狐様と万事屋
※ 狐様と常夜の世界の続き
銀の字の手を借り、妾に会わせたい者たちの元へと向かえば、そこには可愛らしい娘子と凛とした目を持つメガネの少年がおった。傍には吉原の花魁や百華がちらほら。皆がすっきりした様子じゃった。
妾達に気付いて真っ先に声を上げたのは、銀の字の知り合いじゃった。
「あ!銀さん、何処に行ってたってアンタなにしてたァァァ!!!?」
「おーう」
メガネの少年が銀の字の隣におる妾を見た瞬間驚きの声を上げた。こちらに気づいておらなかった他の娘子もこちらを見た。
「っていうか、その綺麗な花魁さんどうしたんですか!?なんでそんな人と一緒に歩いているんですか!!?」
「銀ちゃん、まさかこのごっつい美人な人を買うアルか!?」
「バーカ。何ふざけた事言ってやがる!ンな事したら、俺がアイツに殺されちまうじゃねぇか」
「ふふふ…、ただでお前を殺すはずはないじゃろうなぁ」
「オイ簡単に想像できるからやめろ。マジでやめて」
妾と銀時の会話についていけない様子の二人。茶番はこれくらいにしておかねば、百華の連中も困っておる様子じゃった。まぁ、花魁共は妾の様子に驚いているようにも見えた。
「玉藻、なのか…?」
「ん?おぉ、月詠か。ずいぶんボロボロな様子じゃが、何かあったのかぇ?」
「キャラが違う!!ぬしのキャラじゃないでありんす!!!」
月詠が妾に声を荒げて言うが、失礼じゃな。煙管を手に妾はつい笑った。そんな妾に銀時が月詠に言った。
「コイツはもともとこういうキャラだよ。今までこーんな所で大人しくしていた方がおかしかったっての。女ぎつn、」
「おや、羽虫が」
ドガァァン!!
『……っ…』
ギリギリ、横顔に突き刺した尻尾。周りが声を失っている中、妾は突き刺しかけた男に笑って言った。
「妾が、なんじゃと?」
「イエ…ナンデモアリマセン……」
突然妾から生えてきた尻尾に驚く皆。銀時は顔を青ざめて謝るが、許すと思うておったか。昔から何度妾の事をそう言っておることやら。
「玉藻…その尾は……」
「妾は玉藻ではない、真の名は千遥じゃ」
「千遥……」
「とある約束を果たすために、あの世から蘇った狐じゃ」
「あ、今自分で狐って言ったよね?…ぶへぇ!!!」
さっきは顔の横じゃったが、妾の尾は我慢できなかったようで一発お見舞いしてやった。
「たま、…千遥は、ずっとその為に此処で生きていたでありんすか…?」
「そうじゃ。妾はちと、変わった者でなぁ」
拝むことなど一生出来なかったと思っていた太陽が雲から顔を覗かせた。目に映せば眩しくて細めてしまうほどの光に、妾は笑みを浮かべる。
これで自由じゃ。妾は、自由。
「あの、千遥さんは、銀さんと知り合いなんですか?」
おずおずとメガネの少年に聞かれ、そちらへ目を向ける。目が合わさると、頬を染めた可愛らしい少年。思わずふふっ、と笑ってしまった。
「そうさなぁ。癪じゃが、この天パとは顔なじみでなぁ」
「俺だってこの狐と、」
「今度は貴様の生き胆を食らおうか」
「スンマセンッ!!!」
喉元に尾の先を突きつければ即座に謝る銀時。相変わらずじゃのう、と思いつつ静かに下ろす。ホッと息を吐いた銀の字を見た妾は再び振り払った。「ぶへらっ」とか変な声が聞こえたが無視した。再び壁に叩きつけられた銀時を見て、真っ青になる皆。そんな彼女たちに妾は腕を組み、言った。
「すまぬが、妾は今日をもって吉原を離れるぞ」
一瞬目を見開いた日輪。じゃが、すぐに最高位の花魁らしい笑顔を浮かべた。それは他の花魁も、百華も同じじゃった。皆を代表して言うように、日輪は妾に言った。
「えぇ。約束のために外へ行ってください、玉藻さん」
「……お前、知っておるのか」
