狐様と狂乱の貴公子
あのマヨネーズは、土方の好物であったらしい。詳しい話は聞かなかったが、あの男カロリー摂取過多で死ぬのではないのか?まぁ、妾には関係のないことだがな。
ほどほどの距離で幕府の犬どもと関わりを持ちつつある日、妾は一人銀時のもとへとやって来た。
「おい銀時、桂と会わせろ」
「来て早々なに女王様になってやがんだ」
ノックも挨拶も無いで上から目線とかふざけてんのか。とかなんとかうるさく言う銀時を尾で黙らせて、唖然としておる新八と神楽へ目を向ける。
「お前達、小太郎と知り合いなのじゃろう?」
「知り合いというか、なんというか……」
「ヅラは銀ちゃんの友達ネ。だから私たちも知ってるアル」
言葉を濁す新八とは違い、女子であるというのに下品にも鼻に指を突っ込み、半目で応える神楽。これ、娘子が下品な事をするでない。傍にあったちり紙で神楽の手を拭いて、ゴミを放り投げる。その先にはたまたま地に伏しておる銀の字がおったがこの際無視じゃ。
「何じゃ、小太郎とはそれなりに交流はしておるのか」
「アイツが俺たちを問題事に巻き込んだりしてるからだよ!そもそもアイツはテロリストなの!俺達は善良な市民!!」
「白夜叉がなに世迷言を言うておるのじゃ」
「うっせェ!!俺はもう足は洗ってンだよ!!」
地団駄を踏んで声を荒げる銀の字。
喧しい奴じゃな、相変わらず。思わずため息が出てしまうのは仕方のない事じゃった。すると、新八が困ったような顔で妾に今の小太郎について教えてくれた。
「桂さんは、以前は過激派攘夷志士でしたが、今は穏健派となってます。でも、それでも攘夷志士なのは変わらないから、真選組に追われている身なんです」
「でもヅラは普通に江戸を歩いてたりしてるネ。やっぱり真選組は無能な警察アルな」
「小太郎を捕まえれないとは、ほんに無能じゃな。これなら内部から崩壊できるではないか」
「なに物騒な事を言ってんだよアンタは」
それにしても、そうか。小太郎が過激派から穏健派になりかわるとは驚きじゃ。国を憂い、世を変えんと多くの志士を惹きつけたあ奴が、そこまでして武力ではない平和的な策を探そうとするとはな。
ちらり、と銀時を見た。
「(こやつにあてられたか?)」
この男はちゃらんぽらんでありながら、真っ直ぐの一本の線が通っておる。死んだ魚の目をしておる銀の字に感化されるのは小太郎にはあり得ることじゃ。
じゃが、久しぶりに友に会いたいというのは嘘偽りの無い気持ちじゃ。
「どうにかして会えぬものかのう」
「たとえ会えたとしても、お前も関係者なんだと言われて捕まるかもしれねェだろ」
「“逃げの小太郎”はともかく、妾とてそう易々幕府に捕まるはずもなかろうて」
狐を舐めるな、と言葉の裏でそう言えば、銀時はそーですかと興味をなくしたような返事をする。そんな妾を見兼ねて、新八が尋ねてきた。
「どうして桂さんに会いたいんですか?急ぎの用事とかでも……」
「いや、急ぎの用事ではない。……じゃが、妾はどうしておったのか気になっておるのじゃ」
「千遥……」
あの事があってから妾達は袂を分かった。各々が世を憂い、世を壊そうと動いておった。そんな中、妾はこの世を一度去ってしまった。蘇ったとしても、今度は現世と遮断した世界での暮らしじゃ。そう簡単に情報を集めることなどできなんだった。
故に、今こうして自由の身となった妾は早う知りたいのじゃ。
「晋助が何処にいるのかがな」
「ふざけんな。感動した俺の気持ち返しやがれ!」
誰もお前たちを気にしておるとは言っておらぬだろう。
「それで、小太郎は何処におるんじゃ」
「知らねーよ。一応アイツは指名手配されてるんだ。そう簡単に会えるはずがねェ」
「ああ、そうであったな」
なれば、小太郎と会える場所はないのだろうか。
小太郎の事だ。此処に来ることが多いはずだから、小太郎が来た時に妾に連絡するように銀時に頼めばよいか。などと思っていたその時だった。
ピンポーン
家のチャイムが鳴った。
仕事が入ったか、と妾を含め全員が思ったその時だった。
「銀時くーん、あっそびーましょー」
