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総督様と春雨の雷槍



春雨海賊元第四師団団長の華蛇が帰還した。その報告を受け、宇宙を股に掛けていた第七師団は春雨海賊上層部、春雨の戦艦を率いる阿呆提督のもとへ一時帰還していた。
第七師団。春雨の雷槍と呼ばれる最強の戦闘部隊。最強戦闘民族である夜兎族で構成された師団。その最強部隊を率いる団長である神威と副団長である阿伏兎は、華蛇を一目見ようと、彼女が入れられた牢屋へと寄った。

「嘆かわしいねェ。春雨第四師団団長といえばかつては宇宙に咲く一輪の花なんぞと呼ばれていたもんだが、派閥争いで居場所を失い、組織の金持ち逃げしてどこに姿消しちまったのかと思ってたら、まさかこんな姿でご帰還たぁね」

かぶき町での若々しく、清楚な美女な容姿であった彼女は見るに堪えないほどのみすぼらしい姿になっていた。全てを失ったショックにより精神が崩壊状態にある廃人と化し、かつての面影はまるでない。賭場を仕切っていた過去を追い求めるように「丁か半か」とうわごとを繰り返す彼女を、冷めきった目で見つめながら二人は話を続けた。

「残念ながら地球にも彼女の居場所はなかったみたいだよ。博打が過ぎたね…彼女もお前も…」
「…………オイ妙な勘ぐりは止めろ。どっかの馬鹿団長じゃねーんだ。仕事にそんな私情もち込んでたまるか」
「ハイハイ」
「そもそもコイツはツラも名も変えて地球に逃げてたんだぞ。んなモンわかるワケ…」
「ハイハイ。まァいいさ。辰羅の連中のお得意の集団戦術とやらとやり合ってみたかったけど、しょせんサシじゃ夜兎に遠く及ばない雑兵集団。勝敗結果は見えてるもんね」

後ろで阿伏兎が何か訂正の声を上げているがそれを無視して、その場を後にする神威。聞いてないと分かれば、何を言っても意味がないと日頃の行いから学んでいる阿伏兎は華蛇に目も遣らず神威の後を追った。

「そんな事より、またアイツらに手柄とられちゃったね」

春雨海賊に所属する連中が集まる大きな広場まで来た神威はひとり言のようにそう口にした。雑魚ばっかだなぁ、と言いたげな様子で周りに目を向けていた神威。

「そろそろホントにお礼しにいかなきゃいけないかな」

墨色の羽織がすれ違いざまに靡く。
何事もないはずだったが、神威は足を止めて振り返った。と、同時に彼もまたピタリと足を止めた。そしてゆっくりと振り返った、隻眼の男。

「侍に」

笑顔を浮かべず、神威は殺る勢いの眼差しを彼に向けた。
鬼兵隊総督、高杉晋助。
互いに利害が一致する範囲の働きであるが、春雨にとって使える男。地球の江戸における春雨の実働部隊は鬼兵隊といってもさしつかえあるまいといえよう。今回の華蛇を捕獲していたのも、江戸に潜伏していた鬼兵隊の働きによってのものだった。

「…女狐、ねェ……」

煙管を片手に、高杉はふらりふらりと春雨の艦内を歩き回った。
元第四師団団長の辰羅の女、華蛇を捕獲した高杉。春雨の戦艦に来てからというもの、華蛇の事を良く知る者達は彼女のことをこぞって“女狐”だなんだと言っていた。確かに、捕獲する際もあの女は古風な口調で喧しく喚いていた。
しかし、高杉にとって“狐”と呼ぶのはあの天人ではなかった。

「晋助」

愛おしいと、名前を呼ぶその声色だけでも伝わる。自分の名を紡ぐ彼女の口唇を己で塞ぎ口付けすることを飽きることなくしていた。
脳裏に浮かぶ妖の顔が薄らとぼやけていた。鮮明になっていくと思えば、河川敷に晒される彼女の依代の頭。

「……狐は、“玉藻前”だけだ」

小さく呟いた彼の声は、低く重いものだった。
それから、どこに行くわけもなく一人でまた艦内を歩いている時だった。

「やっ…。また会ったね」

にこやかに手を上げてそう言う神威に、高杉は何も返答しなかった。それを承知の上でか、神威は淡々として言った。

「単刀直入で悪いんだけど、どのタイミングで言ってもきっと驚くから言うよ。死んでもらうよ」
「…………別に驚きゃしねーよ。…最初に会った時からツラにそう書いてあったぜ」
「流石に察しがいいや。実は以前侍って奴をこの目にしてからこうしてやり合いたくてウズウズしてたんだ。なんでだろう。微かだけど、あんたからはあの侍と同じ匂いがしたのさ」
「奇遇だな。俺もその銀髪のバカ侍を殺してクタウズウズしてんだ」
「…………察しがいいというより、超能力でも使えるみたいだね。その左目に秘密でもあるのかな」
「フン」
「神威!!」

