狐様のお戯れ
翌朝、西郷が言うておった通り、お登勢の店を取り壊すために次郎長一家と西郷が軍を率いてやって来た。行きかう人々はあまりの恐ろしさに逃げ惑う。ぞろぞろと大勢を率いてやって来るとは、まるで群れをなさねば戦えぬ草食動物のようじゃ。
クスリ、と笑みが零れてしもうた。
「のれんが…店にのれんがあがってますぜ…」
店主がいないはずの店の暖簾が上がっている。つまり、それは店を出しているということ。どういうことだ、と店を開けてみれば、中にいたのは一人の銀髪の男。ガヤガヤと騒がしくなっていた下は、一際大きな音と土煙を上げて静かになった。
「きこえなかったか。そのうす汚ねェ豚足で、一歩たりともここに入るんじゃねェつってんだ」
「おっ…おどれはァァァァ!!かぶき町中敵に回してまだわしらに刃向ういうんかい!!」
「…かぶき町中?笑わせんな。俺にとっちゃてめーらかぶき町の一部でも何でもねェ。ただの道に転がる犬のクソと変わんねーんだよ」
さてと、そろそと妾も出ようとするか。
「俺にとってかぶき町に必要なもんは、何一つ欠けちゃいねェよ」
静かに、看板の後ろに降り立った。
「僕らのかぶき町の全ては」
「ぜーんぶ」
「ここにあるアル」
「潰せるものなら潰してみるがよい」
「何人たりとも、俺達の街には入らせねェ」
背後に神楽、左右に新八と機械家政婦のたま。そして、お登勢の店の前と上には、銀時と妾。
四方を囲み、妾達は己の領分を守る。
「たった五人で四天王と…街中を戦おうっていうの!?もうこの街にあなた達の味方は一人もいないのよ!!もうこの街にあなた達の居場所はないのよ!!」
必死な形相で、張り上げた声。それ以上言わなくてもいいといわんばかりに、西郷が制止した。しかし、西郷は心の何処からで銀時達が来ていたことに安心をしていた。それが万事屋だと、再認識できたからであった。じゃが、西郷には西郷の護るべきものがある。そして他人の大切なものを奪ってまで自分の護るべきものを護ろうと、この街から取り戻そうとする平子。
そんな者共にすることはただ一つ。
「侍の一刀は、一千の言葉にも勝る。武士どもよ、全ては血風の中で語り合おうぞ」
攘夷戦争時代にその名を轟かせた“白褌の西郷”らしく、褌姿となった西郷。
もう、何も言うまい。
「我等お登勢一家、仁義通させてもらいやす。いくぜェェェェェェてめーらァァァ!!」
銀時と共に屋根から降り立つと同時に、懐から二尾の鉄扇を取り出した。
「うるさい羽虫は、黙っておれ」
鉄扇を大きく変化させて、妾達に刃向う者どもを薙ぎ払う。突風が巻き起こり、図体がでかい小さい関係なく吹き飛んだ。
「なっ…何が起きてる!?」
「たった五人、相手はたった五人だぞ!!」
「それもほとんどが女子供…なのに何故全く歯が立たねェェ!!」
妾達を畏れるヤクザ者やオカマ共。あっという間に戦力が削られるというのに、これ以上の戦いなど必要であろうか。無いといえるのに、何を必死になっておるのであろうかのう、あの娘は。
「こ…こいつら、子供なんかじゃねェ。まるで…夜叉の童だ」
「ど…どうなってやがる!!」
「バ…バカな…。お登勢のトコは勢力なんざロクにねーんじゃなかったのかよ」
外から内へと次々に殴り叩き振り回し、吹き飛ばす。敵の止まって見えるような遅い動きを鉄扇で防ぎ、時折見えぬ尾で薙ぎ払う。
「コ…コイツら、一人一人が一個勢力に匹敵する力をもってやがるぞ!!」
「なんなんだコイツら!!なんであのババアの所にこんな化け物どもがゾロゾロいやがる!!」
お登勢のもとに集まったのは、偶然でもない。もはや必然と言ってもよかろうて。
お登勢の力、魅力というものじゃ。
人を惹きつける者は、妖し気な雰囲気を纏う者でもあればまるで太陽のような光を持つ者でもある。全てを包み込むような大空ような者でもあれば、全てを覆い隠すような闇のような者でもある。
