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狐様と侠客



お登勢と共に向かったのは、とある寺の墓地であった。旦那の墓参りに来たお登勢の背後で立って見ていた妾は静かに声を掛けた。

「おい貴様、この者に用でもあるのかぇ?」

自分の背後に立っている男に。

「……なんでェ、気付いていやがったのか」
「決心もなにもついておらぬ貴様の乱れた気配を察することなど容易いぞ」
「べっぴんな姉ちゃんが、怖いこって」
「……去れ。いかなる理由があろうと、この者に手を出さんとしておるのなら、妾は黙ってはおらんぞ」

男の乱れておる殺気からお登勢を守るように、シュルリ、と尾を出す。下卑た者どもには見えぬが、幾戦もの修羅場をくぐり抜けたこの男には、妾の尾が見えるようであった。十本の尾に目を丸くした。

「……驚いた。まさか、生きていたのか」
「死んだよ。じゃが、約束のために妾は蘇ったのじゃよ」
「攘夷戦争時代、一人の女が畏れられていたって聞いてはいたが、まさか姉ちゃんがあの“玉藻前”たァな」
「昔の事など興味ない。じゃが、これでも畏れられておった身。殺気立っておる獣を大人しくするために妾が直々に相手をしてやろうぞ?」
「…面白れェ。一つ頼んでみようか」

ジャリ、と砂音をたて、刀に手をかけた男。さっきとは違い、妾だけに純粋な殺気を向ける。肌を刺すような男の殺気に、妾は笑みを溢した。
しかし、それを止める者が。

「止めな、千遥」
「!」

こちらに背を向けたまま言ったのはお登勢。男に警戒を解かないままお登勢を目を向ければ、墓前をじっと見つめておるだけじゃった。

「しかし、お登勢……」
「大丈夫だよ」
「っ……」

安心させるような声色に、妾は強く言えず大人しく尾を収めた。

「アンタ…珍しい客だよ。…花くらい持ってきたんだろうね」
「……ねェよ。てめェの手向けの花でもほしかったか、お登勢」
「……久しぶりに口きいたと思ったら第一声がそれかい。相変わらず野暮な男だよ。旦那と一緒にここで眠らせてくれるってんなら、そいつも悪かないかもね」
「………」

こちらを見向きもせず、男と話を続けるお登勢。旧知の仲のようじゃが、久しぶりとは思えぬ空気。

「ガキが世話になったらしいな」
「礼ならあの銀時に言っとくれ。と言っても、その世話したガキとやらにやられちまったみだいだけどねェ」
「!」

その言葉に耳を疑った。銀時があの小娘に負けたじゃと?いや、その真偽を問うよりも、それを何故お登勢が知っておるのじゃ。妾達が知らぬのに、お登勢が知っておるということは、お登勢だけに伝える手段しかない。
さっきの電話か。
誰かから教えてもらったお登勢だが、知っていながらも逃げようとはしなかった。

「岡っ引に侠客…。立場は違えど、アンタら二人でこの街護ってたのは、もう昔の話なんだね。次郎長…、女房子供捨ててまでこの街に残ってアンタがやりたかった事は、こんな事だったのかい」

この街が好きであるが故に、守ってきた者達。
もしやこの男は、お登勢の旦那であった男と約束を交わしておったのだろうか。約束を交わし、それを守らんとするために、こうして…。
ポツリ、ポツリ、と雨が降り始める。弱かったものが、徐々に強さを増していく。濡れることを厭わない二人は話を続ける中、妾は一人ヤツとの約束を思い出していた。

「必ず生きて、また会おう」

「(晋助は、あの時の約束を覚えておるであろうか……)」

愛しき男と交わした約束。世界を壊すという晋助に妾はついて行った。じゃが死の別れをし、晋助は自分が死んだ事でもう約束を忘れてしまったかもしれない。もし妾の事を忘れ、約束を忘れた晋助に会った時、その時、妾はどうすればよいのじゃろうか。

