狐様に頼まれた言伝
※ 紅桜編(夢主不在)2
「なぁ、銀時。小太郎」
「あ?なんだよ、千遥」
「珍しいな、お主が高杉と一緒ではないのは」
「…妾はそんなに晋助と一緒におるのか?」
「おう」
「ああ」
「……、まぁいい。……二人に頼みがあるのじゃ」
「……」
「…とりあえず、聞いてやるよ」あの日、あの時の言葉。
何かを悟った表情で、自分や銀時に珍しい頼みをした彼女を、昨日のように覚えている桂。
「(友の頼みを、無視する事など俺には出来ぬからな)」
その為にも、今回の企みを阻止したかった。
「ヅラ、あれ見ろ。銀時が来てる。紅桜相手に殺ろうってつもりらしいよ。ククッ、相変わらずバカだな。生身で戦艦と殺り合うようなモンだぜ」
「もはや人の動きではないな。紅桜の伝達指令についていけず、身体が悲鳴を上げている。あの男、死ぬぞ。貴様は知っていたはずだ、紅桜を使えばどのようなことになるかを。仲間だろ、なんとも思わんのか」
「ありゃあ、アイツが自ら望んでやったことだ。アレで死んだとしても本望だろう」
銀時と戦っている岡田から目を外し、高杉は笑う。
岡田は自ら望んだのだ。自分自身が刀となることを。それを知って、高杉は紅桜を岡田に渡した。村田とは利害の一致でもあり、岡田は自分が望んだものを手にする事が出来る。誰も損などしない。あわよくば、その刀の力を知り、江戸を火の海にできるという高杉の宿願も叶うのだから。
「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は…何だろうな。まァなんにせよ、一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しいんだそうだ。剣のように。クク、単純な連中だろ。だが嫌いじゃねーよ。俺も眼の前の一本の道しか見えちゃいねぇ。あぜ道に仲間が転がろうが誰が転がろうが、構やしねェ」
刀から真っ直ぐ前を見据える高杉に、桂は目を細めた。
違う。そう思っていないだろう。
彼女と別れた事をどれだけ後悔していた。見るに堪えないあの光景を前に、お前は何をした。あの時の高杉が師を亡くした以上に酷く傷ついた顔をしていたのを、桂は見ていたのだ。眼の前の一本の道しか見ているのではない。見ようとしているだけなのだ。これ以上抱えまいと、見て見ぬ振りをしているだけなのだ。
轟音が鳴り止まった。
「高杉。俺はお前が嫌いだ、昔も今もな。だが仲間と思っている。昔も今もだ。いつから違った、俺達の道は」
「フッ…何を言ってやがる。確かに俺達は、始まりは同じだったかもしれねェ。だがあの頃から、俺達は同じ場所など見ちゃいねェ。どいつもこいつも好き勝手、てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねェか。俺はあの頃から何も変わっちゃいねェ。俺の見ているモンは、あの頃と何も変わっちゃいねェ。俺は…」
手に懐かしい本を持ち、高杉は言った。その目には、誰が映っているのか。その隣にいるのは誰なのか。高杉にしかわからない。
本を懐へ戻した高杉は、言った。
「ヅラ。俺はな、テメーらが国のためだァ、仲間のためだァ、剣を取った時も、そんなもんどうでもよかったのさ。考えてみろ。その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ?俺達に武士の道、生きる術。それらを教えてくれたのは誰だ?俺達に生きる世界を与えてくれたのは、紛れもねェ松陽先生だ」
その言葉に桂の脳裏には恩師の後ろ姿が浮かんだ。柔和な笑みを浮かべ、手を差し伸べる優しい師。刀の師でもあり、自分達に教えを説いてくれた師。
高杉だけでなく、桂や、銀時、そして彼女も慕っていた師。
「なのに、この世界は俺達からあの人を奪った。それに……。…ふっ、関係ねェか…。…だったら俺達は、この世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪った、この世界をブッ潰すしかあるめーよ」
言葉に力が入る高杉を桂は見る事しか出来なかった。
