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狐様の護るもの



お登勢が重傷を負って二日が経とうとしていた。あの日、あの男に刃を向けた銀時は負けた。銀時もすぐに病院へ連れて行ったが、お登勢のほうが重傷で集中治療室から未だ出れずにいた。二日、その間の時間はとても長く感じた。お登勢のもとで働く者はともなく、神楽も新八も休もうとはせず、ずっとお登勢の傍に寄り添っておった。
己がここまで無力だったとはなぁ…。

「(……妾は何をしておるのじゃ)」

壁に縋り立って、己の無力さに悔いる。そんな時、妾達の前に現れたのは西郷特盛。もと攘夷志士の男であった。

「明後日、アンタらの店は私達四天王勢力によって打ち壊される。明後日だ。それまでに荷物まとめてこの街から出ていきな」
「なんでそんな事っ…」

西郷曰く、この街の者が妾達の敵となったそうだ。突然の展開でもあることに、新八達は戸惑いを隠せることができなかった。しかし、一人、この事態を裏で操る者の真意を見抜いておる者がおった。

「ガキでも人質にとられたか」
「銀さん!」
「銀時…」

傷は癒えておるようで、そこそこ動いても大丈夫のところまで回復しておった。かぶき町の四天王だなんだと言われてはおるが、たった一人の親である西郷。自分の大事で大切なものを守るためならば、親しい者達に刃を向けざるを得ないようじゃった。銀時に新八やお登勢達を任せたという西郷に、銀時は顔色一つ変えずに言い切った。

「心配いらねェ。もう店はたたむつもりだ。あとは、好きにやってくれ」

きっぱりと言った銀時に食いかかる猫耳の天人。過去お登勢に助けられたことがあるようで、自分はかぶき町に、お登勢の店から出て行かないと言ってはいるが、お登勢の事を考えればその言葉は少々短絡的思考に見えた。お登勢は自分の大事な家族であるお前たちを護る為に一人あの男と会ったのじゃ。そんなお登勢の気持ちを溝に捨てるようなことができるはずがなかろうて。

「俺も好き勝手やらせてもらうぜ」
「待ってヨ、銀ちゃん!!」
「銀さん!!」
「……すまねーな。…俺ァもう、何も…護れる気が……しねェ」

そう言い、妾達に後ろ姿を見せて去って行った銀時。その場に残された新八達は、胸に抱える気持ちをどうしたらいいのか分からなかった。

***

かぶき町を出歩く度、根も葉もない噂が囁かれておった。お登勢が死んだなどという者もおり、真も混ざった嘘の噂までが出回り、世知辛いものになったものじゃと思わず嘆息がもれた。
新八達は今日、お登勢の店から荷物を全て出して出て行くと言っていた。そこに銀時がいるはずがない。
だってあのうつけは、この街から出るなどと一言も言っていないのだから。

「…妾が傍についておきながら、お前が守ろうとする者を守れなかった。……すまなかった」
「お前のせいじゃねェよ。あのままだったら、ババァはそのままのたれ死んでたかもしれねェ。…こっちこそ、ババアの傍にいてくれて、ありがとよ」
「……みっともない顔じゃな」
「うるせェ」

面会謝絶ではなくなり、お登勢の病室に足を運んだ銀時に憎まれ口をたたく。礼を言われる筋合いはない。守れなかったのは、妾も同じなのだから。静かに銀時の傍に立ち、未だ眠り中のお登勢を見つめる。顔色はまだ悪い。じゃが、一命はとりとめたと医者の者は言うておった。
心底、安心した。

「流石のお前さんも、四天王には敵わんか。ごっついやろ、ウチのオジキ。まさかホンマにお登勢、手にかけるとはのう」

病室の入り口でそう言って馬鹿笑いを上げる男。銀時が助けた男のようだが、これからかぶき町で起こる戦争は止まらぬという。そんな男に、銀時がまだ癒えておらぬはずの傷口に手をかけた。

「勘違いすんなよ、オイ。俺ァてめーを助けたワケじゃねェぞ。腹割って話がしたくてな。色々と。もう少し割るか」
「いだだだだ、なんじゃァァァ!!何が聞きたいんじゃ!!」
「おい、コイツの生き胆など妾はいらぬぞ」
「お嬢ちゃんはなんで平然と見とるんじゃ!!」

こんな男の生き胆など喰ろうても、力が得るとは思えぬがな。
銀時はどこからどう見ても三下な男に、お登勢とあの男、次郎長の関係を教えてもらった。
二人は、幼馴染であった。幼い頃から一緒だった二人。そんな二人の前に現れたのが、岡っ引のお登勢の旦那。二人は同じ女に惚れてしまい、次郎長は手を引き、お登勢は岡っ引の男と結婚した。しかし、攘夷戦争が始まり、次郎長と共に戦に出たお登勢の旦那は、次郎長を庇って命を落としたという。一方戦争から帰った次郎長には、妻と娘が待っていた。じゃが、次郎長は家族に目もくれず躍起になっていたという。

