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狐様と常夜の世界



※ 吉原炎上編終了直後

「妾が守ろうとする者達に害を与えでもしてみるがよい。貴様らの企てを全て阻み、あの子達を護ってやる。そしておぬしらの血筋を未来永劫呪ってやる。貴様らの子は孫は、貴様らの運命は、狐の呪いによって縛られるであろう!」

その言葉を最後に妾はあの依り代を手放した。

「……なんじゃ、やけに外が騒がしいではないか」

この世に転生して早三十年。
一度死して、二度の転生をした妾は、月も太陽も見えないこの暗く荒んだ空間で息をしておった。鳳仙という輩が作った遊郭に来たのは、ただの情報収集。見目が良かった妾は、あっという間に最高の花魁、日輪に次ぐ花魁となった。
名前は「玉藻」。
狐のような女と、此処に来る下卑た輩共はそう呼ぶ。妾は本当に狐に縁があるようだ、と失笑したのいつじゃったか。それでも妾を一目見ようと人間は必死になる。金を集め、妾を指名し、欲あれば妾を抱こうとする。
まぁ、そう言っても、妾の身体は誰にも触らせぬがな。

「千遥」

妾に触れてよいのはたった一人じゃ。
見習い遊女に声を掛ければ、娘は「見てきます」と言って、外を出て行った。従順な娘じゃな、とぼんやり思いながらも妾は小さくため息を溢した。カン、と煙管を叩いた。

「……ほんに騒がしいのう」

微かに臭う血生臭さ。そして聞こえる金属同士が叩く音。轟音も聞こえる。
まさか真選組が押しかけに参ったのではあるまいか。
そう思うたが、すぐに否定した。ここは幕府中央暗部と、天人たちによって黙殺されておるのじゃ。下っ端の真選組が此処に来れるはずがない。
それなら、謀反を起こす者がいるとでも言うのか。
濡羽色の髪を垂らし、ゆっくりと身体を起こした。この世界は妾にとっては苦であった。月も出ぬ、日も拝めぬこの空間は、ただただ妾を弱くするだけじゃった。

「晋助……」

お前は、今、何処にいるのじゃ。
どこで何をしておるのか分からぬ、愛しい者を想う。
微かに零れた言葉は、部屋に響くわけもなく、空気となって消えた。
その時だった。

「な、何者…!?おやめなさい!!」
「?」

見習い遊女の慌てふためいた声が聞こえた。どたどた、と聞こえる足音は一つ。音の大きさからして、女に不器用な大将ではなさそうじゃった。もしそうだとしたら、見習い遊女は息の根を止められたじゃろう。
なら何者じゃ?
それもすぐに答えが出た。

「おーう、ここか?“玉藻”っていう花魁がいるのは」
「……」

だらけた恰好。決して見目麗しいとは言えぬ、間抜けな面。轟音爆風で乱れ、人工の灯りで輝く銀の髪。
じゃが天然パーマ。
まるで死んだ魚のような目をしている男。

「白夜叉なぞ、たいそうな呼び名をもらいおって。お前はパーマで充分じゃ」
「ふっざけんな!!俺だってんな名前欲しくてやってんじゃねぇんだよ!!!つーか、なんだよお前のほうは!!玉藻前って!!狐?!狐じゃねぇかよ!!」
「事実じゃ。間違うてなかろう」
「女狐でじゅうぶ、あべしッ!!」
「おや、羽虫が顔におってなぁ」


忘れるはずのない男。
無気力かつだらしなく適当で、まるでだめな男『マダオ』のように卑猥な言動、オヤジギャクを連発、金に汚くて、ずうずうしい…、

「ちょっとさっきから俺の悪口ばっかり言い過ぎじゃね!!?銀さんの良いところも言ってくんねェかなァ!!」
「すまなんだ。じゃがないな」
「オイィィィ!!!それってどうなんだよ!!!泣いちゃうよ!?泣いていいかなァ!!」