「なァ、ヅラ。お前は、この世界で何を思って生きる?俺達から先生を奪ったこの世界をどうして享受し、のうのうと生きていける?俺は、そいつが腹立たしくてならねェ」
「高杉…、俺とて何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったかしれぬ。だがアイツが…それに耐えているのに、銀時が…一番この世界を憎んでいるはずの銀時が耐えているのに俺達に何ができる。俺にはもう、この国は壊せん。壊すには…江戸には大事なものが、できすぎた。今のお前は、抜いた刃を鞘に納める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に食わぬなら壊せばいい。だが江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙ってみてられぬ」
それに、と桂は続けた。
「千遥から、頼まれたのでな」
「……」
ピクリ、と高杉の肩が揺れた。
決して忘れる事のなかった、自分の大事な存在。
「自分にもしもの事があれば、と言伝を受けていた。…高杉、千遥はお前に殺戮など求めておらぬ」
「小太郎、銀時。もし、妾がこの世から居なくなり、あ奴が破滅の道へと進もうとしたのならば…」「『妾の代わりに止めてくれ』…とな」
高杉は無言だった。
「他に方法があるはずだ。犠牲を出さなくとも、この国を変える方法が。松陽先生も、千遥だって、きっとそれを…」
「キヒヒ、桂だァ」
「!」
「ホントに桂だァ〜」
「引っ込んでいろ、アレは俺の獲物だ」
「天人!?」
頭上から聞こえた声に反応し振り返れば、猿と豚の天人が獲物を見つけ喜んだように下卑た笑みを浮かべていた。
「ヅラ、聞いたぜ。お前、以前銀時と一緒にあの春雨相手に、やらかしたらしいじゃねーか。俺ァねェ、連中と手を結んで後ろ盾を得られねーか苦心してたんだが、おかげでうまく事が運びそうだ。お前達の首を手土産にしてな」
「高杉ィィィ!!」
「言ったはずだ。俺ァただ壊すだけだ、この腐った世界を。アイツの事だって赦してねぇんだ。松陽先生と、千遥を俺から奪ったこの世界、たとえアイツが求めてなくても、俺はもう止める事ァできねーのよ」
これ以上の会話は無用。そう言わんばかりに、高杉の言葉が終わったと同時に天人は桂に向かって攻撃をしたのだった。桂が天人と戦いながら、自分に何か言っているが全て無視した。
今更遅い。アイツからの言伝など、必要ねぇんだ。
「晋助」胸が疼いた。
***
「銀時ィ!!」
「ああ!?」
戦いの最中、桂は銀時に声を掛けた。
「世の中というのは、なかなか思い通りにはいかぬものだな!国どころか、友一人変える事もままならぬわ!」
「ヅラァ!!お前に友達なんていたのかァ!!そいつァ大きな勘違いだ!」
「斬り殺されたいのか貴様は!!」
桂の言葉に銀時は変わらぬ様子で答えるだけだった。
「銀時ィ!!」
「あ゛ァ!?」
「お前は、変わってくれるなよ。お前を斬るのは骨がいりそうだ。まっぴら御免こうむる」
「ヅラ、お前が変わった時は俺が真っ先に叩き斬ってやらァ」
切っ先を合わせて差し向けた。その先に見えるのは、春雨の巨艦でこちらを悠々と眺める高杉の姿。
「高杉ィィィ!!そういう事だ!」
「俺達ゃ次会った時は仲間もクソも関係ねぇ!!」
「「全力で…テメー(貴様)をブッた斬る!!」」
「せいぜい街でバッタリ会わねーよう気をつけるこった!」
その言葉を最後に二人は船から飛び降りたのだった。
用意周到にもパラシュートを装備していた桂にしがみつく銀時。大砲で攻撃されるが、距離や風向きで当たる事はなかった。
「なァ、銀時」
「あ?」
「千遥とは、もう会えぬと思っているか?」
攘夷志士の紅一点。気高く畏怖の念を抱かせた存在。
いつも隣にいたのは、あの男。
「さァな。アイツは、狐だからな」
化けて出てくるかもしれねェぜ。
そう言う銀時に、桂は「そうか」と答えるだけだった。
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