喧嘩を仕掛けてきた神威を呼ぶ者が。見れば、周りを囲い込むのは、第八師団団長の勾狼と、その部下だった。自分と神威を囲んだ勾狼と部下達の手には獲物が持たされていた。
まるでサシでの喧嘩を邪魔しにきたかのようだった。

「邪魔はするなと言ったはずだよね」

冷めきった声が出た神威に、勾狼は笑って言った。

「邪魔なんざしねーよ」

瞬間、地面にポタポタと血が落ちた。
神威の背に突き刺さる複数のボーガンの矢。一瞬何が起きたのか分かっていないようで「あり?」と気の抜けるような声を上げた神威に、勾狼は言った。

「神威…俺達が狩りにきたのは、てめーだ」

全ては仕組まれていた事だった。
背に、足に突き刺さった矢をそのままに、膝をついた神威に歩み寄るのは、春雨を率いる阿呆提督。

「今迄よく働いてくれた神威。だがな、貴様等夜兎の血は危険過ぎる。組織において貴様等の存在は軋轢しか生まん。斬れすぎる刃は嫌われるのだ神威よ」
「こいつあまいったね。アホ提督に一本とられるたァ」

流石の神威でも思ってもいなかった事だったようで、ニコリと笑顔を浮かべながらそんな事を口にした。どうやら矢に毒でも塗っていたのだろうか、体が上手く言うことを聞かないようだった。膝を突き、頭を垂れそうになる神威の耳に草履の音がやけに大きく聞こえた。
自分の前に立っていたのは、殺り合うはずの高杉。

「銀時(バカ)はてめーの代わりに俺が殺っといてやらァ。だから、安心して死んでいきな」

血肉を斬る音が、響き渡った。
一方宇宙では、春雨の戦艦と第七師団の戦艦が撃ち合っていた。神威もろとも第七師団をつぶそうとする阿呆提督の策略であった。そんな第七師団団長を自分の地位を脅かす反乱分子と判断した阿呆提督は、鬼兵隊総督高杉と第八師団団長の勾狼を誘い食事をしていた。

「ガハハハハハ、高杉殿よくやってくれた。これでワシに仇なす反乱分子は消えた!!」

品の無い高笑いが響く中、高杉は煙管を片手に微動だにしていなかった。部下である勾狼にも労りの言葉を掛ける阿呆提督。勾狼もまた、艦内だけでなく宇宙で起きた事を阿呆提督に告げていた。第七師団得意の白兵戦を封じた上での艦隊同士の撃ち合い。数だけでも優位であった春雨は見事撃沈したと言うらしい。神威を公開処刑し反逆者の処遇を他の春雨の団員に見せしめをすれば、提督への忠誠を改めてするだろうという勾狼に、だんまりを決め込んでいた高杉が口を開けた。

「ちと勿体ない気もしたがな」

そう思ったのは、神威を捕縛する前の事を思い出したからだった。

「あのガキ。象さえ一瞬で混濁させる毒矢をあれ程あびて、俺の一太刀を受けてもなお最後まで笑ってやがったな」

それだけではなかった。

「あの手負いで勾狼団長の手勢が二十余名殺っちまうたぁ、奴を狩るための損害よりも奴が抜けた損害のほうが莫大な気がするねェ」

いわば、残念な事をしたといっても過言ではなかった。自分の一太刀を受けても楽し気に笑っていた神威を思い出した高杉はありのままの感想を口にしたが、阿呆提督には響かなかったようだった。神威のあいた穴は鬼兵隊が埋めてくれるのであろうと言う阿呆提督に、高杉は重たい腰を持ちあげた。
付き合ってられなかった。

「フン、悪いが遠慮させてもらうぜ。鶏口となるも牛後となるなかれってな。海賊の大幹部より、お山の猿の大将やってた方が俺ァ気楽でいい」

そう言い、席を立った高杉はその場を後にしようと阿呆提督達に背を向けた。

「それに俺ァ、この“鬼兵隊”の名…捨てるワケにはいかなくてね」

脳裏に浮かんだ愛しい妖との約束でもあったからか。共に立ち上げ、軍を率いた彼女とのものでもあり、そして一人の少女のために再び結成された義勇軍を、高杉は捨てるはずがなかった。微かに愛しい彼女の事を想いながらそう言った高杉に、恩賞はと口にした阿呆提督。だが、彼は何も求めていないようで、これまで通り持ちつ持たれつでいこうといいその場を後にした。
高杉が居なくなった部屋で、阿呆提督と勾狼が互いに高杉に警戒心を忘れぬように言っていることも知らずに。

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