを入れ始める。忙しないのぅあの男は、と思っていると、土方は銀の字達に気付いたのだった。

「タメ語とは無礼じゃぞ。影とはいえ余は将軍。敵にバレぬよう、将軍同等の扱いをせんか」
「いや既に正体バレバレだろーが!!なんでここにいる万事屋ァァ!!」

まぁ、犬猿の仲なら気付かないわけがなかった。すると、将軍の影武者の一人であった者が面の皮を剥がして素顔を見せた。その者は女で、銀時達と知人のようであった。痴態を晒す女に、銀の字の知り合いなだけあると納得すると共に思うのはただ1つ。

「オイ。粗末な一物を向けたら貴様を殺すと言うたであろう」
「さっきよりもバイオレンスになってるじゃねェかァァァ!!」

銀の字の粗末な一物を切るよりも銀の字自身を斬るべきだと思い改め、三尾の太刀を取り出し振り下ろした。ギリギリで躱されて舌打ちを零す妾に騒がしく喚く銀の字を無視する。
そんな妾に気付き、真選組は目を丸くした。

「なんでてめェがいるんだよ」
「…ん?」
「おめェだよ!なんで関係の無いてめェがここにいるんだって聞いてンの!!つーかなに物騒な獲物持ってやがんだ!お巡りさん舐めてンのか!?」

地団駄を踏むように声を荒らげる副長殿に今気付いたという体を見せて、妾はニコリと笑った。

「あら、土方さんに近藤さん。お勤めご苦労様です」
「おう、サンキュ。じゃねーよ!だからなんでいるんだよ!!」

やはりというか、いつにも増して喧しい男だと思いながら上っ面の笑みを浮かべてそんな事を心の中で思うた。ここで会ってしまったのだから今更誤魔化すのも面倒じゃ。表情には出さぬようにして銀時に頼まれたものでと静かに答える。

「万事屋?なんでテメーが万事屋と…」
「昔のよしみで、ですよ」
「昔のよしみだァ?」

そう答えた妾と銀の字を交互に見る土方に、妾はそれ以上の詮索は良してもらおうと有無を言わさぬ笑みを浮かべたのじゃった。銀の字達がいることに驚きを隠せぬ将軍。以前、月詠の頼みで江戸城へ行った時、銀の字達は将軍に助けられた。あの時は無事であったことに安心したが、その感謝は多大なもの。銀の字にとって、将軍の危機迫ろうとする時に何もしないはずがなかった。その気持ちに、行動に感謝する将軍。

「…妾の尾の餌食になるか?」

下品で汚らしい液体を吹き出す将軍達に冷たい声が出た。
それから影武者の者を護衛する事になった。その中でも、妾達万事屋は江戸滞在、陸、海でもっとも危険な陸地の方を任されたのであった。
松平の指示の元、準備を始める真選組。近藤と土方以外の隊士は江戸に滞在する影武者の護衛をすることになった。そんな様子を見つめる妾に近寄ったのは銀の字。将軍のために忙しなく働く奴らに失笑が浮かぶ。

「…よもや、攘夷志士が将軍の護衛をするとはな」
「仕方ねーだろ。俺たちは将ちゃんのダチ公だからな。本当だったらお前は行かなくたって良かったんだからな」
「否定はせぬ。じゃが、…少し、妙な胸騒ぎがしていてのぅ」

何の感情も抱かぬまま真選組の様子を見つめる。
胸騒ぎ。嫌な予感を抱いておるのじゃが、不明瞭で曖昧なものであった。うまく言葉がでず、答えは出なんだ。

「奇遇だな。オレもだ」
「……そうか」

銀時もまた、同じようであった。
しかし、奴はその胸騒ぎの正体を知っておるように見えた。
それから妾達にも指示が入り、銀の字は松平に呼ばれた。妾は何もしなんでよかろうか、と思いながらぼんやりと夜空を眺めておると、妾に歩み寄る者が。銀の字の知人であるくノ一の娘が妾の前に佇んだ。なぜか腕を組まれ仁王立ちをして、妾を見下すように。

「ねぇ、ちょっとアナタ」
「…妾の事か?」
「そうよ」

キッと鋭く睨みつける娘に妾は態とらしく首を傾げる。その態度にさらに苛立ったように眉間に皺を寄せた娘は、何様であろうか、この妾に向けて指をさしてきた。
その指を削ぎ落としても良いのかぇ?
そんな事を思いながら、娘の言葉に耳を傾けた。

「アナタ、銀さんの何よ!!見せつけるように銀さんとイチャイチャしてから!何!?別に羨ましいとか思ってないけど!?羨ましいけど!!まさか彼女とかでも言うんじゃないでしょーね!でも残念でした!銀さんにはこの私というメス豚彼女がいるんですぅ!アンタなんてただの遊び人なんだからね!余裕ぶっちゃってんじゃないわよ!!」
「なんじゃお前は」

あまりにも必死でムキになって言う娘に妾は呆れしか出んかった。唾を飛ばすいきおいの娘の言葉はただの嫉妬でしかなかった。
銀の字の彼女?この妾がかぇ?おい、戯言も大概にしてもらおうか。

「いつ妾が銀の字と恋仲になったのじゃ。そんなもの、こちらから願い下げるぞ」
「はぁ!?惚けてんじゃないわよ!知ってるのよ!アンタがよく万事屋に行くのも!銀さんと一緒に歩いてるところも!勘違いしないでくれる?銀さんはアンタのこと好きなんかじゃないんだから!銀さんは私のものなんだか、へぶしっ!!」
「……少しは人の話を聞かぬか」

喧しくて思わず尻尾で叩いてしまった。軽く飛んだ、俗に言うストーカー女である娘に冷めた目を向け、あまりにも飛躍し過ぎておった推論にため息をこぼす。
誰があのちゃらんぽらんでぐうたらで情けなくて責任感の無い男の女じゃ。

「安心せぃ、娘」
「娘ってなによ!アンタあたしとそんな歳変わらないじゃない!むしろあたしのほうが歳上でしょーが!詐欺ってんの!?年齢詐欺してんの!?」
「……」

この娘の生き胆喰らうて黙らせてしまおうか。
しかし、銀の字が許すはずもないことなど分かっておる。変な勘違いをしておる娘に、今度は妾が見下した。

「勘違いするでない。妾はあんな年中無休甘い息を吐いてるろくでなしなど好いておらぬ」
「銀さんに対して酷すぎでしょ!」
「騒がしいのぅ、お前は。人の話を聞け」

射殺すような鋭い目を向ければぐっと黙った娘。それで良い。妾は余興は好きであるが騒がし過ぎるのは嫌いでな。
それにしても、妾が銀の字の恋仲とはなぁ。面白おかしい話じゃ。
妾には、愛してやまぬ男がおるというのに。

「安心するがよい。妾には、別に好いておる者がおる」

脳裏に浮かぶあやつに想いを馳せる。
どんな姿をしておるのであろうか。あの時の傷はどうしておるのか。元気にしておるのか。聞きたいことが沢山ある。
会えた時、お前は笑っておるだろうか。
あの日の事を思い出し、一瞬だけ心が闇に染まった。

「……娘の恋路など、微塵も興味ない」

そう言い捨て、妾はその場をあとにした。何か言いたげな表情であったが、聞くことはしなかった。それに免じて、生き胆を喰うのはやめようではないか。
月を眺める。

「(お前も、この景色を見ておるかぇ?晋助)」

答えてくれる者は、隣には居らなんだ。

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