成り代わり | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
総督様は処刑執行人



阿呆提督の部屋を後にした高杉は、再び一人でふらりと艦内を歩いていた。しかし、その足取りは目的があったものだった。賑やかな場所からだんだんと静かになっていく場所へと向かった高杉に、か細い声が届いてきた。

「ちょうかはんか、ちょうかはんか…。ウフフ…」

元第四師団団長であった華蛇のもとで足を止めた高杉。

「……“半”だ」
「うふふ〜。残念〜、“丁”じゃ」

ボルトとネジでの賭博。結果を告げるのは彼女故、それが正しいかなどというのは分からなかった。しかし、彼女との賭けに負けたことは確か。そんな高杉に別の場所から声を掛ける者が。

「ありゃりゃ。今度はアンタが死ぬ番だね。そいつは呪いの博打だよ。負けた奴は必ず不幸になるのさ。俺も負けたんだから間違いない」

両手両足に枷をつけられにこやかに笑う神威だった。そんな彼に失笑を溢しながらも高杉は皮肉な口調で彼に言葉を返した。

「殺しても死なねェ化け物がぬかしてやがる」
「わざわざ手当てまでして生かしたのは公開処刑でもして、他の連中への見せしめにするためだろう。日どりはいつ?」
「三日後だ」
「三日か…。俺とアンタ、どっちが先に死ぬかな。アンタもわかってるんじゃないかい。春雨の連中はどいつもこいつも自分の利権のことしか頭にない共食いをくり返してる愚劣な組織だ。ウチの力を利用し幕府を討つなんてできやしないよ。どれだけ恩を売っても利用されるだけ利用されてお払い箱さ」

淡々とした口調でそう言った神威に高杉は何を今さらと言わんばかりに笑った。

「確かに利用するにせよ、されるにせよ、こんなふがいない相棒じゃつまらねェってもんだ。こんな所にいたら折角生えたその立派な牙も腐り落ちちまうだろうよ」
「あんた、……一体春雨に何をしに?」

この場から去ろうとする高杉に興味を抱いたのか、神威が思わず尋ねた。

「てめェと同じだよ。不様に生え残った大層な牙つきたてる場所を探してぶらりぶらりだ。だがこんなオンボロ船じゃ、どこにもいけやしねェ。どうせ乗るならてめーのような奴の船に乗ってみたかったもんだな」

そう言って笑みを神威に向けた高杉。そのまま去るのかと思えば、ふと足を止めた。まだ何か言うのだろうかと首を傾げた神威だが、高杉の視線は自分ではなく華蛇に向けられていた。
じっと見つめる高杉に、まさか阿伏兎同様華蛇に気でもあるのだろうかと思った神威。

「女狐がそんなに気になるのかい?」

思わずそんな事を口にした。
だが、返ってきたのはバカにするように鼻で笑うものだった。

「勘違いも甚だしいぜ。こんな女、“女狐”だとしても“狐”なんて大層な名じゃねェよ。…“狐”ってェのは、魔性の魅力で敵も味方も誑かすような奴の事を言うんだぜ」

自分に背を向けている高杉の表情をうかがう事は出来ない。
だが、先ほどの侍といい狐といい、その言い方はまるで…。

「へぇ…。まるでホンモノの“狐”を見たことがあるような言い方だね」

思わずそう言ってもおかしくなかった。
侍の時も外見的特徴を口にしていなかったはずなのに、この男は自分が脳裏に浮かべていた男と同じ容姿を口にしていた。そして今度は、“狐”と呼ばれる存在を知っているかのような言葉撰び。先ほども言ったが、その左目には千里眼のようなものでも秘められているのだろうか。

「まァな。……“アイツ”は、俺のモンだからな」

最後の言葉は神威には届かなかった。

「じゃあな、宇宙の喧嘩師さん」

その言葉を最後に高杉はその場を後にした。
それから三日後、予定通りに神威の公開処刑が行われるようになった。
神威に謀反の疑い。提督が組織内での神威の台頭が気に入らなかったためだという噂が流れながらも、処刑は開始しようとしていた。

「者ども、よく見ておけい!!これが謀反人の末路だ。我に仇なすは元老に仇なすことと同じ。元老に仇なすは春雨に仇なすことと同じ。それなる掟を軽んずればどの軍団も烏合の衆と成り果てる」

一人、高い場所から見下ろしマイク越しに声を張り上げる阿呆提督。大勢の春雨海賊に所属する天人が見ている中、神威の処刑は絶大な効果を得るだろうと思っている様子なのがあからさまに出ていた。