「もう一度だけ言う、この街から出ていけ」
「!」

刀に手を添えた男に、手を広げお登勢を庇うために前に出る。じゃが、お登勢はそっと手を置いて、妾の腕を静かに降ろした。何をしておるのじゃ、早く逃げろ。そう目で訴える妾に、お登勢は首を振った。煙草を口に銜え、紫煙を吐き出してお登勢は言った。

「一つ頼めるかい」

酷く、穏やかな声であった。

「四天王だなんだ勝手に呼ばれちゃいるがねェ、あたしゃ勢力なんて一人たりとももっちゃいない。私だけで、終わりにしとくれよ。………アイツら、なーんの役にも立たない…ただの、私の家族さ」
「……そいつがてめェの答えか」

男が刀を抜いた。

「お登勢!」
「千遥」
「っ」

ニコリ、とお登勢は妾にいつもとなんら変わらぬ笑顔を向けた。

「アイツらを、頼んだよ」

白刃が閃いた。
目の前で真っ赤な血が噴き出した光景をただ見ていることしかできなかった。

「死んではだめです、あなたは消えてはダメ……畏多き人…」

その光景が、妾を守らんとしてその身の半身を欠けた狂骨と重なる。
駄目じゃ。この者が、命を失くしてはならん。

「っ、貴様ァ!!」

お登勢に止めを刺そうとした男に尾で払い飛ばす。殺気が溢れ、ブワリと全ての尾が鋭くなり男へと向く。急所を突くことはできなんだが、お登勢から離れさせることはできた。
守らねば。この者は、妾が守らねば…!
その時だった。

「!」

砂利を踏む音がしてそちらへ目を向ければ……。

「銀時……!」

今、会わせてはならぬ者がお登勢の前に立っていた。
墓石にもたれ掛かるように意識を失っておるお登勢からは血が滴り流れている。じわじわと地を赤く染める光景に、この男が何も思わぬはずがない。

「……おめーさんが、銀時か」
「っ…!」
「たまげたねェ、まだ生きてやがった。噂通りの不死身っぷりだ。だが一足遅かったな」
「銀時、すまぬ。妾は……!」
「千遥」
「っ」

冷たい声で呼ぶ。
こちらから銀時の顔を見る事ができず、じゃが、声で、奴の纏う空気で分かる。
銀時が今までにないほどに怒りを抱いておることを。

「行け。ババァを連れて早く行け」
「っ……」
「さっさと行け、千遥」
「……分かった。気をつけろ、銀時」

何を言っても無駄なことなど分かり切っておることじゃった。お登勢の怪我に障らぬように尾に乗せる。そしてそのまま、妾はその場を飛び去った。瞬間、大きな音が後ろから聞こえたが振り向くことなどはしなかった。
妾にはこの者の命を繋ぎとめるという責務があったから。

「死ぬな、お登勢…!お主は、死んではならんのじゃ!」

銀時のためにも、お主を慕っておる者のためにも、生きてまた、笑い合わねばならんのじゃ…!
誰にも気付かぬように姿を隠しながら病院へ連れて行く。たまに連絡をして、新八達が駆けつけるのを待った。しばらくしてバタバタと忙しない足音が聞こえて、そちらへ見れば必死な形相の新八達が。

「千遥さん、お登勢さんが重傷ってどういうことなんですか…!?」
「なにがあったアルか、千遥姐!」
「……今は言えぬ。すまぬが、お登勢のことを任せた。妾は銀時のもとへ行かねばならん」
「銀さん…?銀さんも、どこかにいるんですか!?」

突然のお登勢の重傷、姿を見せなかった銀時のこと、一度に衝撃的な出来事を受けて、冷静になれぬ新八達。言いたい事は分かっておる。じゃが、妾はまたあの場へ行かねばならぬ。

「お登勢を頼んだぞ」
「あ、千遥さん!!」

答えないまま姿を消した妾が最後に聞こえたのは悲痛な声であった。すまぬ、すまぬと思いながらも、銀時が無事で済んでおるとは思っておらぬために、再び妾は会の場所へと向かった。
そして、お登勢の旦那の墓前には、血まみれで倒れておる銀時の姿があった。

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