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狐様と幕府の犬



「今日から女中として働くことになった千遥くんだ!美人だからって、怠けちゃいかんぞお前ら!!」
「千遥といいます。至らぬところはあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

あれからとんとん拍子で、真選組屯所の女中として働くこととなった妾。お人よしなのか、この男、近藤勇は働かせてくださいと言えばすんなり了承してくれた。銀時たちが何とも言えぬ顔をしておったが、無視してやった。
それにしても、この男は馬鹿なのか。
女中の一人を真選組隊士全員に紹介するなど、何を思っておるのじゃ。いつ消えようが構わぬ存在。お前らが目にする存在でもなかろうて。けれど、この真選組は思ったよりも阿呆であった。

「び、美女が来たァァァ!!!」
「このむさ苦しい野郎どもの中に、美女がやって来たぞぉぉぉ!!」
「(なんじゃこの茶番は)」

何処かに向けて雄叫びを上げ、男同士で抱き合い涙し喜ぶ者共。たった一人、若い女が来ただけでこの喜びように、こやつらが本当に幕府の犬なのかと疑いたくなった。じゃが、隊服を着ておるのだから是であるのだろう。なんと嘆かわしいことか。たとえ女であろうと疑うということを知らぬのか。
苦笑を浮かべるが、心の中では冷徹な眼差しを向ける。
勝手に喜んでおるがいい。いつか、晋助と共に妾は幕府を転覆させるつもりであるからな。
その時だった。

「……?」

微かに感じた殺気。微弱なもので、まるで妾を試しているようにも思えた。戦場ならばすぐにそちらへ目を向けておったが、此処は敵地。反応すれば、何かと目をつけられるのは目に見えておる。
浮かれて喜んでおる隊士共を見る流れで、殺気を放った者へと視線を遣った。
入り口に傍。刀を抱え込むように持ち、こちらに視線だけを向けておったのは、まだ二十も満たぬ小僧であった。
名をたしか、沖田総悟。
真選組一番隊隊長で、人斬り沖田の異名を持つ者。

「(妾を怪しんでおるようじゃな……)」

なんだ。真選組はただのバカの集まりではないようじゃ。
ニコリ、と笑ってみれば、すぐに視線を逸らされた。そっけない男じゃ、とつまらなく思っておると、女中の仕事についてを説明すると近藤に別室に向かわされる。怪しまれぬために礼儀正しく接することを忘れず。

「いやー、うちの奴等がすまんな!皆、千遥くんのような美人に免疫がなくてだなぁ!」
「あら、殿方にそんな事を言われるとは思いませんでした。それにしても皆さん、素敵な方々で妾も緊張も解れました」

心にも思うておらぬ事をほざきながらも妾は近藤と会話を続ける。それにしても、屯所が自分達の領域だからといって護衛もつけないとは油断し過ぎであろうて。誰もいないこの状況で妾が局長の首を刎ねてもおかしくないぞ。
いずれするかもしれぬが、今はせぬがな。

「女中の人達にも伝えているので、詳しい事は彼女達に聞いてくれ」
「ええ。分かりました」
「きっと千遥くんの美しさに隊士達が声をかけてくるだろう。無視とかして構わんからな!」
「あら。そんな事、できませんわ」

もちろん、遠慮なくさせてもらおうぞ。
まさか女一人に此処まで盛り上がるとは思わなんだ。どれだけ女と一緒に過ごすことがなかったのかが垣間見えるぞ。むさくるしい連中だと噂で聞いてはいたが。ここまで酷いとはな。攘夷戦争中も斯様な事があったが、それどころではなかったからかのう。
感傷に浸っておると、ふと廊下の向こうから誰かがやって来た。