日輪から零れた言葉に今度は妾が驚く番じゃった。今まで日輪とは関わりがなかったと過言ではない。この世界に入った時に一目見た程度。口を交わしたことなど無いのじゃ。
それなのに、何故日輪が『約束』を知っておるのじゃ。
「貴女がこの世界に来てから、人から聞いておりました。『約束』のために、その身を汚さず生きてきたと。再び会うために」
「……」
「この世界の王はもう居ません。なので、貴女も自由です。私も自由にさせてもらいます。玉藻さんはこの世界で生きていくには狭かったんですよ。だから、今度から此処へ来る時は遊びにいらしてください」
ニコリ、と笑う日輪。百華の皆も、妾が裏切ったという顔ではなく、清々しい顔をしておった。目を丸くする妾に、静かに傍へ近寄ったは銀の字。
「心配しなくとも、コイツは俺が預かるからよ。ま、たまにゃあ此処に来させるよ」
「銀の字……」
「久しぶりに呼んだな、その呼び方」
「……そうだったかのう」
目を細めれば、銀時も緩く笑んだ。
聞けば、百華も日輪も妾の事情を知っているようで、暗躍しておったそうじゃ。妾の事情ゆえに、妾を買おうとする下卑た男どもの邪魔をしたと。何をしておるのじゃ花魁たちが。裏でこそこそ、夜王に刃向うような事をしおってからに。
「…のう、日輪」
「はい」
「………ありがとう」
まったく、馬鹿な女たちじゃ。
それから妾は傷が癒えた銀時たちと共に吉原を後にした。妾の身の回りを世話してくれた娘達が寂しそうにしておったが、また此処へ遊びに来れるのじゃ、そんな顔をするでない。ニコリ、と笑えばさらに泣かれた。
解せぬな。
「おら、行くぞ女狐」
「貴様の美味しくもない生き胆を喰ろうてやってもええんじゃがな」
「スンマセン」
相も変わらずみすぼらしい恰好の銀の字の傍へ歩み寄った。数日の間じゃったが、妾にも慣れたようで少年、新八や娘子、神楽が家族が増えたかのように嬉しそうにしておった。
外へ通ずる道を歩く。
「千遥」ああ、やっとじゃ。やっと、お主の約束を果たしに行けるぞ。
口角が上がる。あの重たい着物を着ないで済む。なんとも心地よいことか。羽のように軽い自身に、妾は気分が高揚しておった。ふわり、と一歩跳んだ。
「愛しい男、晋助や…やっと、お前に会いに行けるぞ」
脳裏に浮かぶ男の顔が霞みかかっておった。
***
「……そうか」
夜王が死んだか。
噂を耳にしていたが、本当だとは思わなかった俺はそんな反応しか出来なかった。あの吉原の帝王が死ぬと思わなかったからなァ。老い先短いなんて感じさせねぇくらいピンピンしてたってのに。
だが、これで吉原も自由ってわけか。
フゥ、と紫煙を吹かして月を見た。立ち揺らめく煙の奥で霞かかったように見える月は、まるで朧月。薄くなっていくにつれて、羽衣のように纏っていた。
「……玉藻、ねェ…」
ずいぶん前から耳にした花魁の名前。まるで太陽のような最高位の花魁・日輪とは違い、月のごとくもの静かで古風な大和撫子とも思う容姿の花魁がいると。しかしその花魁は変わり者。男に抱かれない、何もさせない、触れさせることすらも許さないという変わり者。一度相手をした男どもは皆口々に揃えて言った。
『まるで狐のようだ』
故に、名は玉藻。数多の男を誑かし国の存亡を左右した妖狐から倣った名。
俺にとっては馴染のあるものだった。
「晋助」いつも、自分の隣に居た大事な存在。
ズクリ、と瞼の奥が疼いた。瞼の裏で髪を靡かせこちらに背を向ける姿。
ああ、ちくしょう。
「お前の顔が思い出せねェよ、千遥」
煙管をカン、と鳴らした。
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