妾たちにとってお登勢は、全てを包み込むような者であったが故に、仁義を通そうと思うたのじゃ。
銀の字達と背中合わせにして集まった時、頭上から感じた気配。
「西郷!!」
人の三倍はある大きな木槌を片手で持って襲い掛かってきた西郷。土煙に乗じて銀時を襲った平子。平子は案外知的なものもあるようで、妾達がこうして時間稼ぎしている間に猫耳の天人に西郷の息子を救出してもらうことをお見通しであったようじゃった。さらには、部下に指示してお登勢の、万事屋の屋根に火が点いていた。
「大変アル、すぐに消さないと」
「いいんですかー。ただでさえ少ない戦力火消しに割いて」
「!!」
見事に妾達を翻弄しようとする小娘に銀時がイラつきながらも皮肉を言うも、それも貼りつけた笑みで言い返される。この街で生きていくには、次郎長の傘下に入るしか方法はないという小娘。銀時達は孤立無援の一人ぼっちだと言っていた小娘の声に被さるように声を上げる三下ども。
見れば、屋根の日が鎮火されていた。
驚く妾達に、さらに驚く光景が広がっていた。
「少なくともここに一人、つながってるつもりの奴が一人いるぜ。なっ、銀さん」
「お前は…火消しの…辰巳」
「そんな獲物じゃ、この人達は傷一つつけられやしないよ。私が打ち直してやろうか」
「てっ…鉄子ォォ!!」
「オイオイ、レディにそう大勢でせまっちゃ嫌われるぜ。そう、男ならハードボイルドにサシでキメな、カミュ」
「小銭形さん!!ハジさん!!」
「なァに、一杯ひっかけに来ただけよ」
「源外様!!」
「タダ酒飲めなくなる」
「………ツケですよ」
「なんで俺だけそんなカンジ!?」
「かぶき町から私がいなくなったら女性達が泣くでしょう。でもあなた達がいなくなったら私が泣きます。フッ…ホストをここまでたらしこむなんて、罪な方達ですね」
「狂死郎さん!!」
「かぶき町の命運を一身に背負うなんて水臭いじゃない。この街は誰のものでもない、私達…キャバ嬢のものでしょ」
「……お妙…」
「次郎長一家でもオカマ一家でもまとめてかかってきなさいよ。かぶき町の本当の怖さ…教えてア・ゲ・ル」
今まで銀時達が関わってきた者たち。挟み撃ちされ、思わず固唾を呑む雑魚達を余所に、その者達は銀時達に手を出すことを許さぬよう警告をする。この街でつまらぬことで笑って、一緒に酒を飲み、過ごし、生きてきた者同士。なら、この街を護るのも同じ。
「かぶき町を敵に回したのはアナタ達の方よ。この街は、私達の街です」
笑って接客するだけのキャバ嬢達が、戦装束の恰好をして武器になれるものを手にしておった。今まで斯様な光景を見た事などない。
この街に住む女は、強いのう。
「数だけ揃えた所で何になるっていうの!!相手はカタギ衆、まとめてやっちゃいなさい!!」
「そうだァァァ、キャバ嬢如きが筋モンナメてんじゃねえぞ!!いてもうたらァァ!!」
数で攻めようとヤクザ者共がお妙のもとへ向かって行ったが、あっけなく返り討ちにされた。お妙が持っていたものは、薙刀。
お妙は、薙刀を得意とする娘であった。
「誰がただのキャバ嬢ですって。ひれ伏しなさい。私が…かぶき町の女王よ」
「おぉ…。見た目とはうって違って、得意なものがあるんじゃな」
お妙の攻撃が合図となって、銀時達と共にかぶき町を護らんとする者達が次郎長一家や西郷一家に戦いを始めた。源外は得意のカラクリで戦い、火消しが被害を広げないように火を消して、それぞれがかぶき町を守ろうと奮闘する。
「なんとまぁ、面白い光景であろうことか……」
女が、まだ年端もいかぬ娘が、街のためにと武器を手にして戦っておる。異様な光景じゃ。もともと、妾達の問題であったと思ってあったのじゃが…。
強いなぁ。立派であるぞ。
「ここは、見事な鉄の街ではないか」
思わず、感嘆めいた吐息を溢した。
prev/
next