「……」

油断できぬ男がな。

「おお、トシ!」
「近藤さん。…と……」

近藤の後をついていた妾の姿に、鬼の副長の目が一瞬だけ鋭くなったことに気付いた。気付いたからといって何かするわけもなく、軽く会釈をしておく。
鬼の副長、もとい真選組副長の土方十四郎。
近藤を支える男であり、攘夷志士から要注意人物とされておるのがこの男じゃ。吉原でも土方の名は色々と聞いておったが、どんな容姿か知らなかった妾。ここでようやく姿を見ることができ、すぐに記憶する。
これから色々と面倒事で関わる気がしたからのう。

「トシはまだ会っていなかったな。女中の千遥くんだ!隊士たちには紹介しているし、普段はそんなに関わりないだろう」
「……近藤さん、あんまり俺に言わないまま了承すんのやめてくれ。万が一のことがあったら……」
「トシ、千遥くんの前でなに言ってんだ。彼女は怪しくなんかないぞ!お妙さんのように俺をケツ毛ごと愛してくれるような……」
「それはありえませんね」
「それはねーよ」

思わず否定した妾は悪くないはずじゃ。
晋助以外の男を好きになるはずがなかろうて。
笑顔を浮かべたまま言った妾に二人の視線が注がれる。はて、何かあったじゃろうかと首を傾げる妾に、二人は何故かたらりと汗を一筋垂らしておった。

「……え、千遥ちゃん、今何か言った?」
「いえ?何も言ってませんよ?」
「いや嘘だろ。今ぜってー言ったよな。ありえないって」
「いえ、何も言ってませんよ。幻聴では?」
「コイツ絶対言っただろ、なに嘘吐いてやがんだ」
「しつこいですね。そういう男は嫌われるって知らないのでしょうか」
「お前笑顔でなに毒吐いちゃってんの!?」

おっと思わず本音が。
ニコニコと上辺の笑みを浮かべる妾にいちいちツッコミを入れる土方。近藤はおろおろと妾達の口論を止めようとしておるが、全くもって止めれておらなんだ。局長という者でありながら、部下の暴走を止められぬとはどういう組織なんじゃ。
それにしてもさっきから妾の言葉に機敏に反応を示す土方は暇人なのか。なんだか誰かを思い出すのう。

「では局長、妾はさっそくお仕事をさせていただきますね」
「え!?あ、ああ…。他の女中さん達にも伝えているから、仲良くやってくれ」
「えぇ。どこぞのしつこい男よりも仲良くさせていただきますね」
「てめェさっきから何なんだよ。ふざけてんのか、しょっぴかれてぇのか」
「えっと……。ごめんなさい、どうして貴方が怒るのでしょうか…?」
「おーい、近藤さん。なんでコイツをここで働かせた」
「え、いや……その……」
「お妙さんからもお願いされていましたのよね、近藤さん」
「そ、そーなんだよトシィ!お妙さんにも頼まれたとなれば、この近藤勇!ついOKしちゃったんだよねぇ〜!!」
「ふざけてんのアンタ!!?」

そう言って怒りの矛先を近藤に向けた土方。近藤がこの組織の長ではあるが、実質仕事をしておるのは土方…ということか。笑顔の裏で冷静にこの組織の構成を観察しながら、妾はそっと気配を絶ってその場を後にした。
さて……。

「(真選組の女中として雇われるようになったが、奴等と関わりがあるかどうかと言われれば否じゃ。妾はあくまで女中。隊士共が妾と関わりを持とうとしても、土方十四郎が許すとは思わなんだ。……あの様子では、妾を怪しんでおるからな)」

女中が仕事しておる場所へ向かい、簡単に挨拶をして仕事をする。山吹乙女の性格もあってか、あまり家事をしなんだ妾も問題なく仕事ができた。
今はもう居ない乙女ちゃん、本当にありがとう。

「千遥さん、買い物をお願いできるかしら」
「えぇ、構いませんよ」

そう言って渡された買い物リストに、思わず猫かぶりも忘れて目を瞠った。

「業務用マヨネーズ10本じゃと?」

なんじゃコレ。噂のパワハラか。

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