久しく聞く声が居間まで届いた。
間違えるような声でない。
「………おい」
「何も言うんじゃねェ」
妾が言わんとしている事を流石の銀時でも分かったようじゃ。
「あれ?なんだ、居らぬのか彼奴は…。いやしかし、出掛けたという情報は入っていなかったからな、やはりここは居留守を使っているのかもしれぬ…。ならば、出てくるまで俺はチャイムを押し続ける!」
ピンポーン ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン…∞
「銀時くーん、いるの分かってるんだよー?あーけーて、」
「うっせぇんだよヅラァァア!!!」
「おぐほぉ!!」
とうとう我慢できず素早い動きで玄関へ向かい、そしてドア越しからドロップキックをかました銀時。予想だにしてもいなかった攻撃がモロに当たった奴は吐血して倒れた。
なんじゃこのつまらぬ余興は。
「てめェは家賃取りに来たババァか!!やかましぃんだよ、ノイローゼになるわ!!」
「貴様が居留守を使おうとするのが悪いではないか」
「出よーとしたんだよ、てめェは待つってことを学べってんのォ!!」
「俺がそんなことを信じるとでも思っているとでも。時に銀時、俺は早く中に入りたいのだが」
「少しは遠慮を知れや」
誰かなど言わずとも妾でも分かった。新八と神楽は相変わらずだとで言わんばかりに冷めた目でため息を溢しておった。追い出す素振りもしない銀時は大きなため息を溢して「ちょうどいい」と呟いて中に入れさせた。
「お前に会わせたい奴がいる」
「なんだ。俺のファンか?」
「だとすりゃお前はいつかアイツに殺られるな」
下らぬ話をしながらも二人はこちらへやって来た。
そうして、ソファに座っておる妾と、奴は再び会えた。
「久しぶりじゃのう」
ニコリ、と笑って言えば、奴は、桂小太郎は一瞬目を見開いた。
おお、この姿でも分かったのか。銀時といい、よく見破ったなぁと感心した妾に……。
「えっと……どちら様、でしょうか……?」
首を傾げて、奴はそうほざきおった。
「すまんが、俺は覚えていなくてな…。いや、こんな綺麗な女性と一度会っていたなら絶対に忘れることはしないのだが……。いや待て、もしかしてあの時の女子か?俺に会いたくてわざわざ此処まで来たのか!?」
「てめェは誰の事を言ってンだ」
勝手に捏造しようとしておる小太郎にしびれを切らして頭を叩いた銀時。なんというか、そうやって恍けるのは相変わらずじゃと苦笑を浮かべてしまった。銀時はやれやれ、と言った様子で頭をボリボリと掻いて小太郎に言った。
「驚くんじゃねェぞ、ヅラ。こいつはな……」
「まさか銀時、お前……この者と結婚するとでも言うつもりか!?」
「だからなに変な事を言ってんだおめェはよォ!!」
銀時の言葉を遮り、勘違いにも甚だしいことを言った小太郎は、再びドロップキックを喰らった。ソファごと倒れる小太郎をそのままに「ンなことしたら俺がアイツに殺されるわ!!」と青ざめて言う銀時。
なんじゃ、変わっておらんではないか。あの頃と似たような下りを繰り広げる二人に、妾はフフフと笑い声を溢してしまった。
「相変わらず、阿呆なコントを妾の前でしてくれるのぅ」
「…?すまぬが、俺にはお主のような女性と会ったことはないのだが………」
「おや、妾のことはもう覚えておらぬとでも…?」
これを見せたとしてもかえ?
そう言ってユラリ、と妾は小太郎にそれを見せた。瞬間、目を大きく見開き凝視する小太郎。まるで夢でも見ているかのような、そんな顔をしておった。
「……千遥、なのか…?」
狐の尾を見せた妾に小太郎は震えた声でそう訊ねた。じゃがよう考えてみるがよい。狐の尾がある女といえば、お前の知り合いには、いや、この地球上には一人しか存在しておらんではないか。
「久しぶりじゃのう、小太郎」
ほれ、近う寄らんか。
腕を広げてそう言えば、小太郎は思わずといったところか、妾を強く掻き抱いたのじゃった。
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