せっかく紹介をしてあげたのに、この図々しさよ。驚きと久しい再会など、この男には関係ないか。ずっと文句を言って、汚く唾を飛ばす男。
笑みを溢し、妾はゆっくりと立った。重たい着物を今すぐ脱ぎたくてたまらなくなった。

「それで、妾のもとへ来たという事は、なんじゃ?妾に酌をして欲しいのかぇ?」

煙管を片手にそう問えば、ギャグ真っ最中だった男は一瞬で死んだ魚の目に元通り。そしてボリボリと汚らしく頭を掻いて「違ェよ」と言うた。
ふと見てみれば、この男、ボロボロではないか。

「なんじゃ、そのみすぼらしい姿は。喧嘩の帰りかぇ?」
「ちげーし。喧嘩なんてしてねェっつーの」
「ならなんじゃ。お主がこのようなところへ来るなど、いつ以来じゃ。お主の息子は枯れてはおらなかったのか」
「おまっ。いくらここが“Main”の下の下扱いの、ログ置き場みたいな扱いでも、言っていい事と悪い事あるだろ!!」
「言い返すが、すでに別の話へ移って、ここはもう“Main”の中の下となっておる」
「そーいうことは言わなくていいんだよ!!」
「まぁ、よい。たとえお前のような年の男は枯れておらなかったら、魔法使いにでもなったのかのう」
「バッ、ばばば馬鹿野郎!!なってねーよ!!!お、おおお俺は魔法使いになってねぇよ!!身も心もまだ少年なんだよ!!!」
「つまりは童貞じゃろ」
「はいアウトォォォ!!言っちゃったよこの子ォォォ!!!なんでそうやってホイホイ言えるのかな!?俺の気にしてる事をそうやってズケズケと言うのなんで変わらないのかなァ!?」

その言葉に妾は口を閉ざした。
“変わらない”
いつの事を言うておるのかのう、この男は。じっと見れば男は妾の視線に気付き、小さくため息を溢した。その拍子に、身体の傷に響いたようで、ピクリ、と一瞬眉を顰めたのが分かった。
腕を組み、男に言った。

「その言葉の意味を知って、妾に言うておるのかのぅ、お主は」
「知ってるよ。…知ってるに決まってる」
「……そうか」
「また“会えた”だけだ。それ以外は、変わっちゃいねェよ」
「…」

この世で二度目の転生をした時、妾は違う娘となった。一度目の死は斬首。あやつと別れた後、幕府に捕縛され憎き男により殺された。人から聞いた。攘夷戦争で戦い殺された女の最後。そして、その首は燃やされたとも。
なんとも惨めな終わりじゃ。惨めすぎる。
今まで京妖怪の宿願の為に何度も転生したが、妾自身のために生きようと思うておったのに、その道は絶たれてしまった。
二度目の転生で、妾は此処で生きていくことになった。故に、“外の世界”は知らなんだ。憎くて憎くてたまらぬ者どものご機嫌取り。何度、何度この九つの尾で串刺しにしようと思うたことか。
しかし、あやつと交わした約束の為に、妾は再び転生した。もう一度死して、会えぬ事がないなどあってはならぬのだ。

「なぁ、銀時」
「なんだよ」
「……妾に余興を見してはくれまいか」
「どんな余興だよ」
「そうじゃのう……」

気付けば、太陽は出ておった。上を向き、目を細めた。真っ青な空に浮かぶ、希望の太陽。常夜と呼ばれたこの空間に、一生来ないと思うておった陽の光。
ああ、こんなにも太陽は眩しいものじゃったのか。

「妾を、外に出してはくれぬかのう」

約束のため、あやつのため。
妾はただここでのうのうと生きていたのではないのだじゃから。

「お安い御用だよ、千遥」
「ホホホ、では頼んだぞ。白夜叉や」
「はいよ。玉藻前」

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