「神威よ。貴様は組織に軋轢しか生まぬ存在であったが最後位は組織の礎のために死なせてやる。何か言い残すことはあるか」

中央に拘束された神威は、怖がる素振りも許しを請う素振りも見せず、いつもと変わらない笑みを浮かべていた。それがまた不気味に感じながらも、阿呆提督はそう尋ねれば神威はなら一つだけと言ってスゥと息を吸い込み…。

「アホ提督」

堂々と彼の名を呼び間違えたのだった。

「殺れェェェブッ殺せェェェ!!」

それに怒らないはずがなかった。もはや反射的に処刑執行人に命令した阿呆提督に一人の男が制止の声を掛けた。

「まァ待てよ、アホ…阿呆提督。そいつぁ俺にやらせちゃくれねーか」

草履を擦らせ、登壇してきたのは高杉だった。阿呆提督を呼び直したのは素なのかどうか、本人しか分かり得ない事だった。

「残念ながらサシの勝負とやら応じてやれなかたが、介錯くらいはつとめてやらねーとな」

義理深いとは言い難いその言葉を口にして高杉は神威の前に立った。その様子を下から見ていた勾狼は傍に控えている部下に指示を出した。
合図を出したら高杉を殺れ、と。
剣呑な雰囲気が会場を覆う。誰も一言も喋らない静かな空間の中、互いに顔を見合わせる神威と高杉。

「こんなオンボロ船に乗り合わせちまったのが運の尽きだったな、お互い…」
「…アンタと俺のゆく先が一緒だと?地球の喧嘩師さん」
「さあな。少なくとも観光目的じゃねーのは一緒だ」
「観光だよ。地獄巡りだけど」
「ククク、違いねェ」

その瞬間、瞬く間に刀を抜き振り下ろした。拘束具ごと、神威に一太刀を浴びせる。静かな中、ただの鉄の塊となった拘束具と声なくまま倒れた神威の音が響き渡った。
その好機を勾狼が逃すことは無かった。
腕を降ろし、合図を出す。傍に控えていた部下も、処刑台に立っている者も武器の切っ先を高杉へ向けた。気付いていない、そう思っていたはずだった。

「せめて、地獄で眠りな。オンボロ船の船員どもよ」

持ちあげられた口角に、体が怯んだ。そして気付く。背後に誰かがいる事に。振り返るよりも先に、自分の首に絡みつく腕。ゴキリ、と聞くに堪えない音が耳に届いた瞬間、視界は真っ暗になった。

「だからいっただろう。あれは呪いの博打だって。どっちが先に死ぬかなんて言ったけど、二人一緒に死ぬつもりかい」
「どうせ躍るなら、アホよりとんでもねェアホと躍ったほうが面白ェだろうよ」

互いに背を合わせる。自分を助け、そう言った高杉に神威は吉原で出会った侍と重ねて、やはり侍は面白いと小さく呟いた。一方、高杉が自分を裏切った事に怒り心頭になった阿呆提督は部下に二人を殺すように命じた。自分を用済みの道具だと世迷言を抜かす提督に高杉は笑った。

「用済みなのはてめーらだよ。言っただろう、介錯は俺がつとめるってよォ。この刑場において処刑執行人は俺ただ一人。ここは、てめーら全員の首斬り台だ」

そう高杉が言ったのと、二か所から大きな爆撃を受けたのは、ほぼ同時だった。土煙が視界を遮る。何事だと思いながら前を見た瞬間、ドンドンと銃声が響き渡り、さらには鬨の雄叫びが聞こえてきた。
高杉が率いる鬼兵隊の乱入だった。
さらにもう一か所から爆撃を受ける。見てみれば、宇宙の塵にしたはずの、第七師団のメンバーだった。
形勢を覆された状況に、勾狼は狼狽えた。提督にどうするのか、と仰ぎ見ればすでに姿は無く、一人逃げようとしていたのだった。すかさず勾狼も追いかけ、共に小型船に乗り込み母艦を見捨てようとしていたが、偶々触れたモニターに映ったのは、にこやかに手を振っている神威の姿。

「神威じゃないですよ、アホ提督。今日から、バカ提督です」

爆発した小型船と共に二つの命が散った。
黒煙が立ち昇る中、傍に立っていた高杉に神威は歩み寄った。大きな借りが出来たという神威。サシの勝負はしばらくはやめるという彼に、高杉はフン、と鼻で笑うだけだった。
己の保身のみ考えていた提督が消えた宇宙海賊。その母船を去る前に、高杉は再び彼女のもとへ足を運んだ。

「丁か半か…」
「“丁”だ」
「残念。“半”じゃ…」
「…フッ」

小さく笑い、そのまま去った。

prev/next
[ back / bookmark ]