「言っとった……。『俺にはもう父親にも侠にもなる資格はねぇ』ってな」

次郎長をかぶき町に縛るものはなにか。お登勢だと思っていたこの男であったが、どうやら違うようだ。平子という娘が次郎長をこの街から解放させようとして、此度の戦を起こしたという。この男も極道故にその手に力を貸したが、本人はこれでよかったのか分からぬようであった。

「あの親子……これで、ホンマに幸せになれるんか」
「人の屍の上にたって得る幸せなど、本物の幸せになるわけがなかろうて」
「ああ。どうやってもねれねーよ。俺が潰すからな」

銀時があの時新八達に言った様子を見ていたのか、三下の男は芝居をうっていたのかと確信をついていた。四天王相手に一人で相手するのか、と銀時に尋ねた。銀時は、こちらを見ずに言った。

「もう約束守るワケにはいかねーんだよ。アイツらまで死なせたら俺ァホントに、バーさんの旦那にも顔向けできねェ」
「……はてさて、あの子らはそうお前の事を素直にきくような者達かのう」

思わずそう言ってしまった妾に銀時は何も言い返さなかった。三下の男にお登勢を任せて、病室を去ろうとした銀時に、意外な人物から声がかかった。

「銀時…、アンタの死に際なんて…あたしゃ見たかないよ」
「お登勢…」
「バーさん、たまった家賃は必ず返す。だから…待ってろ」

そう言って、銀時は今度こそ病室を後にした。そんな奴の後ろ姿を見つめながらも、妾もお登勢に声を掛けた。

「お登勢、案ずるでない。銀時をそう簡単に死にはせぬ」
「千遥……」
「何度も大切なものとり零そうとしても、何度護るものを失くしたとしても、あのバカは何度も約束をするのじゃ。お登勢の旦那にも、妾にも、そして己にも」

少しは周りを信じてもいいくらいなんじゃがなぁ。そこはまだまだ子供のようじゃ。
小さく笑い、お登勢にしっかり療養するんじゃぞと言葉を添えて妾も病室を後にした。銀時の姿を見失ったが、どうせ奴が行く先など決まっておる。迷わず、妾はその足先を目的の場所まで向かった。
行きついた先には、四つの人と一つの機械があった。

「私達はアナタを信じています」
「ダカラ今度ハ私達ヲ信ジナサイヨ」
「一緒に護りましょう」
「オ登勢サンノ…私達ノ居場所ヲ」
「私達を引き合わせてくれた、この街を」

その光景に、妾は何とも言えぬ気持ちになった。
あの日からどれくらいの月日が経ったのであろうか。あの日、妾達は袂を分かった。二度と交わることのない道を歩むと思っていた。各々が各々の武士道に誇りをかけて歩む中、妾は銀時が心配で仕方がなかった。
空虚な瞳。何もかもやる気を亡くし、今にでも命を落としかねないような様子。
じゃが、今はあの頃とは見間違えるほどに違う。もう一度、その手に大切なものを拾い掬っていた。その手から溢さんと必死になっておった。己に誓って、もう二度と大切なものを失くさないように戦っておった。
大きくなったものじゃなあ、銀の字。

「言うたじゃろう、銀の字。そうお前の思うようにいくはずがないと」
「!千遥さん…!」
「千遥姐…!」
「お前もこの者を信じろ。信じて、そして、二度と溢さぬようしっかりと繋いでおけ」
「……うっせェんだよ、お前も。俺の母ちゃんか、コノヤロー」

悪態をつく銀時に、少しだけ新八達が笑った気がした。銀時は仏壇の前に座り、供え物にお饅頭を置いた。その後ろに、妾達は見守るように立った。

「…ワリーな、旦那。アンタのために買ってきたんだが、また一個も残りそうにねーや。その代わり、もう一度約束するよ。アンタの大切なモンは、俺達が必ず護る」

一つ、また一つとお饅頭が消えていく。手にとったお饅頭を齧った。餡の甘みが口の中に広がっていった。

「ありがとうよ、旦那。こんなくそったれどもと会わせてくれて」

妾達が一方的に交わした約束。じゃが、約束を交わしたからには、死んでも守り切るというものじゃ。
お登勢は妾達が護る。
お前が大事にしておるかぶき町を決して汚させぬ。
安心して、妾達に任せておくれよ。
笑っているその男に、妾は小さく笑みを浮かべた。

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